閑話 双子は一人の為に生まれました

 その二人の初めての感情は、痛いだった。


「よぉ」 


 壮年の男。筋骨隆々の巨躯が、窮屈そうにしゃがんでこちらを見ている。

 杖など必要なさそうに見えるが、杖を握っていた。

 

 二人はどうしてここに居るのか分からないようだった。

 それもそのはずで、二人はいまこの男が杖の頭を利用して顕現させた鬼である。

 生まれ落ちたのは、不揃いな石が転がる、赤く燃え滾る池の前。身に纏うものは何もなく、肌にごつごつした石がチクチクと刺さる。

 立ち上がると、二人は生まれたばかりにも関わらず、男と同じくらいの上背をしていた。

 男はしっかりと大地に立つ二人に満足そうに頷いた。


「今日からお前らはワシの部下だ。いいな? あー、どっちがどっちだ?」


 男は手に持った杖を見つめ、首を傾げる。


「使わなさ過ぎて初期化でもされたか? なんか若けぇし。まぁいいや。お前たちは今日からアカ、アオだ」


 そう指を差すと、二人は全身が赤と青にそれぞれ染まった。

 触れずにして顕現したことで、男の力量が知れる。


「閻魔の道具、お前ら人頭杖は嘘や害意を察知するのがそもそもの役割だ。今まで杖だったとはいえ、俺と見てきたはずだからすぐに仕事なんて覚えらえる。それで、だ。世話を頼みたいヤツが居てな。ついて来い」


 男の言葉を聞く内に、段々と二人の意識はハッキリとして来ていた。なるほど、杖。そうだったかも知れないと思いながら男の後ろをついていく。


「あのー」

「ん、なんだ?」


 言葉を発したのは青く塗られた方の鬼。アオだった。


「気づいたときめちゃくちゃ痛かったんだけど、どうせ移動するならもっとマシな場所でオイラ達を呼んでも良かっただろ」


 男はその流暢な言葉に驚く。なるほど、こちらが虚実を見定める頭の方かも知れない。だが、


「言葉遣いがなっとらんなぁ……!」


 男は拳を握り、振り向きざまにアオにまっすぐに突き出した。もちろん当てるつもりで。しかし、その拳を遮るように、赤く塗られた鬼、アカが立つ。両掌を重ね拳を受け止めたアカは、男を睨んだ。


「ダメ」


 それだけ。まだ言葉が拙い。こちらが害意を防ぐ頭の方かと、男は納得した。

 申し分ない。そう、聞こえないくらいの上機嫌な呟き。しかし、


「上下関係は大事だなぁ」


 と、二人の側面に素早く移動し、頭を掴み、お互いを打ち合わせた。固い鈍い音と共に、悶絶しながら二人の鬼はしゃがみ込んだ。


「残念。俺がルールだからな、敬語は絶対だ」





 男に二人が連れられたのは、粗末な造りの家屋だった。事務所だと言うと、引き戸を開け二人に入るよう促す。そして辺りを入念に確認してから、男は扉を閉めた。


「それで、なんですか?」

「すぐに分かる」


 負けてイラついているのか、二人とも機嫌が悪い。気にすることなく、男は部屋の奥から籠を持ってきた。


「……赤ん坊?」

「そうだ。お前らが世話しろ。俺も住むから、四人でだ」

「アンタ一人居れば十分じゃないんすか?」

「力は、な。見て分からないか?」


 二人は赤子をまじまじと観察する。眠っている。まだ幼く、性別すらもよく分からない。ただ、二人が見る、杖だった時代の景色との違和感。アオの杖としての役割が、それを知らせる。


「囚人でも、顕現体でもない……。生身っすかこの赤ん坊!?」


 アオが驚愕の声を上げた。地獄は死後界である。現世に居るはずの肉体は入れないはずだった。


「そうだ。恐らく今時珍しくどっかで供物にでもされたのが、そのまま入り込んだんだろう。地獄の暑さに耐えられるところを見るに、普通ではないがな」

「そうっすけど、なんで地獄になんすか?」

「知らん。だがせっかく見つけたのだ。育てたい。……可愛いから」

「急に気持ち悪いっすね」

「!!」


 アオのこぼれた言葉に殺意の拳が飛び、慌ててアカが止める。

 赤ん坊はそれでも眠っていた。


「でも、かわいい」


 アカが言う。


「だろう? でだ、お前たちに頼みたいのは護衛だ。後は、大きくなったらこの子に後を継がせるから、補佐」

「本気ですか?」

「本気だ。だからこの地獄も、この子が過ごしやすいように作り変える。俺がルールだからな!」


 豪快に男が笑う。親バカという呟きがアオから漏れたが、怒るどころか親という言葉にデレデレしている。ちょっと気持ち悪いが、二人は口には出せなかった。

 

「まぁ地獄を変えるのは本気だが、一番はそこじゃない。護衛だ。アカ、アオ、お前は俺からもこの子を守れ。だから、強くなるんだ」


 急に真面目な口調に戻り、男は言う。


「お前たちは元々杖だ。だが、俺たち地獄の住人は元々人間を脅かすことや、現世の想像の権化だ。だからこの子に対して悪感情を持つ者や、急に危害を加えようとする者が出るかもしれん。だから、俺も含めて……殺してでも止めろ」

「……はい」

「がんばります」

「よし」


 満足したように。男は頷く。


「じゃあ話も終わったところで、俺が名付けたこの子の名前を教えてやろう」


 ぱっと、赤ん坊の目が開いた。不思議そうに二人を見つめ、泣くこともなく手を伸ばす。指を近づけると、その小さな手で握った。


「……――」


 声にならない感情が、二人を埋め尽くす。


「この子は、えんまちゃんだ!」


 はキッと、男を睨んだ。


「「ちゃんと考えろや!!」」 

 

 安直な名前に非難を浴びせ、飛び掛かるが、まだまだ男には歯が立たなかった。





 後に支部長と呼ばれる先代閻魔と、部下の双子鬼。三人はこの日からえんまちゃんが生きるはずだった現世を観察し、地獄を変えていく。

 この赤ん坊がいつか現世に帰る時、普通の人間として過ごせるように。


 ……否。別に地獄でよくない? そう思わせるために。


 過保護なくらいの愛情を注いだ日々は、また別のお話。

 



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えんまちゃんは戸締りがニガテ つくも せんぺい @tukumo-senpei

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