九品目 〇〇のマーマレードタルト

 太陽が高く輝き、人々の歓声と笑い声が響く大通り。

 活気に満ちた街並みは、まるで色とりどりのキャンバスを彩るように、さまざまな人々や出店の姿で溢れている。


「人々」と表現はしたが、この町にはの姿は見当たらない。

 ここは亜人の国『エクリオン』


 様々な亜人の姿が町の中には見受けられる。

 獣人や竜人――エルフにドワーフ。

 この国では種族に違いはあれど、亜人たちは、お互いの違いを認め合い、尊重し合って共存している。


 そんな賑わいを見せる大通りの一角。

 出店が並んでいるエリアには、様々な料理が並んでいる。



 炎を操る獣人は特技を生かし、新鮮な肉や野菜を網で焼き上げ、独自の香りと風味を引き出している。獣人の特殊な味覚に合わせて、スパイスやハーブで調理され、力強さと豊かな風味が特徴的な料理。


 また、竜人の屋台では竜の特徴をイメージしたデザートを売っているようだ。

 竜のウロコをイメージしたクリスピーケーキや、竜の炎を表現したスパイシーなフルーツソースを添えたアイスクリームなどがある。これらのデザートは、見た目の美しさと竜の象徴的な要素を組み合わせ、他の種族にも人気がある。



