第27話 郷裡は暗澹とし撈月と無道~・7・~
俊は祖父を殺し強制的に神力を継いだ。あふれ出る力に笑みが溢れ、自制が効かない。
しかし、瞬時に冷静になり神樹の事を思い出し作戦通りに探し出す。父の躯から携帯を探し奪い都市を目指す。そして、予め決めていた場所で成功体と落ち合った。
一方、葵は中央都下区〝逼〟の人たちが住む都市外の住区を突っ切っていた。デジタルサイネージからの警告で人は出て来る事はなかったが二種類に武装した人が何かを探し回っている様子を目撃した。
葵はその中で指揮を執っているのが雪中だと気付き、すぐさま葵は近寄り目の前に出る。
「ん?何だ?」
「おい、外出者だ!誰かそいつをどかせろ!」
目も合わせようとしない雪中にドスの効いた声をぶつける。
「もう忘れたのか?雪中!?」
「・・ん?あぁあれで学校にこれなくなったんだと思ったよ。此処で何をしてるんだ?」
弱者を見つけ悦に浸り、口角が上がり白い歯を見せる。
「いやぁちょっと探し物をしててね」
眸を閉じていても視線は雪中に合わせ、刀に手を掛ける。
「それは奇遇だねぇ俺も社長さんから言われてね。反逆者が隠れたってね。それを探しに来たんだ」
「お前もなんだろ?」
更に、にやつく雪中。
「あぁ?勝手にしろよ。そうでなくても好き勝手にするくせに」
掛けた手を強く握る。
「おい、お前らこいつは例のテロリストの一味だ捕まえろ。生死は問わない」
「「はっ!」」
展開する雪中の部隊。しかし、もう一つの部隊はそのまま探していた。
「・・・・・ふぅ・・・・あの時の借りは返すよ・・・!!!」
(何て好機!何て幸運!俺の手でコイツを裁けるなんて。槐と銀葉の恨みだとことんやってやる)
「借りなんて最初からねぇよ」
その雪中の叫びで部隊の指が引き金に触れる。
だが、先に敵の間合いに入ったのは葵だった。構えもせず只歩いて見せた葵。その素早さに誰も目で追えず、気付いたら仲間の一人が腕ごと胴を輪切りにされていた。
一瞬怯みを見せたが隊列を組み直し葵へと鉛弾を発射する。だが弾丸が届くよりも早く葵は元居た所へと回避していた。
「何だ・・・何が起こった・・・・奴は・・何処・・・だ」
その問いに誰も答えられず銃口を葵へと向ける兵士は冷や汗で肌着を濡らしていた。それは、今まで出会った事の無い異質感を与えられていたからだった。その本質が押し殺した殺意と絶対強者の自信と自負。
この力の差によって場違いな感恩を覚えさせられた瞬間、兵士たちは鳥肌を立たせた。
その雰囲気に呑まれた一人が葵へ射撃する。すぐさまパニックは伝染し次々射撃する。だが其処には誰も居らず最初に発砲した兵士の後にいた。誰かが知らせる間もなく頭上から一刀を振り下ろし半分にする。そこから統率を失った部隊の崩壊は早く武器ごと腹を突かれたり、腰から横半分になったり、首から上が縦半分になったりした。雪中は何が起きてどうなっているかも整理がつかなく腰が抜け失禁していた。
最後の一人は胸元で手榴弾のピンを抜き葵に突撃していった。その行動に葵は笑みを浮かべ手榴弾の信管ごと胸を切った。握った指や絞めた腕、半分になった手榴弾も落ちていき、崩れる兵士の瞳は只々、葵の眸だけを一方的に見ていた。
「どうした?お前ら!仲間だろ?助けろよ」
雪中は全く異なった服を着ている連中に助けを媚びたが一言も返さずにただじっと葵を見ていた。
「そいつらはどうもお前らとは違うみたいだぞ?」
そう言って近づく葵に地べたを這いずり回る雪中。そして、雪中の頭部を掴み銀葉の事を問い質す。
「何で銀葉を虐めていた?」
「ひぃ、あ、あいつが、似てたから」
「誰に?」
「あの女に・・あいつの姉にさぁっ」
「どういう事だ?」
「しゃべったら俺を逃がしてくれるか?」
