COSMOS/コスモス

JJ

第一章 暗い、喰らい、CRY

「自分は誰かに必要とされているのだろうか」


 毎晩布団に入るとふと考えてしまう。


 自分が今いる社会という歯車の集合での立ち位置は別に他の誰かでも問題なく動作するのではないか。


 自分にしか出来ないことなど何一つないのではないか。


 自分がこのままこの世界からいなくなってしまったら、自分がこの世界に生きていたことを誰が証明できるというのか。


(もう生きていく意味なんて無いんじゃないか?)


 今日もそんな後ろ向きなことを考えていたら、いつの間にか意識がなくなっていた。


_____ピピピ、ピピピ、ピピピ……。


「んっ…もう朝か…」


 心の中から叫びあがる欲求を押さえつけて重い体を無理やり起こす。


「ふわぁ…支度しなくっちゃ……ん?」


 目をこすりながら周りを見渡すと、そこは明らかに自分が過ごし慣れた家ではなく、何一つ物は見つからなかった。


「白……灰色?」


 あたりの景色は部屋のように壁があるのではなくただただ薄灰色の床が水平線のように果てしなく遠くまで広がっていて、自分の体さえその中に溶け込んでしまいそうに感じた。


「何だこれ……」


 不安になり自分の体を確認すると、すぐにその違和感に気づいた。

 隅から隅まで確認した自分の目には手足だけでなく、長年の間部屋着として愛用していた紺色の学生ジャージもすべて白黒写真の如くモノクロに映っていた。


「色がなくなった、いや見えなくなったのか…?」


 不可解な状況に焦りを感じ、何かすがるものはないかともう一度よく周りを見渡すと、遠くにうっすらと何かが見えた。


「あれは…カプセル……?」


 小走りで近づき、それを見るとまるでSF映画でのコールドスリープの装置のような卵の形をした装置が見えた。


 その装置には大量のコードがつながっており、床へと沈むように続いていた。


 そして上面には中身を確認するためか、丸くくりぬかれてガラスがはめ込まれている部分があった。


「中身は……人…!女の子…!」


 そこからのぞき込むと中には少女と思われる人物が中で眠っているように目を閉じているのを確認できた。


「この人ならこの場所について何か知っているかもしれない……何とかしてこの装置から出さなきゃ。でも、装置を動かすボタンやスイッチなんでどこにも…」


『その必要はないわ』


「え?中から声が…」


ピー、…プシュー……


 装置が開き中から少女が出てくる。少女も自分やその他周りと同じように色はなく、モノクロなようだ。服装は灰色のワンピースに胸にはリボン、顔つきや背丈は中学生ほどに見えた。


「出そうとしといてなんだけど、出てきて大丈夫なのか?」


『どうして?』


「だって、装置にはこじ開けられないようにか開閉部分の隙間が全く見られなかったんだ。それほど厳重に閉じているのには何か理由があるのかと思って」


『あなたは他人の心配をするほど余裕があるのかしら』


「いや、そういう訳じゃないんだけど……分かったよ。この場所について何も知らないんだ。何か知っていたら教えてくれないか」


『そうね……』


 少女は少し考える素振りを見せたが、しばらくすると口を開いた。


『何も知らないわ』


「え?」


 最後にすがったものが空振りに終わったと感じ、ついすっとんきょうな声を出してしまう。


『何も“知らない“よりも、“覚えていない“が正しいかもしれないわね。少なくとも、私はとても長い間この場所で眠っていて、この場所はあなたがよく知っている場所ではないのは確かね』


「ほとんど情報がないじゃないか…。まぁ良い、とにかくいち早くこの場所から抜け出して、会社に行かなければ」


『そんなにその会社とやらが大事なのね』


「当然だろ?僕がいなきゃ止まってしまうプロジェクトもあるし、他の人の業務に支障が出るかもしれない」


『本当にそうかしら?』


 少女は見透かしたように言った。


「君に何が分かるっていうんだ…」


『別に私は分かっていないわ。ただ、あなたが思ってもいないことを口にするものだから』


「そんなこと……」


(この子はなぜこんなにも僕が自室の奥にしまったはずの気持ちを的確に把握しているのだろう…?)


『まぁ、あなたがどう考えているにしろ、私の力を借りるほかないわ』


「どうしてそんなことが言えるんだ?記憶もないのに…」


『それはただ“分かる“としか言えないわ。どうやら私はこの場所、いや世界と密接な関係があるみたい』


「と言うと?」


『この世界は私一人か他の誰かとの協力によって作られた、もしくはそれを元に改造された世界ということよ』


「それをどう信じろと?」


『今あなたの後ろに用意した扉を見れば、信じてもらえるかしら?』


 そう淡々と少女に告げられ、ゆっくりと後ろへ振り返った。


「何だこれ…」


 振り返って目に飛び込んできたのは相変わらずモノクロで構成された木製の扉だった。


『それはこの世界の奥へと通ずる扉よ。色々この世界への干渉を試みて、この場所で唯一できたその扉をだすことで、私がこの世界との関わりが深いことへの確信になったわ』


「そうか…」


『そこで提案なのだけれど、私と一緒にこの世界の奥に進んでみない?私があなたが来てから目が覚めたのは、何かあなたといる必要がある気がするの。ここから直接あなたの世界に戻る方法はないみたいだし』


「そうだな……なんか、悪かったな色々と…」


『どうして?』


「君の言うことは正しかったのに、認めたくなくて強く当たった節があった。申し訳ない」


『それを言ったら、私もよ。あなたの気持ちなんて分かるはずもないのに、つい決めつけてしまったもの。とにかく、短い間か長い間か、はたまたこの世界から出れずに一生の付き合いになるかもしれないけれど、これからよろしくね』


「縁起でもないこと言うなよ…」


 二人は扉を抜けて先へ進んでいった。



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