 亜人たちが賑やかに出店に群がる中、ある一つの出店の前には不自然に広々とした空間がぽっかりと広がっていた。



 その屋台の店主は見た目からして、蛙人あじんだろう。

 他の屋台は盛り上がっているというのに、何故蛙人あじんの店には誰も来ていないのだろうか。


 それは、販売している料理が問題だからだろう。

 店先にはある看板には可愛らしい字で『ヴォイドワーム地獄の食い漁り者の赤ちゃんの踊り食い売ってます!』と書かれている。



 ヴォイドワーム地獄の食い漁り者は地球で言うミミズのような見た目で、非常に大人しい性格をしており、森の魔物の死骸などを綺麗に食べてくれる掃除人だ。

 だが、赤子とはいえその大きさは五十センチを超える。


 これを果たして料理と呼んでいいのか疑問ではある…だが、蛙人あじんの中ではご馳走の部類に入るのだ。



 偶に買いに来るのは同じ蛙人あじんのみで、他の亜人たちは誰一人として買っていく様子は見られない。


「はあ…なぜこんなに美味しい料理を皆は買っていかないのだ」

 大きなため息を吐きながら彼女は言う。


 彼女の名前はスー。

 蛙人あじんの戦士でもあり、調理人でもある。

 彼女は何も、ミミズの踊り食いだけを屋台に出しているわけではない。

 他にも、『ゴーストスパイダーの蜘蛛麺』や『鎧蟻の幼虫サラダ』なども出してみたが、どれも客は買ってくれなかったのだ。


「あたしの料理の腕が悪いのか…?」

 しょんぼりとしながら屋台をたたみ、自宅の玄関を開ける。


 そこは、見慣れた自宅のリビング――ではなく、何処かの食堂であった。



 ◇


 スーがシンの古民家を訪れる少し前の事。

 シンはこそこそとしながら古民家から一人で出てきた。

 時刻は真夜中――当然、辺りは闇に包まれている。


 そんな中、一人で何処に向かうのだろうか。

 誰にも見られていない事を確認した後、海面を走り去っていった。





 辿り着いた場所は、ゴンドワナ大陸から南に位置する大小様々な島々が集まる島嶼群とうしょぐん


 そこは虫たちの楽園。

 大自然に囲まれた島には、真夜中だというのに色鮮やかな蝶の鱗粉できらきらと光り輝いている。


 辺りからは虫たちの大合唱――その音色は、汚れ切った心を洗い流してしまいそうなほど澄み切った音。


 そんな幻想的な世界――。

 だが、シンはその世界に浸る間もなく、森の中を進んで行く。


 そして、一つの木の前に辿り着く。

 その木には丸々とした果実が大量に実っている。



「今年も一杯実ってるな」

 素早く数個の果実をもぎ取る。


 この果実は『妖精蜜柑フェアリーミカン

 妖精が好んで食べると言われている事からこの名がついた。


 この蜜柑を見るたびにシンは思う。

 妖精の知り合いのパックが食べてる所など見た事はない、と。


 それも当然だろう。

 妖精達はそもそもこの果実を食べない。

 森を歩く人間の前にわざと落として、食べさせるのが目的だ。



 当然、妖精が善意で果実を落とすわけはない。

 この果実はのだ。

 つまり…妖精は悪戯をしているだけだ。


 しかし、妖精蜜柑フェアリーミカンは熱を加えると途端に、甘い果実に変化するのだ。その味はまさに極上――。


 だが、シンの目的は妖精蜜柑フェアリーミカンの採取ではない。


 その木に蠢く幼虫が目的だ。


 ヴォルテクスフラッターという美しい姿の蝶の幼虫。

 地球で言うとアゲハ蝶の幼虫の巨大版だ。




「ふふふっ…これを調理してノワルあのバカ」に食わせてやる」

 黒い笑みを浮かべながら幼虫を採取する。


 一体二人の間に何があったのだろうか――結論から言うと、特に理由はない。

 ただのシンの悪戯である。



 とはいえ、妖精蜜柑フェアリーミカンの葉っぱを食べて育っている幼虫は、食べるとフルーティーな味がして絶品である。


 見た目を我慢すれば、の話だが。

 当然、ノワルがそのまま出しても食べるはずがない。

 その事はシンも分かっている。



 だから、巧妙に幼虫だけを隠して食べさせるつもりなのだ。


「あいつらが起きる前に戻って作らないとな…」


 遊び悪戯に全力なシンであった。






 古民家のキッチンに戻って来たシンは早速調理を開始する。


「まずはマーマレード作りからだな」


 手間と時間がかかるイメージのマーマレードだが、電子レンジを使えばかなり簡単に作れるのだ。


 まずは剥いた皮の白い部分をそぎ落とし、千切りにしていく。

 白い部分は苦いので、苦みが欲しいのであれば入れても良い。


 ボウルに千切りにした皮が浸るくらいまで水を入れ、レンジで十分ほど加熱しておく。



 次に果肉の薄皮を向いていく。

 薄皮をある程度剥いたら、果肉を取り出してざく切りにする。


 薄皮は別のボウルに絞っておく。


 加熱後の皮をザルにあげ、流水でよく洗ってから水気をきり、皮・果肉・薄皮から取った果汁を入れ、ゴムべらで馴染むまで混ぜる。


 後は二十分ほどレンジで加熱して冷ませばマーマレードの完成である。


「うん…程よい甘さと苦みだな。この果実で作る時は砂糖は要らないな」

 味の余韻に浸る間もなく、次の工程に手を付ける。


 次はホワイトチョコを湯栓で溶かしておく。


「よし次はこの幼虫を調理するか」

 にやりと笑いながら調理をするシン。


 沸かしたお湯に幼虫を入れる。

 幼虫がびよんと伸びてきたら取り出し、腹を包丁で切っていく。


「おお…すげぇフルーティーな匂いがするな」


 後は幼虫を小さく刻んでマーマレードで合わせるのみ。


 タルトの生地に一層目はホワイトチョコを流し込み、次に幼虫マーマレードを入れて上からホワイトチョコをかければ、美味しそうなタルトの完成である。


「ふぅ――なんとか間に合ったな」

 窓からは朝の陽ざしが入り込んできている。


 朝食の時間が楽しみでしかたがないシンであった。



 ◇



 暫くすると、ノワルたちが一階に降りてくる。


「ほう…我の大好物のタルトを朝食に用意するとは、シンにしては気が利くではないか」

「本当だ!これっ凄い美味しそう!」

「‥‥‥」


 シンはにこりと何も言わず微笑んでいる。

 二人はタルトに目を奪われている為、シンの表情に気付いていない。

 だが、ゴマだけは気付いていた――明らかにシンの様子がおかしいことを…。


 逃げようとするゴマの肩を掴み、無言で見つめるシン。

 強引に席に座らせると、ちりん――と玄関のベルがなる。



「ん?いらっしゃい」

「は?え?ここは…?」


 そこには挙動不審な蛙がいた。



 状況を説明する事数分――ようやく自身の状況を理解したスーは改めて自己紹介をしていた。



「とりあえずは理解した…何分、人間という種族を始めて見たからな。どれも同じ顔に見えるな」

「そう…なのか?まあ、種族が違えばそれはしょうがないか」


 正直、シンもスーの性別がいまいち分かっていなかったが、とりあえず今はノワルたちにタルトを食べさせることが先決だ。


「幼――ようこそ。俺の作ったタルトを食べてくれ!」

『幼虫のタルト』と危うく言ってしまいそうになったが、なんとかノワルたちにはバレていないようだ。



 一口サイズに作ったタルト。

 これならばタルトをカットしなくて済む為、幼虫が「こんにちわ」と顔を出す心配はない。


(さあ、早く食え!…じっとタルトを見てどうした?いつもなら阿保面で直ぐに食べるだろうが)


 シンの想いは届かず、ノワルはタルトを手に取り眺めている。


(まさか…気付いたのか?くっ…こんな時に野生の勘か!?お前は俺に飼いならされた猫だろうがっ)


 シンもいずれノワル達にバレるのは承知の上だ。

 だが、食べる前にバレてしまう程つまらない事はない。


「シン…これは妖精蜜柑フェアリーミカンだよな?いつ採ってきたのだ?」

「ん?今日の早朝だぞ。ノワルも好きだろ?」

「好きだが――いつも気の利かない奴が、なぜ今日に限って気が利く事をするのか疑問に思ってな」

 目を細めながらシンに視線を向ける。



「あーそうですか。そういう事言うなら食わなくていいですよ」

 迫真の演技で誤魔化すシン。


 その姿をじっと見つめていたノワルだったが、ついには口にタルトを近づけていく。


(いけっ!!食ってしまえ!)



