友達だと思ってたヤツにマルチ勧誘された話をする午後十九時

空宮海苔

短編:流石にショック

「それでさぁ、流石にマルチ商法の勧誘されて、さらに軽犯罪を武勇伝っぽく語られたら、幻滅も幻滅だよ」

「確かにそうかも」


 俺の親友が、頼んだサラダを一口食べ、そう言って同意する。


「だろ? はぁー、結構仲良かったし、昔はいいやつだったのに……アイツは変わっちまったよ……」


 自分で冗談っぽく言ってみるが、どうにも落ち着かない。

 想像よりも自分はショックを受けているらしい。


「まあそれはショックだわ。話は前からたまに聞いてたし、残念だねぇ」

「そりゃ、昔の友人から連絡が来たらマルチかもみたいなことはあるけど、実際に起こるとは思わないじゃん?」

「うん、流石にそうだわ……自分も昔の友人から連絡来たら『お、懐かしい人じゃん』くらいにしか思わないし」


 俺も実際そう思った。


 で、この有様。


「そもそも、俺そういう犯罪系とかマジで無理なんだよな……なんなら、教師にいたずらするとかも無理だし、テストで眠るとかも無理だわ。よくできるよな」

「……提出物白紙常習犯の目の前でそれ言う?」

「……そうだったわ、すまん」


 そういえば、コイツもそういう派閥だった……

 いやまあ、そうは言っても絶対に一線は超えない人間だから、未だに親友と呼べるわけだけど。


「まあでも、お前は絶対一線は超えないからいいんだよ。それに、俺も納得いってない課題とかが大体そうだろ?」

「まあね」


 実は、ちゃんとやる時はやるヤツなのだ。

 だから俺も信頼している。


 ……今、目の前の親友に裏切られたら、完全に心が壊れる可能性が高い。


「はぁ、本当に安心できる人間ってなんだろな」

「恋人とか?」


 すると、親友は思いついたように箸をピッと斜め上に向けて、そう言った。


「浮気やらなんやらが横行してる昨今、そんなこと言えるか?」

「まあね? でも理想は信頼しあって、助け合えることじゃん?」

「確かにそうだけど……そんな人間がいたらわけないよな」

「それは確かに否定できないね」


 親友はそう言って笑った。


 俺も今そんな恋人がいたらわけないよ……

 泣きついて慰めてもら――いや、これはちょっと気持ち悪いな、うん。


「彼女とか、中学ん頃に一人いて……それっきりだな」


 あまり長くは続かなかった。

 気がついたら、付き合っているという事実は霧散しており――悲しくなってくるからやめよう。中学生の典型的な恋愛事情は必要ない。


「そういえばそうだったねぇ」


 そう言って親友は面白そうに小さく笑った。


「やっぱり持つべきものは親友だな!」

「確かに、そうかも」


 急に連絡したのに、話を聞いてくれるどころか、じゃあ夕飯時だからディナー食べようと誘ってくれた親友には感謝しか無い。いやマジで。


 そしてあの事件を忘れさるために、頼んだシーフードカレーを口が多少汚れるのも構わず、かきこむように食べる。

 もうそこそこ喋っていたので、頼んだものは今ので食べきった。


「あー、やはり飯は美味いな。困ったら飯を食おう、うん」

「太ってる人みたいな発言じゃん」


 そう言って親友は俺を箸で指した。

 自分の体躯を見ると、まあ別に普通だ。


「しょうがないだろぉ。それぐらいショックなんだから」

「――じゃあ、ご飯食べるより、もっと嫌なこと忘れられる方法を教えてあげようじゃないか」


 すると親友は、ニヤリと笑いながらそう言った。


「え? 急にものありげじゃん」


 俺が少し笑いながら答えると、親友はその表情を崩さず言った。


「ものはあるから。さ、星を見に行くぞ!」

「は? 星?」


 ……そういえば、親友は結構天文系が詳しいんだったか。


「そうだよ。驚かせるから、とりあえずついてきな!」


 またも面白そうにしながら、俺にそう言い放った。


「会計はやっとくよー」

「えぇ? いいのか?」


 その返答を返すまでもなく、親友はカウンターの方に去っていってしまった。


「……何がしたいんだ? まさかまた何かあるのか?」


 俺は少しその行動を不穏に思いながらも、席を立った。


 ◇


 ちらほらと自然の残る道が見え始めたころ、俺は少し気になって、聞いてみることにした。


「……こんな遠くまで来る必要あったか?」


 徒歩で来るのがありえないほど、というわけでもないけど、あのレストランから見れば少しばかり遠い場所だ。


 都会ではあるが、大都会というほどの場所でもない俺が住むこの街だが、この辺りは特に田舎っぽさが残る場所だった。