「・・あぁ、生きてる幸せを教えてやるよ」
「おーけー、じゃ、じゃぁ話すぞ」
雪中の口から出たのは気分が悪くなるものだった。
高校に上がる前、中央都下区〝逼〟で慈善活動をしてると一組のカップルが目に入り、職や住居を提供すると持ち掛けた。すると二人はすぐに承諾した。だが雪中はその女の方に興味があり男が出払っている間何度も交際を迫ったのだった。
そんなある日、彼女から妊娠しているから迷惑なこと、身体に触るから辞めて欲しい事を言われ激高した雪中は傍にあった置物で頭部を殴ってしまい起き上がらなくなった事で気が動転した。すぐさま親へ電話をし、尻ぬぐいをしてもらった。
その後に治安部隊の隊長の話が来たと言う。疑問に思った雪中は親会社に出向き強引に社長室へ向かいその訳を聴いた。すると、殴り倒した女を研究所送りにしたら思いの外役に立ち新たな契約が出来た事への報酬だった。更に社長は続け同居していた奴も口封じの為連れ去り研究所へ輸送したとのことだった。
そして、学校で似てる奴を見つけ、もしかしたらと話しかけたら案の定妹だった。口車に乗せれば自分の物になると思ったが、口車に乗らない妹にイラつき虐めていたと言う具合だった。
「とことんお前は屑野郎だなぁ」
「み、見逃してくれるんだろ?なぁ!そうだろう!」
「そうだな、今から生きてる幸せを実感させるんだよ」
葵は掴んでいた手を離し両足を膝から切り落とす。すぐ裾を裂き止血をし次は腕を落とす。また、飛ばした腕の袖を千切り腕を止血する。雪中は無い四肢をばたつかせ涙を溢れさせていた。
「やだやだやだやだ・・やだよぉ。死にたくない・・死にたくないよぉ。病院に連れてってよぉ。謝るから謝るからぁさぁ」
葵は子供の様に喚く達磨を冷ややかな目で見下ろす。雪中はそんな葵と目が合い今度は悲鳴を上げる。
「ひぃやぁ、あぁああぁ。おぅ、おおぉ」
「そこでゆっくり残りの人生を費やすんだ・・惨めに、空しく・・」
雪中は放心状態になり涙も枯れ始めていた。
葵は微動だにしない連中を見やりつま先を立てしゃがみ左膝を衝き居合の構えをすると相手も戦闘態勢に入る。
「天中流 居合術 表 抜不之剣」
勝敗は瞬く間も無く一刀で決まった。その敏速すぎる葵の抜刀から繰り出される神力が乗った斬撃に成功体らは為す術も無く皆、一刀両断されたのだった。
いち早く都市に到着していた俊は携帯にコールが入ってない事を確かめた。そして、成功体と一緒になり神樹を探していた。葵も綵花も都市に向かい携帯にコールが入ってないか確認し無いのを見るに皆、見つけて無いと分かり都市に入る。二人は入った途端、強烈で刺さる様な視線を感じその大元である一番高いビルの屋上へと見やる。
「あのぉ隊長?何かばれてるのですが?」
「あぁ向こうのビルからも連絡が来た。いざとなったら飛んで逃げるから」
「了解っす」
「ん?おぉ!あの少年が神樹を見つけたみたいだ」
女は双眼鏡である方向を見て声を上ずらせる。葵はじっとそいつらを見つめ、神力で強化した聴覚と視覚で女が何て言ったか見当をつけ方向を絞った。
「先に見付けられたかっ!」
葵は一直線にその方向を目指し、近くのほどほどに高いビルを掛け上り屋上から見渡す。
そして、ビルとビルの間で神樹を持つ俊とさっきの変な格好をした兵士と何か話している様子を目撃した。一人、終始笑い戦闘が起こっていない事、神樹を見つけたのにも関わらず連絡しない事から裏切ったと判断した。葵は足に神力を溜めビルが半壊するのを気にも留めず、一直線に俊の元へ突っ込んでいった。
葵が着地した地面は割れ、粉塵が舞い、周りのビルの壁はひび割れ傾いた。
「どういうこった」
「どいうこったも何もないだろ。お前、死にに来たのか?」
