最終話 守られた約束

 遊園地から数日後、私はおじいちゃんの屋敷に滞在している。

 お母さんが領地に戻ったことでラヴァル子爵家当主としての業務をこなしており、私が急いで爵位を継ぐ必要はなくなったからでもあった。


 ミシェル様も伯爵家の仕事で屋敷に戻っている。魔法の鍵があるので仕事が終わった後で夕食をとる日々が続いているが、未だ結婚式関係の話は遅々として進んでいない。

 幸いなことに今度どうしていくか考える時間を得ることができた。


 屋敷の庭園では赤い薔薇が咲き乱れ、特徴的な香りが鼻孔をくすぐる。

 木漏れ日を受けながらガゼボから見る景色を堪能していた。


(お母さんとお父さんは私が子爵を継がなくてもいいと言ってくれた。ミシェル様は夫婦としてもう一度最初からやり直したいと私の気持ちを尊重してくれている。おばあちゃんは私に《退魔師》としてではなく普通に、幸せになってほしいと願った。私は……)

「マリー~~~~、お茶を一緒にいいかい?」

「おじいちゃん。もちろん」


 おじいちゃんは向かい合わせに座って微笑む。遊園地で会ったずっと昔のおじいちゃんとは本当に別人のようだ。顔の表情だけではなく、雰囲気が違う。


 それはおじいちゃんの生きていた時間の長さによってゆっくりと変化していったのだろう。鋭かった岩が水の流れによって時間を経て少しずつ丸くなったように、膨大な時間をかけて今のおじいちゃんがいる。

 そしてそのおじいちゃんを変えたのは、おばあちゃんだった。


「おばあちゃんのことを思い出して改めて実感したわ。やっぱりおばあちゃんは、スゴイ人だったのね」

「そうだよ。私が愛した人だからね」


 おじいちゃんは迷うことなくそう答えた。いつものような間延びした声音ではなく、穏やかな声だった。


「……もしかしてマリーは《退魔師》になるか、それとも伯爵夫人になるかで悩んでいるのかな?」

「うん。ミシェル様の邪竜の呪いは殆どなくなったけれど、完全に消えた訳じゃないからこの先、邪竜の思念体が現れたときに私も強くなっていたい。それに研究を続ければ呪いを解く方法も見つかるかもしれないでしょう」


 でも伯爵夫人としての責務を全うしながら《退魔師》の勉強を両立できるは分からない。自分が《退魔師》になることで、ミシェル様に負担を掛けたくない。

 ぐるぐると考えて、悩んでも未だに答えは出なかった。


「どっちも続けたらいいんじゃないかな~~。最初はどちらかに専念して余裕ができてから着手するとかもありだろう~。どっちもやりたいことがあるならチャレンジしてみることはいいことだよ」

「おじいちゃん……」

「それに孫との接点が増えれば、この屋敷に訪れることも増えるのは、私にとって嬉しいことだからね~~」


 朗らかに笑った。おじいちゃんの屋敷に来るにはある程度耐性がないと難しいらしい。精霊と契約したものならそこまでではないらしい。

 ミシェル様は精霊との契約そのものはしていないが、代々精霊の加護を得ている一族だという。だからミシェル様自身が知らないところで精霊の加護が働くことがあるとか。


「マリーは良い子だけれど、我慢をしすぎるのは必ずしもいいことはならない。ワガママを周りに言ったっていいんだよ」

「ワガママ……」

「そう☆それにミシェルとの結婚だって早いとか嫌だって思っているのなら、実力行使にいつでも出られるから遠慮しないでね~~」

「えええ!? それは不要です。ミシェル様のことは好きですし、その……一緒には居たいです」

「そっか。……だってさ、ミシェル。よかったね~~~」

「え」

「マリー……」


 ガゼボの前にミシェル様の姿があった。

 気まずそうに頬を赤らめながらも私に微笑む。


「それじゃあ、私は仕事に戻るよ~~~☆後は二人で話すといいさ」

「おじいちゃん」


 私と目が合うとにっこりと笑ってウインクする。本当におじいちゃんはチャーミングだ。おばあちゃんの明るさを忘れないようにしているかもしれないけれど、そんなおじいちゃんの生きかたが素敵だと思った。


「ミシェル様」

「ミシェル」

「ミシェル……」

「盗み聞きするような形になってごめん」

「いえ……、その、本心でしたし」

「そうか」


 ミシェル様は破顔し、あまりの眩しさに目が潰れそうだ。眩暈に近い感覚に陥っていると素早く私の隣に座って、抱き寄せる。

 あっという間に彼の腕に中に囚われてしまう。


「マリーがやりたいことを僕は応援するし、支える。だけど前にも言った通り離縁だけはさせてあげられないし、離れるのは……叶えるのは無理かな」

「はい。私もミシェルと離れたくない。離れるなんて考えてないですよ」

「本当に?」

「本当に。……ミシェル、私はおじいちゃんの元で《退魔師》を学びたい。それと平行して……伯爵夫人としての仕事も、覚えていきたいと思っているの。協力してくれる?」

「もちろん。マリーが僕との将来のことを考えてくれることが嬉しくてたまらないよ」


 目をキラキラさせてミシェル様は何度も頷いた。その姿に浮かれている自分がいて、何だか胸がポカポカする。


「よかった。……たぶん、私は自分の気持ちを抑えつけたり、我慢したりすることが多かったから甘えるのが苦手だったりするのだと思う。だから少しずつ直していこうと思うの」

「うん。じゃあ僕はマリーが甘えられるように、今まで以上にドロドロに甘やかそう」

「え、今まで以上に!?」

「そう、今まで以上に。あんなのは序の口だ」

「じょっ……」


 スキンシップが多いと思っていたけれど、あれ以上と言う言葉に戦慄する。嬉しいような怖いような――けれどミシェル様との距離が縮まるのなら、甘えるのはいいのかもしれない。


「僕の世界からいなくならないでくれてありがとう」

「私こそ、ずっと昔の約束を守らせてくれて、ありがとうございます」

「うん。……マリー、愛している」


 耳元で囁いて、頬にキスを落とす。

「私もです」と口にする前に唇を奪われてしまったけれど、目を閉じてそのまま甘いキスを受け入れた。

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私を愛していると口にしながらアナタは刃を振りおろす~虐げられ令嬢×呪われた伯爵~ あさぎ かな@電子書籍二作目 @honran05

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