630 km/h

BOA-ヴォア

BAKABOMB

身動きがうまく取れないほど、狭い空間。

カプセルコックピットの中に僕は居た。


決して快適とは言えない、その空間はまるで棺桶カプセルだ。


故郷には、残したものがたくさんある。

愛する妻に、息子が3人……

母に父……良き友人……


残したものに、僕の分の未来は託そうと思う。

生きるも死ぬも、この時代では重荷なんだろう。


4000メートルから見る、世界は穏やかだった。

雲一つない澄んだ春空と、青い太平洋……


こんな日に、こんな狭い場所に入ることになるとは、少しもったいない。


ふと家族の思い出が僕の脳裏を駆け回ってくる。

息子たちと……こんな青空の下、狭い庭を使い戦争ごっこしていて。


清子は、座敷で琴を弾いている。



この戦争が終わって、しばらくすれば……戦争ごっこ何て遊びは、狂気じみた戦時の産物だと思われるに違いない。

しかし、僕にとっては その狂気も大切ではかないひと時だった。


思い返せば、僕の人生は晴れだ。

嫁と出会って、結婚して子宝に恵まれ……


夏は、皆で川に行って、魚を取りながらスイカを冷やした。

秋には、芋や南瓜を焼いて

冬は、雪搔きをしてためた雪で、かまくらを作った。


春に、桜が咲いた。


息子たちは、今頃何をしているだろう。

三男と次男は、まだ少国民……本土はまだ安泰だろうか……国校でしっかりと勉強して母さんを支えてやれよ…。


長男は……中学校の試験に受かって、今頃新しい学び舎を……


ふと思い出す。

「この機体は、中学生たちが作っている。」

僕がこの棺桶に入り込む前に、聞いた一言だ……


この4年間、軍は曲進と言い続けてきた。

本当は負けている。負け戦……


正直、負けようが勝とうが、どっちでもいい。

息子が……妻が……皆が、安泰に暮らせるのならば、それでいいんだ。


棺桶は、切り離され空中に置き去りにされる。

僕は、握っているスイッチを押し込んだ。


死ぬことは、怖い。

とても怖い……それは単に死にたくないというワケではない。


あの世で、家族と再会することが怖いのだ。

ここで戦ったことに、意味を失うことが怖いのだ。


ロケットのエンジンが点火する。

機体は、数秒もしないうちに 亜音速へと足を踏み入れる。

ロケットの熱で、手足が溶け、しまいには服が燃え始める。


まだだ。

まだ、死んではいけない。


〈敵艦、目視……サラバ〉

何も感じられない、音も熱も

何もわからない。


当たったかな?……守れたかな?



誰かが、棺桶の蓋を開けた。

生きているようで活きていない。

死んでいるようで、んでいない。


君が扉を開ける。

あゝ、勝てたのか……私は……





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