したり顔でいて、にやり顔の俊に雪中の顔を思い出す。
「おいおい、確定じゃんかこれ」
葵は会話する気をなくし有無も言わさず切りかかる。周りに居た成功体は俊を取り囲む様に陣形を取るが羽虫の様に次々切り伏せる。辺りは臓物と血が飛び散り、薬品の匂いが立ち込めた。
「クッサ!」
動きが止まった葵を横目に俊は退避する。それに気付いた葵は摘まんだ指を離し俊の後を追いかける。やがて地上から離れた十車線もある道路の中央で止まる俊。お互いに見やった後、突如雨が降り出してきた。
「俺の父親に勝てなかったお前がどう俺に勝つ?」
「もしかして、お前・・・」
「そうだよ。殺したよ」
「どいつもこいつもよ・・・」
葵は全身に神力を巡らせ刀にも巡らす。抽出の効果で金剛化、一体化、紐付化を選び出力させる。居合の姿勢になった葵に薬と神力で強化した肉体で一瞬で近づき抜き身の刀を上段から振り降ろす。この時葵は俊から溢れ出す神力に呆れていた。
それに難なく合わせた葵は完全に刀の軌道から身を右に外し胴を二つにする一刀を振り抜く。だが、その胴は切れることなく俊の身体を遥か後方へ吹き飛ばすだけだった。周りのビルは何棟か上半分だけ崩れ人の悲鳴が聞こえ出した。
起き上がった時、腹には横に赤黒く変色した線が出来ていた。予想外の威力に俊は腹を擦る。
(さっきのはまずったな・・抜く姿が自然過ぎて反応が出来なかった)
葵は間髪を容れず距離を詰め、頭から刀身を振り下ろす。俊は父から奪った刀に神力を流し受け止めた。その衝撃で道路は崩落し二人も下へと落ちる。
葵は俊の腹に蹴りを入れる。腹部に触れる瞬間に抽出の効果で凝着を追加し腹に足をくっ付けたまま蹴りの威力と体重を乗せ地面に衝突させる。俊は地面にぶつかる衝撃と葵の体重で圧迫され口から胃液と内容物を出す。
葵は直ぐに凝着を解き距離をとる。俊は立ち込める土とコンクリートの粉塵を刀でかき消す。
綵花は建物が崩れる音と悲鳴で戦闘が起きたと思いその方向へ駆ける。
この時、俊は父親と爺さんの差について考えていた。
(あの二人は同じ神力を使っていたのに何であそこまで・・・)
(爺さんの方が速かったし・・でも威力は父親の方が・・・)
(この力は纏わす以外に何かあるのか)
思い立つまま身体の内側に神力を試すとさっきよりも効率的に身体を強化出来た。俊が神力の使い方を掴んだと感じた葵は口角を上げる。
駆けつけた綵花が見た物は俊と葵の戦闘だった。何事かと思い注視していると俊が懐に神樹を隠しているのが分かった。綵花は二人以外の各携帯にコールをした。無事つながった事、葵が俊と戦闘している不自然さで俊が裏切った事を導かせた。
ただ、綵花は戦闘に参加するかどうか迷っていた。
「どうしよう・・山猿一人でも対処できそうだし・・でも山猿が相手してあそこまで被害が出てるからなぁ。うーん・・・爪に土とか埃が入ったら嫌だし、欠けたら発狂しそう。まぁ山猿が駄目だったら私が行くか」
葵は綵花が視界に入り何もしてこない事に安堵した。
(入ってくるなよな。お前が来れば終わっちまうから)
葵は鞘に刀身を納め刃を下にして逆手に握る。中腰で身を屈める様にして構える。
俊は右頬まで柄を持ち上げ刀身を立たせ脇を絞めた状態で構える。
俊は段々と緩やかになる雨を認識し、ただ一刀に沈める事に集中しているのを自覚した。自身を俯瞰し落ち着いていた。薬で頑丈になった骨や腱、筋繊維へと神力を流し締め上げる。そして、永遠にも思える時の中で時機を計っていた。
