十品目 熊鍋

 宇宙空間に漂う一つの巨大な影。

 それは球状の形をしており、なにかの卵の様にも見える。

 岩の様な分厚い殻に覆われ、多少の衝撃ではびくともしないだろう。


 だが、一見すると卵に見えるのだが、これは生物である。

 その名も熊蟲くまむし――別名では『宇宙一の嫌われ者』と呼ばれている。


 何故、熊蟲くまむしが嫌われ者なのだろうか。




 それは、底なしの食欲が原因である。

 惑星に住む生物を手当たり次第に喰らいつくし、生命が消えればまた別の星に移動する。


 そうやって熊蟲くまむしは数々の惑星の生命を喰らいつくしてきた。



 誰もが倒そうとしてきた――だが、宇宙空間でも生存可能な生命力――そして底なしの食欲。歴戦の強者でさえ熊蟲くまむしには太刀打ちできなかった。




 そんな熊蟲くまむしが今まさに、シン達の居る星へと近づいていた。

 いつもの様に自身の食欲を満たす為に――。





 ◇


 その頃、シンは以前に行った山の頂でトレント達と戯れていた。


「はあ…ここは天国だ。まさか、自分の家よりもゆっくり出来る場所があるとは思わなかったな。トレントさんは俺がぐうたらしてても文句も言わないってのに、あのバカノワルと言ったら、人使いが荒すぎるんだよ」

