『残り5分の砂時計がひっくりかえる瞬間』

小田舵木

『残り5分の砂時計がひっくりかえる瞬間』

 残る5分で何をしろというのか?私は問いたい。

 人生は持ち時間が少ない事で有名だが…流石に5分というのは何もしようが無いじゃない?


 例の隕石はもう大気圏内にあり。

 この決死隊がめる基地のブリーフィングルームは大わらわだ。


 ある者は神に祈り―そんなモノは居ない。

 ある者は呆然ぼーぜんとし―ある意味正解。

 ある者は家族の写真を撫でる―家族はテラフォーミング地球化された火星に飛び立った。


 かく言う私は。

 

 だからこそ、この居残り当番に手を上げた訳なのだが。

 孤児である私には家族は居らず。配偶者にも恵まれてない。

 せいぜいが飼い猫のマロンだが。彼は今頃いまごろ火星の何処かの家庭に引き取られているはずで。


 残り5分を向かえた基地でやるべきことなぞ存在しない。

 迎撃げいげきシステムのセッティングは終わっており。後は天命てんめいに任せるのみなのだ。

 一か八か。

 この言葉が今回のシチェーション以上にハマる状況を私は知らない。

 成功すれば―大量の隕石の欠片が地球に降り注ぐだろうし。

 失敗すれば―地球は通算7回目の大量絶滅の時代を迎えるだろう。


 既にサイコロを投げてしまっている。

 我々は後は見守るしかないのだ。

 そう思うと。この基地のブリーフィングルームに居る意味さえない。

 やるべきことはやった。後は機械仕掛けデウス・エクス・マキナに任せるのみ。

 人の出番はとうに終わっているのだ。

 

                    ◆


 基地のブリーフィングルームをこっそり抜け出す―1分。

 そして、基地から抜け出す―1分。


 私は荒涼とした大地に降り立つ。

 今回の隕石の落下地点は砂漠のど真ん中なのだ。

 …それでも巨大な質量のかの隕石をうかつに落とせば―地球はあっという間に闇に覆われる事になる。


 残り3分。

 私は軍服の胸ポケットを漁り、官給かんきゅうの煙草を取り出す。

 このご時世にも支給品に煙草は含まれていて。

 金属ライターで火を着けて。思いっきり吸い込む。

 煙草なんて一口目が全てだったりするのだ。後は惰性だせいで。


 何時もと変わらぬ青い空。

 この空が後2分で隕石に覆われると思うと憂鬱だ。

 その後の1分くらいで、この我らが母星の運命は決まってしまうのだから。

 特に思い入れのある星じゃない。

 どうせ、この星に居ようが、テラフォーミング地球化された火星に居ようが、私が孤独な事に変わりはない。

 むしろ。火星にマロン愛猫を送り出した分、孤独が際立つというものだ。

 

 私にとっての地球は孤独な星だ。

 かつては100億を数えた地球人口、そのうちの大半は火星、そしてまだ見ぬエウロパへと移住していく。

 それが今のプロジェクトの現状で。

 未だにこの星に残っているのは―

 希望なんて、未来なんて、ないから彼らや私はこの星にしがみつく。

 そして。いつか息絶える事を心待ちにしている。

 

 

 望んで産まれた訳ではない。私のような私生児しせいじは特に。

 過剰な人口を抱えた地球における私生児はのようなもので。

 劣悪な施設で最低限の扱いを受け。

 それが嫌で私は勉強し、運動し。

 この世で一番包容力ほうようりょくがある軍部に志願した。

 そこでなら意義のある死をもらえるような気がして。

 

 今まさに、意義ある死を迎えるか否かの瀬戸際せとぎわに居る。

 煙草は半分燃えて。時間は残り1分というところか。

 今更いまさらブリーフィングルームに戻る気分でもない。

 …振り返れば。

 そこには男が立っていて。

 