葵は一寸の無駄も無く神力を操り肉体の中で完結させ、この身が耐えれるだけの量を流し込む。長年封じてきた視覚と、頼ってきた聴覚と触覚は一人の男にだけ注力していた。そして、刀にも限界程の神力を流し、抽出の効果で金剛化、一体化、凝着を選んでいた。今、凝着を選んだのは刀を抜くときに力を入れる過程を飛ばし少しでもタイムラグが出ない様に、そして刃を下にして逆手にするのも通常の抜刀よりも抜きを早くする為であった。
この時、葵は自身が出せる最大の速さで俊を待ち構えていた。
お互いの一秒が一分、コンマ一秒が一時間に感じる程に時間が凝縮、圧縮されていく。
一粒一粒の雨粒が身体を打ち付けるのが分かる程、感覚を研ぎ澄ませた。
降る雨粒の間を縫うように視線がぶつかった瞬間。
視線の間に隔たる物が無くなった瞬間。
俊は突っ込んだ。
「沫立流 初度 一重厳威之蜻蛉」
地面が盛り上がり土を大量に空中へ撒き散らす。雨が土に滲むよりも速く、葵の前まで来る。
俊の強烈な踏み込みは道路に足をめり込ませた。
身体を軸にし振り降ろされる刀。
葵は視線を少しもずらす様子はなく、只、身体の中心の一点を見つめ迫りくる刀身を視界の外で捉える。
「天中流 奥義之居合 弦月之太刀」
触れるか否かの間に葵の刀身が姿を現す。初速は最早、出が見えず知覚すら追いつけなかった。
その一刀は俊の全ての処理能力、速度を超えた動きだった。
葵は抜くと同時に左脚で地面を蹴り襲い掛かる刀身よりも早く右脚で身体を反転させ俊の右手を切り落とした。
その空を切った刀の傍らで葵が背を向け既に抜刀した刀が鈍く光っていた。
俊が振るった刀は地面にはぎりぎりで触れなかった。だが、莫大な神力を溜め込んだ俊の一撃は巨大な道路を、都市全体を支えていた基盤を破壊した。
ゆっくりと自由落下する瓦礫と二人は粉塵に包まれていた。
俊はやっと片腕を切られ、握っていた刀の柄が半分まで切り込まれていたのに気付いた。だが俊は引かずに刃を翻し左手だけで切り上げる。
葵はまた迫る刀身に添わせるように自身の刀身を触れさせ凝着を付加した。葵はそのまま上に持ち上げられ頭上に来た時に凝着を解き、鞘に戻す。抽出で金剛化、一体化、紐付化、付加、透明化、を選び付加で組紐に透明化の効果を付けた。紐付の効果で透明になった葵は空中で俊の僧帽筋辺りを何度も切りつけた。
足場が無く不利な体勢だったため浅くなったが俊は突如消えた葵に困惑していた。
遠くでぼうっと見ていた綵花は突如崩れる世界に困惑したとたんに葵を見失った。遠くに飛ばされたと思い直ぐに飛び出した。
(何してんだ?あの山猿・・・もう仕方ないわね)
土埃と建物の粉塵を吹き飛ばした俊の前に綵花が姿を現す。
「何だ今度はお前か・・・」
「名前も覚えられないの?これだから都合よく遊ばれるのよ」
「俺がどの道を選ぼうが俺の自由だ」
「その自由にこちらを巻き込まないで下さる?」
「口の減らない女だな」
「だ・か・ら!そういうとこよ!」
「おいっ」
綵花は突如後ろから聞こえる声に驚き振り向く。その隙を突かれ俊の薙ぎ払いを喰らう。咄嗟に神力を流し柄で受け、切られる事は無かったが崩壊したビルに突き刺さる程強く飛ばされた。
「あぁもう!あの!糞猿!何してくれてんのよ!」
「ひぃっ!爪がぁ欠けちゃってる!?中にも砂が入ってるし!最悪っ!もうどっちかが死ぬまでほっとこ」
(山姥は何しに来たんだ?切られちゃいないようだし。まぁいいか)
「悪かったね姿消しちゃって。空中って不利だからさ」
「それは置いといてさ。お前に言いたい事があるんだよ。てめぇのような薬に頼り、あの試合を見て親父の方が強いって判断したその節穴さ。そんなんだから一つの事を極める必死さや没頭する覚悟が出来ないんだよ。詰まる所てめぇは半端者でどっちつかずなんだよ」
「ふん!だから・・何だってんだ?」
「お前は別の家に産まれても何も出来ない哀れな人間だってことだよ。分かったか?鈍才」