 愚痴を言いながらふかふかの原っぱに寝っ転がる。


 周りにはシンの影響で真っ黒な樹肌になったトレントたちが、シンの為に日陰を作ってくれている。


 木の枝には七色の色鮮やかな果実をたくさん実らせ、日の光を受けて神秘的な輝きを放っていた。

 トレントはそれを器用に自身の根っこを動かして採るとシンの元に持っていく。


「うぅ…トレントさんの優しさが心に沁みる」

 うるうるとした瞳で七色の果実を受け取る。


 古民家では主人のはずのシン。

 だが、蓋を開けてみれば一番偉そうなのはノワルだ。

 その事に納得のいかないシンは、絶賛プチ家出中だった。



 果実を手に取ると、香り高い甘い香りがシンの鼻に届く。

 その香りからは、豊かな果汁とともに微量のアルコールが感じられた。


 果実を一口頬張ると、口いっぱいに広がる果汁の甘さ――そして甘さの中に、微かなアルコールの刺激が舌をくすぐる。


 舌に触れた瞬間、鮮やかな果肉が溶け出し、幸せな味わいが広がってきた。


「うんまっ!このまま食べても十分に美味いけど、適度に凍らせてシャーベット状にしても美味いし、絞ってお酒として飲んでも最高なんだよな」


 現状、この七色の果実の存在を知っているのはシンだけだ。


 バレてしまえば、あまりの美味しさに根こそぎ採られてしまうからだ。

 全て採られたかといって、トレントには何の影響もない。

 むしろ、いずれは熟して落下し、畑の肥やしになるだけなのだから食べた方がいい。


 だが、あのノワルたち悪魔たちに知られてしまうと、色鮮やかな果実を実らせたトレントの姿が見れなくなってしまう。


 トレントに愛着が湧いていたシンは、それだけは死守したかったのである。






 少し食べ過ぎたというのもあるが、気持ちのいい日差しがシンの眠気を誘って来る。

 昼寝でもするか――そう思った時、空気を切り裂く音が聞こえてきた。


「なんだ…?」

 身体を起こしながら空を見てみると、真っ赤に燃え上がった隕石のようなものが降って来ていた。

 勿論、これは隕石ではなく熊蟲くまむしだ。


 十メートルはないくらいの大きさ。

 それが、今まさにシンの楽園に一直線に向かって来る。



「人が気持ちよく寝ようとしてる時に邪魔しやがって…」

 ほろ酔い状態のシンはトレントたちを避難させ、膝を曲げ燃え盛る熊蟲くまむしに向かって跳躍。



「おとといっ――きやがれっ!!!」

『グギャッ』

 空中で器用に身体をひねりながら、渾身のサッカーボールキック。




 ドンッ――という爆発音と共に、熊蟲くまむしは別の方向に飛んで行ってしまう。



「いててっ…でも、これで俺の楽園は守られたな」

 脛をさすりながら清々しい顔で呟く。


「でも、隕石なんて珍しいな…ん?」


 シンはある事に気付いてしまう。

 蹴飛ばした方向には、自身の古民家マイホームがあるという事に…。



 ◇


 古民家がある砂浜には、二つの人影があった。

 棒状の物を振り回しているノワルに、ぐったりと砂浜に寝転がっているゴマ。


「これならば、我の力にも耐えられるに違いない」

「ぶへっ…母ちゃん、砂が口に入るって!」

 ノワルが振る度に木々は揺れ、砂塵が舞い散っている。

 その姿はまさにプロの野球選手のようだ。


 手に握るのは古代龍のアンデットの骨で作られた、漆黒のバット。

 未だ骨には魔力が宿っているようで、真っ黒な靄がゆらゆらと漂っている。



 以前に、暇だと騒ぐノワルに野球を教えたのだが、普通のバットとボールではノワルの力に耐えられない。

 インパクトの瞬間にボールが粉々に粉砕され、鉄製のバットはへし折れるのだ。



 そこで、シンが半泣きになりながら加工したのが、ノワルが持っている漆黒のバットという事だ。


 だが、ここで一つ問題が発覚する。

 ボールも同様に骨を加工して作ったのだが、ノワルが打てば当然だが骨のボールは遥か彼方に飛んで行ってしまう。


 これに気付いた時、シンは絶望した。

 何せ骨を加工するのもかなりの時間がかかる。

 一体あと何個作ればいいのか…不幸な事に骨はたくさん残っている。


 その事に嫌気がさしてシンは家出をしたのだ。



「ほら、さっさとボールを投げんか」

「もうさっきので最後だよ?」


「ちっ」と舌打ちをする。

 何処かにボールの代わりになる物が転がっていないかと、探していた時である。


「母ちゃん、なんかこっちに飛んできてるよ」

「むっ。丁度良いな…これも日頃の行いの良さのおかげだろうな」


 もの凄いスピードで、一直線に砂浜にいるノワルの元に飛んでくる謎の物体。


 独特な構えから、巨大な物体を持っている漆黒のバットで振りぬく――。


「ふんっ――!!」

『グボッ――』


 ギャインッ―――――


 甲高く硬質な音と共に砂塵が天高く舞う。


「ほーむらん、というやつだな」

「母ちゃん、すげぇっ!!」


 遥か彼方、シンの楽園の方に飛んでいく。

 この死のラリーは、熊蟲くまむしの堅い甲殻が全て剥がれ落ち、絶命するまで続いたという。



 まさか、熊蟲くまむしもこのような理不尽な存在がこの星に居るとは思いもしなかったであろう。


 命のやり取りという、戦闘が行われた上で敗北を喫するならまだ納得が出来た。

 だが、まさかこのような遊びで自身の命の灯が消えるとは考えもしなかったはずだ。

 死の間際、自身が弄び食い殺してきた者の姿が脳内をフラッシュバックする――。



 ――あぁ…あの者たちも今の自分と同じ気持ちだったのか。

 それを最後に熊蟲くまむしの意識は暗転した。





 ◇


 あれだけ理不尽な攻撃を受けたというのに、熊蟲くまむしの身体はどこも千切れ飛んでいない。


 自慢の堅い甲殻は全て消え去り、砂浜の上で絶命している。

 見た目は巨体で毛のない熊。


 その亡骸の前にすっきりとした表情のノワルとシンが居た。


「野球というのは中々面白いではないか」

「これが野球かと言われたら違うような気もするんだが…まあ、ストレス解消にはなったな。けど、こいつをどうしようか…熊みたいな見た目だし食えるか?」


 血抜きをし、解体をしてみると綺麗なサシの入った肉。

 試しに焼いて食べてみると、独特な風味はあったがしっとりとした食感と濃厚な味わいだった。



「おおっ…少し癖があるけど、旨みが凝縮してるな。鍋なんかに合うかもな」

「ふむ。野性味溢れる味だな。このままま食うのも悪くはないが、シンがどうしても鍋にして食いたいというのなら、我は座して待つとしよう」


「じゃあ、今日は熊鍋にして食うか」

 腕まくりをしながら調理に取り掛かる。


 肉は適当な大きさに切り、鍋に入れて強火で炙る。

 表面が焦げ目がつくまで炙り、余分な脂身を取り除いていく。



 鍋にだし汁を注ぎ、火にかけて沸騰したらアクを取り除く。



 キャベツはざく切りにし、にんじんは薄い半月切りにする。


 鍋に野菜を加え、煮込む。

 先にキャベツやにんじんを入れて火を軽く通してから、もやしやしいたけ、脂身を落とした肉を加えていく。


 最後に豆腐を加え、さらに煮込んでいく。

 煮込んだら、火を止め味噌で味を調えてからひと煮立ちさせる。

 器に盛り付け、ごま油や刻んだネギをトッピングすれば『熊鍋』の完成である。



 芳醇な味噌の香りが鼻をくすぐり、胃袋を刺激してくる。

 野菜や熊肉の香りと絡み合い、食欲を最高潮に高める魅力的な香りだ。



「…っ!!濃厚な味噌ベースに野菜と熊肉が絶妙に溶け合う鍋!一口食べるとコクと旨味が広がってきて、箸がとまらんっ!焼いて食うより、鍋にした方が断然美味いな」


 黙々と食べ続けるシンたち。

 スープの最後の一滴までしっかりと飲み干していた。



 世界は――いや、宇宙は広い。

 宇宙はまだまだシンの知らない未知の食材が眠る宝庫。



 割と真面目に宇宙進出を考えるシンであった。




 ◇


 パンゲア大陸の森の奥地で不思議な球体が発見された。

 それは、漆黒の闇のような色をしていて、おどろおどろしい靄をだしていたという。


 見事な球体であった事から、この森には歴史の文献に載っていないなんらかの古代の都市があったのではないかと、歴史学者の中で話題になっていた。


 しかし、付近には古代の遺跡などの痕跡は全く存在せず、それがまた歴史学者たちの頭を悩ませていた。


 この球体の発見から遥かに長い時が経った今でも、この球体について歴史学者たちが熱い議論を交わしている。


 真実は古代龍のアンデットの骨で作ったボールなのだが、まさか超貴重な素材をボールに加工するなど思いもしなかった歴史学者たちであった。

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 どうも。ゆりぞうです。


 地球にもオーパーツなんていうモノが存在してますが、意外とこんなしょうもない理由だったりするかもしれませんねw




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異世界古民家レストラン『シン』 ゆりぞう @yurizou

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