                 ◆


「お前はここに居そうな気がしてた」

「…真面目じゃないからね」

「君は何しに来たんだい?」残り30秒もないって時に。

「…

「そいつは―嬉しいけどさ」

「そんな場合じゃないってな」その台詞と被るように轟音ごうおんは鳴り響き。

「…吊橋効果つりばしこうか狙ってるなら愚かだよ」迎撃げいげき用のミサイルは天に向かって飛んでいき。私達の命運を分けようとする。

「そういう小狡こずるいトコロが気に食わないかい?」彼は私の顔を見やって。

「そういう部分もあっての人間だろ?」私は言ってやる。どうせ私もサボりを決め込んだクチであり。彼を指差して、ああだこうだ言う権利はありはしないのだ。


                 ◆


 彼と知り合ったのは。

 この地球の居残り当番のプロジェクトの席上で。

 彼は―家族を失くした男だった。私と同じく天涯孤独てんがいこどくの身。


「…感染症で一族郎党いちぞくろうとう全てやられましてね」そういう彼の顔が私の印象に残ったものだ。

「君も…だったな」上官はそういう。事前に情報は持っていただろうが、のだ。


「…よろしくね」と私は彼の手を握ったのを覚えている。その手はゴツゴツしていて。私と同じく苦労を噛み締めてきた男なのだな、と思った。


「おう…やることはやろうぜ」その言葉には前向きさが隠されていて。

」私はそう言った。半ば自分に言い聞かせるかのように。

「それでも、だ。任されるからには結果を出さないと」そういう彼の顔は眩しくて。

「私はそんな気概はないや」投げやりに言って。

「…お前さんは―?」

「かもね。ウンザリなんだよ」

「そう言うな。生きてりゃ良いことあるぜ?」

「…そういう言質げんちは20数年聞き続けてきたけど。ロクな事はなかったよ」

「…れてんなあ」

れざるを得なかった」


                  ◆


 轟音が鳴り響き。

 私達の真上の天は―赤く燃える。

 で。今から地球には隕石の欠片が降り注ぐ。

 この事実は―


「生きてりゃ良いことあるだろ?」目の前の彼は笑いながらそう言って。

「…良い事とは言いがたいけどね」私は2本目の煙草に火を着けながらそう言って。

「…そりゃ、お前がこの喜びを分かち合う人間が居ないから」

「で?君がそれになってくれるってかい?」話の続きをはじめて。

「そうなれれば、楽しいかもなって思っただけさ」彼は目をらしながら言う。

「…私は独りで生きてきた人間だぜ?」ああ。地球に欠片が降り注ぎ始めた。赤く燃える細い線が天を満たしはじめ。

「これから2人でチームを組もうって話」彼は手を広げ―欠片に触れようとするが。

「…私は有能な相棒じゃないさ」燃え尽きる星は地をとらえる事はない。その前に大気の中で消えてしまう。


「…俺は有能な相棒が欲しい訳じゃない」

「君は思い違いをしているだけなんじゃない?」

「…この人類100億の時代に、配偶者を探すにはある程度、勘違いも必要さ」

「…私は子どもを遺す事に消極的な訳だが」これ以上、この世界に命を送り出したくはない。

「それでもいいさ」

「君は寂しがりなんだな?」私は問う。彼は家族を失くした事をいまだに引きずっているのだ。

「…かも知れん」

「ちょうど―愛猫マロンを火星に送り出してしまったところだ」私は誤魔化ごまかしてみるが。

「…そのが俺か…悪くない」

「そう言ってくれるヤツがこの世界に何人なんにん居るか…受け入れなきゃ罰が当たるのかもしれん」

 

                 ◆


 降り注ぐ星。

 そいつは地球を無にそうとしていたモノで。

 私と彼は砂漠の真ん中でその欠片たちを浴びて。

 

 それは神とやらの意志なのか、はたまた確率の生み出した奇跡か?


 …そんな事は私は知らないが。

 この状況がなければ、私は孤独に死んでいたのは間違いなく。

 

 なんて。言うのは不謹慎ふきんしんが過ぎるだろうか?

 そんな運命に頼らなきゃ私達は出会う事も、理解し合うこともなかった。

 これは人間関係のメタファー暗喩かも知れない。


 人を求めるなら近づけ。

 …やっぱりこれも不謹慎が過ぎる。


 私は砂漠に腰を下ろし、彼と2人で降り注ぐ星を見ながら、そんな事を考えていたのだ。


                 ◆

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