「おまえぇぇ!」
突如の夜空から俊を狙った弾丸が飛んでくる。俊は避けることなく弾丸に当たる。葵はそれを認識出来ていたが警戒し打ち落とせなかった。その中には液体が仕込まれており俊の体内に注入される。そのとたん俊の皮膚は赤黒くなり青白く光るビル群の明かりが、より不気味に照らした。
「隊長、こんなものどうやって作ったんですか?」
「あぁ、あそこの技術者を引き抜いた後に作ったんだよ。面白いだろ薬を撃つ銃だぞ?」
「ホントはさ、遠くから狙撃して薬の過剰反応で爆散させるために作ったんだけどね。あの子なら平気そうだったから試しにね」
「あの個体に死なれてもいいんですか?」
「細胞があればいいよ。大元のね」
俊は身体中から汗をかき血管が拡張し浮き出たかと思えば、顔からは神経が浮き出ているのが見えた。
「おいおい、やばくねぇか」
「はぁはぁはぁ身体が・・・熱い・・ぐぐぅがぁ゛あぁぁぁ」
俊は苦しみの叫びを上げながら蹲り空嘔する。やがて落ち着き立ち上がり大息をする。既に切られた腕は神力で止血処置していた。
「今、凄くいい気分だ!なんでも出来そうだよぉ」
ぎょろりと充血した目で葵を凝視し不敵に嗤笑した。そんな姿に葵は憫笑を送る。すると、後方から綵花の声がして振り向く。
「そう?お薬より楽しい所に送ってあげようか?」
俊は睨みをきかせた表情になり更に神力を巡らせる。
綵花は葵の隣まで来て呟く。
「爪が傷ついてイラついてんの。介入するの辞めようと思ったけど向かっ腹が立つの。此れが終わったらアンタにも責任負ってもらうから」
「はぁ?」
「゛な゛にっ?」
今度は顔に怨色を帯びた綵花に睨まれ始めて萎縮する。
「え・・・」
(こっわ)
二人は俊に向き直り対峙する。二人を見やり綵花に狙いを定め飛び掛かる。踏み込んだ勢いで瓦礫が更に周りを破壊し土煙が周辺を覆う。綵花は既に抜刀しており右手で鍔元を握り頭の方を掌で押さえていた。
綵花の目の前まで近づいた俊は殴る様に左から袈裟切りを振るう。綵花は深く踏み込み頭上すれすれに躱し鳩尾に渾身の突きを繰り出す。その突きをもろに受けた俊は吹っ飛び依然と聳えていたビル数棟を貫通しのめり込んだ。
突く瞬間、葵は見た。刀が液状の様になり勢いよく元に戻る姿を。しかめっ面で見ていると綵花は自慢げに片眉と片方の口角を上げた。
「ふんっ!!!」
すまし顔でそっぽを向く綵花。
大きく立ち上る粉塵の中から二人に向かってねじ切れられた街灯一つが飛んできた。すかさず葵が縦に真っ二つにする。そして、葵はビル目掛けて神力を乗せ無数の斬撃を飛ばす。粉塵は消し飛びその中から出てきた俊は左手を逆手に握りで屈んだ姿勢になっていた。足の指はコンクリの地面にめり込み全身に筋繊維が見えるぐらいに膨れ上がっていた。
「また、突進かよ。芸がねぇな」
その言葉の終わりに俊が一直線に吶喊する。だが葵は刀を鞘に仕舞い神力を解く。俊は驚くが緩めることなく距離を詰める。右足を地面に着け左下から振るう刀に合わせ、身を潜らせ踏み込み右肩で俊の肋骨へ当てる。俊の突っ込んだ威力は踵から肩まで一直線になった葵の身体にその力そのまま返されてしまう。
俊は地面に指を食い込ませており、体勢を崩しただけで済んだ。ここに来て葵が刀に手を掛ける。俊は瞬時に神力を限界まで腕に流し抜かれた刀の軌道を金属音を鳴らして変えた。そして、腹に隙が出来た葵へ刀を振るう。
葵は既に抽出の効果で金剛化、一体化、紐付化、凝着を選んでいた。葵の服を切り皮膚に触れた刃はそこで止まり動かせなくなり動転する俊。葵は限界まで神力を流し首を左右から何度も切り込む。俊は片腕を首に巻くように防御するがその隙間からも切り込まれ段々と血が噴き出した所で手を柄から離し距離をとる。
