4話 地獄にも擬人化の波がきています

 前回のおさらい

 現世では刀が刀を、金棒が金棒を持って戦う舞台が流行っている。

 




 アオが黒光りした人型の金棒を顕現した。

 だけど、服を着ている。彫像のようなのに、服だけはディティールがしっかりした、金棒の色に反して白いスーツ。

 この服のデザイン、間違いなくアオが出したわね。

 金棒が人型になるのは嘘ではないのだろう。


「アカも、もう一度顕現してくれない?」

「はい」


 アタシが指示すると、アカはすぐに了承し、今度は手元に金棒を顕現させた。

 さっき見た青年だ。アカに足首を掴まれ天井に頭が付きそうになりながら、裸で直立した状態になっている。肌の色は人のそれ。

 引き締まった臀部がアタシの目の前にあり、影を作った。圧がすごい


「オォイ! ふざけるなアカ! いまのやりとりでまた全裸なやつがあるか! 服ぐらいイメージしろこのバカ!」


 またいつもの飄々とした口調が消え、アオが声を荒らげ、アカの青年兼金棒の反対の足首を掴んだ。

 足が開かないところを見ると、本当に人型の金棒なんだろう。

 アオはすぐにアカの棍棒に今度は黒いスーツを着せた。見事な早技。


「へぇ、器用なもんねぇ」

「もんねぇじゃないっす! まじまじ見つめてるんじゃありません!」


 アタシの感想にアオがまたまじめな口調になりながら注意する。

 はいはいとキリがないから流して、二人の金棒を見比べる。

 言い分を受け入れるなら、眠っているように目を閉じた人型の金棒だ。後ろ姿、正面も板みたいにはなっていない。精巧な人形みたい。触ると硬い。


「つまり現世では、金棒や刀が人だと考えられるようになったってことね?」

「あくまでも一部でってところっすね。影響の出方がバラバラっすから」


 アタシの確認に双子が頷き、アオが少しの訂正を加えた。


「オイラの方がアカよりも影響が少ないし、他の職員にはまだ足だけのヤツや、顔だけのヤツもいるっす。顔だけのヤツなんて、ペラペラのお面被ってるみたいで面白いっすよ」

「え、なにその状況。すっごく嫌なんだけど。それにしても、双子なのにこんなに違うのね」

「? オイラとアカ、こんなに違うんだから当たり前じゃないっすか」

「そんなにそっくりだから言ってるんスケド」


 靴だけで見分けろと言う今日のコーデに嫌味を言うが、どうやら伝わらないらしい。

 諦めて、嘆息混じりに金棒をまじまじと観察する。人型になっただけあって、アタシの知る金棒よりもサイズが大きくなっていた。

 鬼が囚人の足を掴んで持ち上げているだけのように見える。

 金棒の役目そのままに人型になったのに、二人とも重さや使い勝手は大丈夫なのかしらと考えながら、金棒の青年と


「現世の舞台でも戦いが中心だったし、アカの方が戦闘担当な分だけ強く影響されてるみたいっすね」

「ふーん」


 アオの声が耳をするすると抜けていく。アカの金棒と見つめ合ったまま、なんとなくの返事をする。


「オイラは指示担当だから……って聞いてます?」

「たぶん」

「多分て。まったく……何をそんな一生懸命見てるんすか?」

「ん? 一生懸命見られてるのよ」

「何を言って……あ」


 アタシの様子に起こっている事態に気づいたのか、アオが止まる。

 さっきまで目を閉じていたアカの金棒。

 目が開いている。

 アカに人型になった時から開くこともあったのか聞くが、ハッキリとは分からないみたい。


「殴るだけですから」


 物騒な言い方だけど、納得しかない。

 アカは一貫して金棒としか言っていなかったから、何も気にせずコレを行使していたのだろう。四六時中業務が一緒なわけではないし、アタシが知らなかっただけで、人型になり結構な期間が経っているかも知れない。


 双子とこの金棒についてあーだこーだと話している間も、金棒の目は開いたままだ。こちらを無感情にじーっと見つめている。


 ……じーっと見つめ返す。


 ……じーっと見つめ続ける。


 目を反らしたり、瞬きはしな……したわね。ほのかに顔が赤い。殴るための金棒が見つめられて照れてんじゃないわよ。


「これ、その内歩き出したり喋ったりするんじゃないかしら?」


 アタシは今後の囚人監視の業務の様子を想像し、げんなりする。

 職員の隣を歩く金棒。むしろ自動で取り締まり始める金棒。

 アオの金棒以外は服が顕現されていないかもしれない。

 全裸で囚人を監視し、取り締まられる地獄。


「どう思う?」

「そんなことない……とは言えないっすね」


 その予想に、アオもまた頭を抱えた。


「よねぇ……アカ」

「はい」

「とりあえず金棒の顕現禁止」

「ちょっ! えんまちゃんそれはさすがにダメっす! 何かあったときどうするんすか」


 アタシはアカに短く指示を出す。アオが驚いて反論するのは予想していたから、手で制した。


「顕現禁止。ホントならアオもって言いたいところだけど、服着せられるからまぁいいわ。いい二人とも、想像して。規律を守り、魂を洗濯する地獄の職員の金棒が、現世では罪とされる全裸での闊歩を、故意にではないにせよ横行させるかもしれないのよ」

「……それは」

「だめですね」

「でしょう? ていうか、見たい? アタシは別に職員みんながそれで良いならいいけど」


「「絶対だめです」」


「ほら、そう言うじゃない。それにアカなら、顕現しなくてもアタシ一人くらい守れるから大丈夫よ! ね?」

「えんまちゃん……はい。必ず」


 アタシの言葉に、アカは力強く頷いた。様は付いてないけど。

 双子が居れば大丈夫。先代の時代から見てきているから、この信頼は揺らぐことのない確信だ。


「それじゃあ、他の職員の状況を確認して回りましょう。一部とはいえ、変化の部位によっては顕現禁止するか配置替えを検討しなきゃね」


 方針を決め、使った水晶を片付けてからアタシ達は三人で近くだけでも今日中に回ることにした。

 それから支部職員みんなの確認のために、次の休みまで残業する日々を過ごしたからか、施錠をしてもエネルギーきゅうりょうが残っていて驚く。責苦ではないけど、地獄のための行動が良かったのだろうか?


 ただその日々のせいか、勇ましい臀部がたくさん出てくる夢を見た。


 そして、事務所のデスクを自分が壊したから自分で買えとは、アカには言えなかった。アオになら言うけど。アタシの残業代が消え、懐事情がいつもの通りなのは言うまでもない。





 えんまちゃんは知らない。

 残業の日々に、いつもよりも囚人達に姿を見せていた分、彼らがより一層刑務に励んでいたことを。

 えんまちゃんは知らない。


 

 





 

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