三話

「それで、結局タイムカプセルの中身はなんだったの?」


祖母は平然とそんな質問をしてきた。

ここまで聞いて気にすることじゃないだろ。

とはいえ、聞かれて答えないわけにはいかない。


「それが、空っぽだったんだよ。アイツ、”タイムカプセルを埋めたという事実は欲しかったけど、地面に埋めるような余計なものは持ち合わせてなかった”、とか言って」


「そりゃ、災難だったねぇ」


そこまで聞いて、ようやく祖母は同情するような表情を見せた。

あなたもマイペースさでは彼に負けてませんよ、と言いそうになるのをぐっと堪える。


「まぁ、結局そこにもなにも埋まってなかったんだろうねぇ」


あの落ち葉で隠されていたところだろう。

おもむろに首を触る。あの後、念のため病院にも行ったが、手についた血の量から分かっていた通り傷は浅く、枝かなにかで擦っただけだろうと言われた。


件くだんの殺人事件の犯人は、僕たちがあの場所についた時間には既に逮捕されていたらしい。警察の話では、”まだあそこにいる”と呟くだけで、取り調べに応じる気配はない……とか。


「結局、あれは何だったんだろう...…」


「さぁ。鬼なんじゃない?」


またこの人は、あっけらかんと言う。


「いや、確かに不気味だったけど、僕が聞いたのは確かに人の声...…だったよ。多分」


「鬼が人じゃないなんて誰も言ってないでしょうが」


彼女の言葉が、森の中で聞いた話とだぶる。

殺人鬼。


「人だとも言ってないけど」


「なんなんだよ」


食い気味にツッコむ僕をなだめるように、まぁまぁと手を前に出す祖母。

なんか前にもあった気がする。


「要するに、鬼に形は無いってこと。鬼なんて居ないんだから、居ないものに形はないでしょ?」


...…よく話が呑み込めなかった。

鬼が居ると言ったり、居ないと言ったり、言ってることがめちゃくちゃだ。


「その、殺人鬼?が言うには、殺したはずの相手に付き纏われたって話だったけど、姿をハッキリ見たって訳ではないと思うのね。推測だけど」


確かに、相手がどんな姿かは話していなかった。


「人を一人殺してしまったから、動揺して、いろんなことに敏感になって、聞こえるはずのない声が聞こえたとか?」


僕がそう言うと、彼女は頷いた。


「だから、居ないはずの相手を殺して、無いはずの死体をあそこに埋めた」


人を埋めたのなら、もっと広い範囲で土の色が変わっているはずなので、あそこになにもないというのは、僕も思っていたことだった。


「それでも不安は消えなくて、確認しに行きたいけど身動きがとれないから、あそこに化けて出た...…ってことなのかな」


この場合、生霊、ということになるのだろうか。


「まぁ、殺した相手の姿が見えなかったっていうのは想像だし、そもそも声の主がその事件の犯人なのかも分からないけどねぇ」


分からない。結局のところ、今回のことで言えるのはそれだけだった。


「ただ、あんたはいない人間の声を聞いているし、その声の主は、ない死体を埋めた。そこは変わってないけどね」


鬼はいない。

いないものに形はない。

形のないものは、見ることができない。


「強いて鬼がいるとしたら、人間の心の裡うちってことになるのかねぇ」


彼女はそう言って、話を締めた。


僕は既にふさがった首の傷跡を、またなぞっていた。

もし、あの時振り返っていなかったらどうなっていたのだろう。


「でも、あんた振り向いたんでしょう?さっきも言ったけど、見えないもんは居ないんだから、見ようとすれば居なくなるもんよ」


あんた、気になることはなんでも確かめたがるんだから。

そう言われると、あの森について行ったのも、タイムカプセルの中身が気になるからだった。

中身はなかったのだけど。


「だから昔言ったでしょ。あんたは鬼よりも強いって」












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

埋まっているもの 春雨倉庫 @6gu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る