えび

こと。

茶色い沼えび

シャカシャカシャカ


 目の前の緑の苔を少しずつ食べる。

 俺は茶色い沼エビ。名前はない。

 いつもの食事は、緑色の苔だ。岩に張り付いて、シャカシャカと緑の苔を食べるのが日常だった。


ザッパーン!


 突然目の前が真っ白になった。身体が渦の中に巻き込まれる。


『な、なんだ!?』

『……』


 しばらくしたら渦が収まった。

 上を見ると、黄色くて大きな物体が存在していた。


『あれは……食べ物?』


 シャカシャカと張り付いてみるも、つるつるしていて食べられそうになかった。


『こんにちは』


 俺が黄色い物体と格闘していると、後ろから麗しい声が響いた。赤色の可愛らしい沼えびさんだった。


『私、知っているわ』


 どうやら赤い沼えびは、この黄色い物体のことを知っているようだった。


「これはね、人間の子供が遊ぶものよ。ほら、人間って知ってる?』


 赤い沼えびは人間というものを知っているようだった。だが、俺はまだ人間というものを知らなかった。


 俺が黄色い物体を見つめた瞬間、上からザパーン!と水飛沫が飛び、黄色い物体が攫われていった。


 危なかった。危うく俺も渦に巻き込まれそうになった。


『赤い沼えび……?』


 俺は慌てて赤い沼えびを探すと、無事海藻に捕まって生存していた。

 それにしても、この場所は危険だな。頻繁に水飛沫が飛び散り、水中に渦が巻く。

 以前はこんな場所じゃなかったのにな……?


◆◇◆


「お父さん、黄色いボールが水槽に落ちちゃった!」

「ちょっと待って、取ってあげるからな」

「いい!自分で取る!」

「あっ……!」


 子供は水槽に手を突っ込み、黄色いボールを素早く攫った。

 父親は悲しそうに水槽を見た。


 もっとこの二匹のえびを見ていたかったんだけどな……。


 それにしても、どんな会話をしているのだろう。新入りの茶色い沼えびに、先住の赤い沼えびが色々教えてくれてるのかな?なーんてね。


 父親は今日も水槽を眺めていた。

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えび こと。 @sirokikoto

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