第12話 恩返し①

 クリシアが村を旅立つ決意を固めたあと、フィンは身体の主導権を返した。すると、丁度そこへ慌てた様子の義父――ガレフがやって来る。いなくなったクリシアを探して呼び戻しに来たのは察せられるが、それにしてはやけに嬉しそうな顔をしているのが不可解だ。


「あっ、ここにいたのかクリス! さぁ、早く来るんだ!」


「あ、あの、お義父さん……!?」


 クリシアはガレフに手を引かれるまま、ジャンが待つ宴会場まで連れ戻されてしまった。すると、嬉しそうな笑みを浮かべてジャンと何かを話しているモリーの姿があった。てっきりしばらく席を外してしまったことを怒られるかと思っていたクリシアだが、予想に反してガレフとモリーの表情は明るい。


「戻ってきたのねクリス。ほら早く、こっちへいらっしゃい」


「え、えと……お義母さん?」


 クリシアはガレフとモリーに挟まれる形でジャンの前に立つ。すると、ジャンは下卑た笑みを浮かべて舌なめずりをしながら、クリシアの頭の先から足の先までを舐め回すようにじっくりと見た。そして、一つ頷いてからモリーに視線を向ける。


「よし。金貨二十枚……いや、二十五枚出そう」


 そんなジャンの発言に、ガレフとモリーが驚きと嬉しさが混じったような表情で顔を見合わせる。


「あ、貴方聞いた!? き、金貨二十五枚ですって!」


「ああ! わざわざ拾ってここまで育てた甲斐があったなっ!?」


「……お、お義父さん? お義母さん? い、一体何の話……?」


 クリシアはとてつもなく嫌な予感を覚えながら、恐る恐るガレフとモリーに尋ねる。すると、二人はこれまでクリシアに一度だって向けたことのない笑顔で答えた。


「ジャン様がアンタのことを気に入ってくださったみたいでね~!?」

「お前を金貨二十五枚で買ってくれるそうなんだっ!!」


「――ッ!?」


 この一瞬で、クリシアは目の前で自分に笑顔を向ける二人が悪魔に見えた。冷汗が背中を流れ、心臓がバクバクと音を鳴らす。


『こ、コイツら……それでも親か……!?』


 血の繋がりがないとはいえ、平気で娘を他人に売ろうとする二人に、フィンも思わず恐怖した。

 しかし、これでもうハッキリした。クリシアはこれ以上この村にはいられない。いるわけにはいかない。クリシアはギュッと身体の横で拳を握って、呟くように言った。


「……嫌です」


「「え?」」


 声量が小さく聞き取れなかったのか、それとも今まで自分達の言うことに逆らったことのなかったクリシアが拒否したのが信じられなかったのか――ガレフとモリーが共に聞き返す。クリシアは数歩後退りして二人から距離を取る。そして、今度はきちんと聞こえるように、二人だけでなく、村の皆に聞こえる声で言い放った。


「嫌ですっ! 私はモノじゃない。貴方達の所有物じゃない!」


「こ、この子ったら急になんてことを!?」

「クリス! 育てられた恩を忘れたのか!!」


「自分の道は自分で決めます。私はこの村から――」


 ――クリシアが自分の思いを伝えようとしたそのとき、


「てめぇら! 狩りの時間だぁあああああッ!!」

「「「ひゃはぁあああああああああッ!!」」」


 村の外から雄叫びと共に大勢の男達が駆け込んでくる。皆それぞれ野蛮な武器を持ち、獣の皮で作ったような鎧などを身に付けていた。紛れもなく山賊だ。

 突然のことに村人は混乱。宴会どころではなくなっていた。また、村中の人々が一ヶ所に集まっていたせいで、逃げることも出来ず簡単に追い詰められてしまう。

 ジャンの護衛である兵士達が慌てて迎え撃とうとするが、不意打ちを喰らったために次々と倒されてしまった。


「村長! これはどういうことだ!!」


「こ、こんな辺境に山賊などいないはずなのですがぁ……!」


 村長にジャンが慌てた様子で詰め寄るが、村長も予期せぬ事態に困惑している。この辺りに金目の物を持ち合わせている者などおらず、村も裕福からかけ離れている。山賊の標的になるものがないため、この辺りの山にはいないはずなのだ。


 包囲され、戸惑う村人達の前に一人の男が立った。山賊のリーダーと思しき、筋骨隆々とした壮年の男だ。


「俺の名はガラゾフ。見ての通りこの賊を束ねてるもんだ。無駄な抵抗は止めてそこの領主の息子を差し出せ」


 そう言いながらガラゾフはジャンへ鋭い視線を向けた。ジャンは一度肩をビクッと跳ねさせて、辺りを見渡しながら叫ぶ。


「兵士達は何をやっている! 僕を守れ! 野蛮な山賊共を返り討ちにしろッ!!」


 しかし、返事はないし傍に駆け付けてくる兵士もいない。抵抗される可能性の高い兵士は、奇襲で皆殺されてしまっているから当然だ。


「がっははは! 残念だったな領主の息子。お前を守る奴なんて一人もいないぜ? ずっと機会を窺ってたのさぁ~」


『……なるほどな』


 そこまで説明されれば、フィンにはおおよその事情が推察できた。クリシアが『どういうことでしょうか?』と周囲を警戒しながら尋ねてくるので、フィンは語る。


『この山賊達は元々この辺りにいたんじゃなくて、領主の息子がこの村に来る途中のどこかを縄張りにしてたんだ。けど、移動中は護衛の兵士たちが周囲を警戒してるから道中で襲撃するのは返り討ちに合うリスクが高い』


 なるほど、とクリシアが納得する。


『だから、警戒心が鈍る宴会中の今を狙った……ということですね』


『ああ、そういうことだ。本当なら、こういう皆の気が緩むときこそ兵士は警戒を怠ったら駄目なんだが……まぁ、目的地に辿り着いて安心してしまったんだろうな。まったく……』


 フィンが呆れたようにため息を溢す。しかし、同時に今がチャンスとも思っていた。


『シア、村を出るならこの騒ぎは狙い目だぞ。混乱に乗じて密かに抜け出せる』


 クリシアは周囲を見渡した。村人は山賊を前に慌てふためき、山賊の目的であるジャンは顔を真っ青にしていた。そして、ガレフとモリーは互いに身を寄せて震えている。


『……師匠。山賊達はジャン様を捉えたあと、村の人達をどうするんでしょうか』


『まぁ、生かしておく意味はないな。殺されるか、捉えられて奴隷として売り飛ばされるか』


 もちろんその中にはガレフとモリーも入っている。その二人の存在を含めた質問であったことも、フィンは理解している。フィンの答えを受けて、クリシアはガレフとモリーに視線を向けた。


『物心ついたときから、私はこの二人に道具のように扱われてきました。でも、赤ちゃんのとき捨てられて死ぬはずだった私を、ここまで育ててくれたことも事実です。師匠と出逢えたのだって、私が生きていたからです』


『……まったく。俺の弟子はとんだお人好しだな』


『えへへ、なんせ師匠の弟子ですからね。今が逃げ時とか言っておきながら、本当は師匠このまま村の人達を見捨てる気なんてなかったでしょう?』


 バレてたか、とフィンはクリシアの精神世界の中で照れ臭そうに笑う。そして、フィンはクリシアに尋ねた。


『ならシア、どうするんだ?』


『もちろん助けます。助けて、育ててくれた恩を返してから……村を出ますっ!』

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