 だが――



「これはっ!ヴォルテクスフラッターの幼虫を混ぜ込んでおるのだなっ!!なるほど…このような調理の方法があったとは」


 スーの言葉を聞いたノワルの手が直前でぴたりと止まる。



 ノワルはぎろりという音が聞こえてきそうな鋭い視線をシンに向ける。


「どういうことだ?貴様…我に虫を食わせようとしたのか?」

「いやいや、幼虫を入れた方が美味くなるんだって。スーもそう思うだろ?」

 あくまでタルトを美味くする為だと言い張るシン。


「そうだなっ!これは画期的なアイデアだっ!、一口食べてみると、サクサクとしたタルトの生地が口の中で優しく崩れて、軽やかな食感だ。それに加えて、マーマレードのほのかな酸味と甘みが口いっぱいに広がる。果肉の一部と幼虫のこりっとした食感がたまらんなっ!!」


 目を輝かせながら話すスーを見て、ノワルはまずゴマに視線を向ける。


「えっ?僕に食べろと…?」


 無言の圧力――それに屈したゴマは目を瞑りタルトをぱくりっ。


「ん…あれ?美味しいっ!」

「だろ?俺の素晴らしいアイデア料理だ」

 得意げに言うシン。


 それを見たアイナとノワルも恐る恐る口に入れる。

「「美味しいっ」」


 その後、あまりの美味しさに大量のタルトを食いつくすノワル達であった。




 ◇



「このタルトを作ったのはシンなのだよな?あたしも料理人なのだが、こういう発想は思いつかなかったのだ」

「スーも料理人なんだな」

「そうなのだ。実は最近悩みがあってな――」


 スーはこれまでの経緯をシンに話し始めた。





「うーん…なるほどね。踊り食いとか多分、というか絶対に料理の見た目だと思うぞ?」

「なにっ!?あんなに美しい食べ方は他にはないぞっ!?」

「いや、スーもノワル達の反応見てたから分かると思うけど、虫が入ってるだけであんな反応をするんだぞ?」


 がーんという擬音が聞こえてきそうな表情をするスー。


「では、一体どうすれば…」

「虫が美味しいのは間違いない。でも、そのままの状態で出したら食べようとは思わないんだよ。なら、どうするか。虫だと分からない様に調理すればいい」


 そういうと、キッチンに隠していた幼虫を取り出す。



「例えば、幼虫に薄切りにした肉を巻いて油で揚げれば、誰もこれが虫の幼虫が入ってるとは思わない」

「…なるほど」

「さらに言えば、噛んだ時に少し酸味が効いてて美味いんじゃないか?」


 そう言って慣れた手つきで幼虫カツを作り上げていく。


「これはっ…なるほど。そういう手があったのか」

「だけど、虫の種類によっては調理の仕方を変えた方が良いな。そうだな…コオロギなんかは、出汁にしてスープにしても美味いぞ」



 その後もシンの昆虫料理講座を続く。

 それを真剣な表情で聞いてるスー。

 昆虫料理の話をしていて楽しいのは二人だけなようで、ノワル達の表情はげんなりとしていた。





「シン――いや、心の友よっ!今回は世話になったな…いずれこの恩はあたしの新作料理で返す」

「ああ。楽しみにしてるよ」


 シンはにこやかな表情でスーを見送った。


「さてと…どうしたノワル」

「少し聞きたいことがあってな。何故、そんなに虫料理について詳しいのだ?まさか、我に食べさせようとしていたわけじゃないだろうな」



 シンは誤魔化したがノワルの言う通りである。

 結局、シンは誤魔化し切れずにノワルからキツイお仕置きをくらうのであった。




 ◇


 シンからのアドバイスを受けたスーは早速、虫料理の研究を始めた。

 他の種族達にも虫料理の素晴らしさを教える為に。


 見た目では虫が入っているとは分からない料理を次々に作り出していき、ついには屋台街でも屈指の人気店にまで上り詰めた。


 元々、料理の腕は高かったという事もあるが、それでもシンに出会えなければ今の自分はないだろう。


 いつか必ず、恩返しをする為にスーは料理の研究を欠かさない。

 シンに最高の虫料理を食べてもらうために。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 どうも。ゆりぞうです。

 いやー今回は虫料理でしたね。

 残念ながら私は虫料理は作った事がないのです。

 なので、今日の料理は創作料理という事になります。


 でも、絶対に幼虫のタルトは美味しいと思いますっ!

 是非、誰か作って食べて下さい。

 そして食べた感想も書いて下さい。

 美味しかったら私も作りますw(多分

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