首を手で圧迫し神力を流し止血する。葵はまたも神力を解き張り付いた刀が落ちる。俊はこの時何が起きているか分からなかった。神力の応用か、将又その特性か思考していた。俊は神力を試す間もなく戦闘に入った為、物体の内部から流す感覚が身についておらず切迫した状況で気付きもしなかった。
葵は得物を無くした俊に対して刀身を鞘に納め地面に置く。そして、街頭に近寄り根元を足刀で切り、雑巾を絞る様に捩じり身の丈に合った長さに調節する。その街頭は歪な螺旋を描いた槍になったのだ。
俊はその間に落ち着きを取り戻し葵を見据えて無い手を前にして左手は掌底の構えでいた。
葵は槍の先を下に柄を上に構える。そのまま距離を詰める為右足で蹴り込む。それと同時に俊も動き始める。
槍は下から股間へと向かうが俊は右脚で絡めとり再度踏み込んで折り曲げる。それと同時に左の拳を顔へと打ち込む。葵はすれすれで躱し半身を捩じり槍の曲がりを直しながら引き抜き右の蝶番関節へ突きを入れる。
俊は咄嗟に右脚を上げ蹴りを入れる。葵は槍で防御するが飛ばされ槍も曲がってしまった。
隙を突いて刀を拾い葵に襲い掛かる。何度も何度も急所を狙い突き、振り翳し、振り上げる。だが葵は押し寄せる刀の鎬を叩き心地よい金属音の擦れを奏で、悉くを叩き落とした。
丁度伸びきった左肘に槍をぶつけファニーボーンを引き起こす。少したじろぐ俊の腹へ横払いを叩き込み半壊のビルを倒壊させてゆく。
葵は地面に置いた刀を手に持ち綵花に両眉を上げ口角を上げる。綵花は苦い顔をして鳥肌を立たせる。
そんな綵花に渋い顔を向け颯爽と俊が見える位置まで移動する。俊は瓦礫と化したビルの壁を殴り壊したり蹴り飛ばしながら輪郭を顕にする。
一方、住民たちはと言うと一部の人らは既に身の危険を感じ都市の外へと非難をしていた。
嘗ての不夜城や特飲街は見る影が無く、電車は地面に突き刺さり、バスや車も横転したりビルに潰され、象徴でもあったデジタルサイネージは疾うに半壊し何も映し出していなく音声も出力しなくなり、ただの板に成り下がっていた。
この結果、都心部や警告等により建物内で待機していた住民の殆どがこの惨劇に飲み込まれた。
そして、ここに広がったのは誰のか分からない携帯で治安部隊に通報を試みる者、枯れた声で胸底を疾呼する者、少しでも頑丈なものに身を寄せる者、動かない車両に乗る者、亡骸に惚ける者、一人しゃくり上げる者、抉れた両手で自身の瓦礫を退かそうとする者、体温が消えた身体で抱き合う者、見知らぬ人を襲う者、それ全部に等しく降る冥怒雨。
助けを呼ぶ声は悲鳴と怒声、足音にかき消され誰も見向きもしない。気にしない。
ただ、その渦中にいた少年は二人の戦闘に見惚れていた。
その少年の目には何故か竜虎相搏つ様に見えていた。そして、その合間に見えた一人の男の眸子に目を奪われていた。
葵は柄に手を掛ける。透明になり、また俊を困惑させる。俊は透明化の仕組みを考察しだす。
(どうやって消えてるんだ?足音は辛うじて聞こえた。って事は消せるのは姿だけ・・・それなら辛うじて雨で姿が分かりそうだけど・・・でも条件は・・・?一度目は鞘に入れて無い筈、鍔の当たる音もしなかった。さっきは鞘に納めた状態で・・・一度目は神力を通したまま、二度目は神力を解除してから・・・でも過去二回の居合の時は消えて無かった。だとすると、今のはフェイクか?だが今その行為をする意味が無い)
塾考していると背中から足音がし警戒すると足元に後ろを映す硝子が目に入る。注視しながら聞き耳を立てていると大きくなる足音に刀を抜く音がした時、ガラスに姿が写った。鞘が手から離れ姿を現したことで俊は鞘が透明化の効果を付与してると結論付けた。
