小児科病棟


 小児科病棟の看護婦さんは僕のような設備員にめちゃくちゃ優しい。

 これは同じ業種をしている人の多くが同意する事だろう。


 小児科病棟に勤める看護婦さんこそ設備員にとっての「白衣の天使」であるという話だけで一晩は語れるエピソードがあるのだが、今回はそんな小児科病棟で遭遇した怖いエピソードをひとつ。


 夜勤をしていると、ほぼ毎回の様に霊的な経験をこれまでしてきた僕は、もうそういった感覚がマヒしつつあったので、別に害がなければいいかぁとか思っていた。


 仕事自体は楽なので、それも辞めない理由だったりしたが、その日も漏れなく霊的な経験を僕にもたらす電話が鳴った。


「はい、設備です」

「小児科の〇〇です。実はちょっと困ったことになってまして……」


 小児科の天使からのお困り電話とわかった僕は正座に姿勢を正して話を聞いた。


 それによると、小児科病棟のある部屋に最近入った子供が、毎日決まった時間になると泣き出すというのだ。


 設備関係ないじゃん! って思ったそこのあなた。

 あなたは正しい。しかし間違っている。

 天使の言葉が全てなのだ。


 僕は天使の危機に駆け付けるべく、懐中電灯を片手に小児科病棟に向かった。


 スキップをしながら小児科病棟に着いた僕は、さっそくナースステーションの電話相手の看護婦さんに話を聞いた。

 すると、その部屋まで案内してくれるというので、看護婦さんの後ろをついていく。


 問題の子どもが入っている部屋に入って、決まった時間に泣き出すという子どものベット脇までいく。

 そして看護婦さんは、消灯時間をかなり過ぎても起きていたらしいベットで横になっている子どもに話しかけた。


「〇〇くん。このお兄さんが、〇〇くんの泣いてる原因を調べてくれるからね」

「うん、わかった……」


 看護婦さんが話しかけたのは6歳くらいの男の子だった。

 そして、看護婦さんにそう言われた男の子は期待を込めた目で僕を見つめて来た。

 消灯時間を過ぎて、真っ暗な部屋でもそれだけはわかった。


 僕は子どもが好きなので、こういった目を向けられると弱い。

 とにかく、なんで決まった時間に泣いているのか。それを男の子に聞いた。


「どうして毎日泣くの? なにか泣きたくなるようなことがあるのかな?」


 男の子は僕の質問にしばらく悩んでから、僕にこう返してきた。


「あのね、さっちゃんが僕の髪をひっぱるの。痛いっていってもずっと」


 僕は同じ部屋の誰かが彼をいじめているのかと、無言で看護婦さんの顔を見た。

 しかし、看護婦さんの顔はこの部屋にはそういう子どもは居ないという顔をしていた。


 僕は部屋のベットを順番に見ていく。


 なるほど、この部屋にいる子どもには、そんな事はできないだろう。

 ほぼ乳幼児のようだ。

 じゃあ誰が?

 僕はその日、他のスケジュールが入っていたので、看護婦さんにその旨を伝えて小児科病棟を後にした。



 別の日。

 その日は深夜の機械点検以外のスケジュールは入れずに件の小児科病棟につきっきりで見ていようと思っていた。

 夜勤に入る前、日中ここで仕事をしていた設備員と会う時間があるのだが、その時間を使ってこの話をしてみた。


「小児科病棟でクレームが出てるんですよね」

「ふーん、どんな?」


 彼は設備員の作業着から私服に着替えながら僕の話を聞いていた。


「なんか夜中にさっちゃんに髪をひっぱられるとか……」

「え?」


 彼は着替え途中のパンツ一丁で着替えを止めていた。


「もう1回言ってくれる? 聞き間違えかもしれないから」

「だから、小児科病棟のクレームで、夜中にさっちゃんに髪を引っ張られるって話ですよ」

「あー……」


 彼は僕の前にパンツ一丁で考え始めた。

 いいから、まずは服を着ろよ。と思う僕の前でだ。

 そして口を開いた。パンツ一丁で。


「これは私の勤める前の話だがね、そういうクレームが深夜にあったっていうのを聞いた事がある」

「その時はどうやってクレーム処理したんです?」

「それが、その人はその日で辞めたんだって」


 彼は僕にそう言うと、「あー思い出せてすっきりした!」と言って私服に着替えて「じゃ! お疲れ」と片手を挙げて部屋を出て行ってしまった。


 うわー……聞かなければよかった。そう思っても後の祭りだ。

 それでも小児科病棟の「天使」のために向かわなければならない。なんなら、今日の何時から張り込みますと、小児科病棟に連絡までしてしまっていた。


 約束の時間になったので、小児科病棟の問題の部屋に向かった。

 看護婦さんは張り込みをする僕のために、柔らかそうなソファーと毛布まで用意してくれていた。


 ここで断るのはさすがにない。

 僕はソファーと毛布を用意してくれた看護婦さんへにこやかにお礼を言ってソファーに座り込み毛布を被った。


 僕は腕時計をする習慣がない。

 なので正確な時刻はわからないが、問題の「さっちゃん」はその部屋の乳幼児が寝静まった頃に姿を見せた。


 深夜に泣き出すという男の子の泣き声が聞こえる。


「いたい! いたいってば!」


 霊体験を信じない人からすれば、心理的なもので片付く一件だろう。

 しかし、現に件の男の子の髪は独りでに宙に浮かんでいた。


 僕は普段、そこまではっきり見えるほど霊感というものはないので、男の子の泣き声と宙に浮かぶ彼の髪の毛を見て、「これかぁ……」と思った。


 とにかく、姿は見えない彼女なのか、彼なのかに話しかけてみようと思い泣き叫ぶ子どものベット脇に近寄った。


「子どもをいじめるのはだめだよ。他の場所へいきなさい」


 僕は姿は見えないが、これだけ言った。


 すると、彼の髪は元に戻り、さっきまで泣き叫んでいた彼もきょとんとした顔でこちらを見て来た。


 そして、ニコッと笑い


「ありがとう、おにいちゃん」


 そう言ってきた。


 なんとかなってよかった。

 そう思いながらナースステーションに向かう。

 そして、ここまでの話を天使に報告して小児科病棟を後にした。


 後日、その上の階にある内科病棟から「最近、深夜に髪を引っ張られるという患者いる」といううわさ話を聞いたが僕のせいではない。

 そう思いたい。

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病院の夜勤をしていた時の話 ビルメンA @Risou_no_Ajitama

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