 まだ自然の手入れされていない場所もちらほら見えるし、向こうなんかは少し歩けば森だ。


「そりゃ、星を見るのに周りが明るかったら駄目だからね」


 ふと、上を見上げてみると、確かにいつもより星が多く見える気がする。


「……そんな変わるもんなのか」

「そうだよ。だから、田舎とかの星は本当に綺麗になってる」


 自慢げに言う親友。


「あほら、あそこが目的地」


 親友が指さしたのは、少し道に外れた、裏路地と言っていいほど小さい道だった。


「あそこ……の先ってこと?」

「そういうこと」


 すると、ズカズカと親友はそのまま行っていってしまった。


「あおい、待てって」


 俺も急いでついていく。


 しばらく無言の親友についていく。


「……おい、本当にここでそんな星が見れるのか?」

「待ってて」


 よく分からない返答を繰り返す親友に、不信感が高まる中、それでも俺はついていった。


 しばらくして、その路地を抜けた。


 ――すると、俺の目の前に広がっていたのは、見たこともない星空だった。

 まるで、写真の中のような星々。都会では見れない景色だ。


 都会の喧騒けんそうから少し離れた、この静かな深海のような空。

 その静けさが、浮かぶ大小様々な白い星々の美しさをさらに引き立てているようにも感じる。

 ハッキリとは見えないが、目を凝らすとそこには一つの大きな川の流れのようなものが見える気がする。天の川だろうか。

 少し月に雲がかかっており、そのせいか星も良く見えるような気がする。


 しかも、特筆すべきなのが、時折流れ星が降っていることだった。

 それは、ただの流れ星、というよりも流星群と呼べるほど沢山の流れ星だ。


 ……もしかして、親友はこれを見せたくてここに来たのだろうか?


「おっ、一番ちょうどいい時間!」


 そう言って、嬉しそうに親友は走っていった。


「――ほら、綺麗でしょ? 嫌なことも忘れられるくらいの、流星群。詳しいから知ってたんだよ」


 空に落ちる流星と、燦然さんぜんと輝く星々を背にした彼女・・は、俺の目にはとても綺麗に映った。


「……あ、ああ、そうだな。いや、めっちゃいいわこれ。確かに忘れられるかも」


 俺は、少し親友のいる前の方に寄って、少し出っ張ったコンクリートの部分に腰掛ける。


「でしょ?」


 彼女はそう言ってニッと笑った。


「それにしても、今日が流星群ってよく知ってたな」

「まあ、夜空は好きだしね」


 確かに、天文系は親友の得意とするところだ。


「それにしても、星もよく見えるし、月が綺麗だね」


 すると、親友は急にこちらの方を向いて、そんなことを言った。


「うん? そうか? 月はちょっと雲かかってるし、見にく――」


 もしや、と思ってしまった。

 間違っていたら、大恥ものだし、合っていてもどう返せばいいか分からない。


「あ、気づいた? 流石」


 彼女はそう言って面白そうにけらけらと笑う。


「……はぁー、やめてくれ、マジで」

「好きになっちゃうから?」


 未だニヤニヤと笑いながら言う。


「そうだよ! 悪かったな!」

「え? 案外言ってくれるじゃん」


 俺が開き直ってそう言うと、急に少し恥ずかしそうにしだした。

 なんだお前は!


「そりゃ、親友だし――まあ、そういう気が無いわけじゃなかったから」

「そうだったんだ」


 少し驚いている様子だ。


「……てか、マジでやってる。今あの話しして、そんで連れてきてこれやるとか、マジでやってる」


 本当に、やってる。


 というか、驚きが凄い。

 本日二回目のショックかもしれない。一回目とは別の意味のショックだ。


「そりゃあね。私は弱みに漬け込むことも厭わない性格だからねっ」


 そう言う彼女は、どこか楽しそうだ。


「というか、そういうの男の方から言うもんじゃないか?」

「それは別に誰も決めてないでしょ?」


 自由人だ、全く。

 俺とは正反対と言ってもいい。俺はきっちり規格に収めないと気がすまないタイプなのだ、と言い訳をしてみる。


「で? 何か言うことは?」

「……まあ、死んでもいいかな」

「よく知ってんじゃん。ありがと」


 そう言う彼女の顔は、向こうに逸らされて見えなかった。

 まあ、耳が真っ赤になっていたのは観測できたけど。


 恥ずかしいならやるなよ!


 〜完〜

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