2 なかま
ちょ……マズっ……!
あたしはとっさに跳び下がると、片手で斧を構え直した。じんじんとしびれる腕で。原因は肩の傷口なんだけど。魔物は一旦追撃をやめたが、あたしを不気味ににらみつけ、じりじりと近づいてくる。
コイツの討伐依頼が出ていることは知っていた。あたしではまだまだ太刀打ちできない、おそろしい強さの魔物だということも。だけど、初心者がうろつく、こんな森の入り口までがヤツのテリトリーになっているとは思わなかった。あの依頼、情報が間違ってる。森の奥まで踏み込まないと出て来ないって話だったのに。
ほとんど不意打ちされたも同然だった。それでもかすり傷で済んだのは、やっぱりかつて一緒に旅した仲間のひとり、剣士の男から教わった気配の感じ方が生きていて、あたしの神経を逆なでしてきたからだ。本当の初心者ならあの一撃で死んでいたと思う。
だけど、絶体絶命には違いなかった。あたしはたったひとりでこの魔物に立ち向かわなくちゃいけなかった。逃げることもままならず、かといって何度か斬りかかってみたものの、ろくなダメージも与えられず。逆にヤツは、あたしをなぶるように幾度も傷を負わせてきた。どこかで聞いたことあるんだけど、これがいわゆる「死亡フラグ」ってやつなのかしら?
傷薬は持っている。この肩と脚の傷くらいには対処できる。だけどにらみ合っている今、それをやろうとしたら、ヤツは間違いなくあたしの隙をついて飛びかかって来る。それで致命傷をくらったら、もう助からないだろう。かといって、この状況が続けば、先に力つきるのはあたしだ。
……終わり、か。
甲高い弦音が聴覚を裂いた。魔物の片目が、飛来した矢で貫かれた。咆哮を上げて魔物はのたうった。
今のは……。
「大丈夫ですか」
あたしのそばに、若い男性がしゃがみこんでいた。手からあたたかな光が放たれ、あたしの体の痛みが引いていく。ああ、
すさまじい、怒りの声が上がった。片目を失った魔物だ。当然だろう。飛びかかろうとした魔物の眼前に、巨大な光の魔法陣が現れた。あたしはとっさに振り返った。弓を下ろす女性に並んで、片手をかまえて念をこめている男性がいた。
「ベック……!」
おもわずあたしは名を呼んでいた。ベックは反応せず、術に集中していた。魔法陣が破裂し、魔物に幾筋もの光が突き刺さってダメージを与えていく。すごい。こんな強力な攻撃術が使えるようになったんだ。しかもこんな短い詠唱時間で。
てことは……。
「どおおおあああぁあ!」
聞き慣れた叫び。ベックとは別の方角から走って来た剣士シロンは、攻撃術が消える絶妙の間をねらって跳躍し、一閃のもとに勝負をつけた。
……みんな、強くなったなあ。
「大丈夫か、ルーファ」
呼吸を整えて、シロンは話しかけてきた。ベックと、弓使いのキャリスも走り寄ってくる。
「うん、ありがとう、みんな」
どうにか起き上がって、あたしは礼を言った。以前の仲間。あたしが
「無茶だよ、たったひとりで、あんな魔物に」
キャリスにため息交じりに叱られた。
「うん、あたしも、出っくわすつもりじゃなかったんだけど……」
「まあ、無事でなにより」
ベックは上手に場を収めてくれる。
だけどみんな、どうしてこんなところに……?
「……なあルーファ、戻って来ねえか?」
シロンに言われて、あたしはとっさに、言葉につまってしまった。
「……あたしはもう、回復術士じゃないよ」
「戦士だろ?」
「……そうだけど、未熟だし、禁忌を犯したなんて悪名も……」
「悪名がなにさ」
「そうそう」
キャリスもベックも、気にしてなさそうに言ってくれる。
そしてシロン。
「禁忌って、あのときお前が手段を選ばずに、俺たちを守ろうとしてくれたからじゃねえか」
……そう、あのとき……まだまだ腕が立つとはいえない段階のあたしたちのパーティは、洞窟の奥で想定外に強力な魔物と交戦することになり、危機に陥っていた。あたしは比較的外傷は少なかったけど、抗戦する手段をほとんど持っていないし、魔力もろくに残されていない。ほとんど力を使い果たし、地に転がる仲間たちになんとか起き上がってほしくて、あたしは……とっさに、投げ出されたシロンの剣を拾った。技能も何もないままに、斬りかかった。あたしを戦力外とみなしていたらしい魔物は虚をつかれ、浅かったが傷を負った。それがきっかけで、仲間たちはどうにか最後の力を振り絞って、逃げ延びることができた。そのかわり、あたしは……。
回復術士としてパーティを支える力を失い、あたしは自分から、パーティを抜けた。足手まといにしかならないことは目に見えていたから。
みんな引き留めようとしてくれたんだけど……、実際問題、困るでしょ? だから……。
せっかくだから、魔物を討伐した報告をしておこうということで、シロンたちは街に一泊することになり、その夜は一緒に飲んだ。誰かと一緒にお酒や食事なんて、本当に久しぶりだった。その場で改めて、初対面だった回復術士の男性を紹介してもらった。ブレイズという名前らしい。
何度も、パーティに戻るよう説得されたけど、あたしは断った。だってまだ、自分の身を守るのがせいぜいの技量でしかないんだもの。
翌朝、シロンたちは旅立った。
「お前ならいつでも歓迎するぞ」
「自分に納得がいったら、必ずおいでよ」
「お前はおれたちの、大事な仲間だ」
……そんな言葉を残して。
あたしは今日もひとりで、近場の探索に出かける。もっと強くなるために。せめてこの前の、あのくらいの魔物に、ひとりで対処できるだけの能力がほしい。
あたしは、ひとりパーティの冒険者。
でも、仲間がいるんだ。ずっと遠くに。
禁忌(タブー)を犯した元回復術士(ヒーラー) 三奈木真沙緒 @mtblue
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