俊は切り込まれた柄の部分を使い葵の刀身を受け止め、更に指で上下から挟み固定する。右足で鞘を狙い蹴りを入れる。鞘は遠くに飛ばされ、同時に葵の左腕を搗ち上げた。
葵は握られた手に蹴りを入れ力尽くで距離をつくる。
俊は笑い叫ぶ。
「これで透明になれないな!」
「なれなくても倒せるさっ!」
俊は足で地面を抉りながら距離を詰める。葵はつま先で地面を蹴り上げる様に距離を詰める。
交差する刃に火花が散る。着ている服は切り込まれていく。お互いの頬の皮膚から血がたれ、無数の切り傷を付ける剣戟を繰り広げていた。
雨の雫は血に交じり崩壊した都市を逆さに赤く映す。青白く、赤暗く、生気のない黄色、蓄光顔料の緑のような無機質で明滅する光が淡く暗くなったこの場を月光の代わりに照らしていた。
俊は交錯する中、葵に無い手で突きを入れる。だが、それを避けた隙に逆手に握り直し右足を前に出し屈み刀身を地面すれすれまで下げ一気に振り上げる。此処で距離を取らせたくなかった葵は鍔迫り合いの形にするべく受け止めようとする。
刀身と刀身が火花を散らすかと言う刹那。葵は一歩踏み込み密着した。俊は軌道を内側へ変えようと上半身を後ろに引き捩じりを加える。
そして、再び刀身どうしが触れたと思った瞬間、葵が握っていた刀は通り抜けたのだ。
「天中流 裏之太刀 抜陰」
俊は葵がしくじったと思いそのまま振り抜こうとしたその時、葵は透明になってみせた。
近くの硝子を見つめ、聞き耳を立てるが音はしなかった。
しかし自身の足に違和感を覚えた。左脚が膝から下が切られていた。咄嗟に刀を地面に突き立て順手にし寄りかかる。右脚を持ち上げようとした途端、誰かに踏まれた感覚がした。葵と気が付き刀を抜こうとするが柄を上から押さえつけられていて抜けなかった。
「くそ・・・詰みか・・・」
辞世の句を最後まで聴くことなく葵は首を飛ばした。ころころと転がる頭、力なく柄から離れる手に身体。
葵は神樹を取り、少し離れた鞘を拾い納める。
葵は後ろから攻める時、既に抽出で金剛化、一体化、紐付化、透明化、付加を選択し、付加で抽出(目貫)に透明化を追加していた状態にしていた。そして、抜いたと同時に抽出の効果で再度、金剛化、一体化、紐付化、付加から一体化と紐付化を除外して透明化を解除した様に見せかけた。
目貫は透明化を付加されたため消えており葵は手で覆い見えない様にしていたのだ。
そして、抜刀状態で消えたのは再び抽出で一体化と紐付化を選んび消えた様にみせただけだった。
その光景を西の山脈の天辺から見下ろす男がいた。擦り切れた道着を着ており、その合間から見える肌は刀や刺突武器、打撃武器などので鍛え抜かれたのか元の色はおろか痕が色素沈着し焦げ茶色になっていた。
「兄者!そっちじゃないよ」
「そうか、そうか。方向音痴でな。うっかり八兵衛だ」
「なにそれ。兄者面白~い」
そんな妹も兄と一緒の肌をしていた。
そして、もう一人、夜空を悠々と飛ぶヘリの中で一部始終を見届けた女がいた。
女は目線を落とし四肢が無い男に問いかけていた。
「君は死なないよ。それでなんだけど心から思う事あるんじゃない?」
「・・あぁ・・・あいつ・を・・あいつを!殺してやりたい!」
「その思いを叶える力、私が与えよう」
「・・・へっ・・へへっ」
雪中は空ろで焦点の合ってない目で嬉しそうに答え、女は呆れて言った。
「これじゃ私が悪魔みたいじゃないか」
そして、女は自身の部隊、壊れた都市、毀れた男を流し見して呟く。
「葵君に神樹、今度はかつての同胞と共に会いに行くよ」
ウドゥンバラの華 三色団子 @goldenbell118
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