ボーイ ミート ガール

スロ男

「大正琴」「焼肉」「Bluetooth」


 Bluetooth対応の大正琴なんてないので、仕方なくあたしは外で弾く。さして音が大きいわけでもない、ソリッドギターの生音よりよほど静かなものだけれど、家にはうるさいのがいる。

 寒い。寒波が居座っている。いや、居座っているから寒波だったか。公園には風の子こどもの姿もなく、犬を散歩させる人もいつも以上に少ない。イヤーマフ越しに聞こえる大正琴の音はか細く、なんだか切ない。

「よお、三峰みつみねじゃん、何してんの?」

 顔を上げると同じクラスの長瀞ながとろがいた。ほとんど話をしたこともない。そもそも話をする男子もいないが。こんなに気安く話しかけてくるのは、遭難した人たちが出会ったみたいな感覚か。

「見ればわかるでしょ、練習よ」

「なにそれ?」

 ベンチのさして広くもないほうに座り、覗き込んでくる。

「見てわからない奴に名前だけ教えてもどうせわかんないでしょ」

「楽器だな。なんか曲できる?」

 あたしはため息をついて、荒城の月を鳴らす。

「おお、知ってる知ってる。なんかドブロギターみたいな音するな、それ」

「え、なにギター?」

 長瀞は顔をしかめると人のイヤーマフをずらして耳許で「ドブロ」といった。やめてくれ、そこはあたしの性感帯だ。

「……行こうぜ」

「え?」

 長瀞は立ち上がり、コートから出した手をあたしに差し伸べた。

「焼肉」

「な、なぜに……?」

「俺、半額のクーポン持ってんの。期限もう切れるし、一人焼肉でもすっかなあって出たんだけど、やっぱ焼肉はひとりじゃねえべ」

 あたしは大正琴をケースにしまった。まだ長瀞は手を伸ばしたまま。

「おごり?」

「まあ、お年玉も出たばっかだしな。誘ったんだからおごりますよ」

 長瀞の手を掴む。立ち上がる。そういえばあたしはお腹が空いていた。渡りに船だ。

あの家には帰りたくない。

「焼肉、食べよう!」

 あたしははしゃいだ声を出した。媚びには聞こえないように、けれどできるだけ明るく。

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ボーイ ミート ガール スロ男 @SSSS_Slotman

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