COSMOS~コスモス~

深雪

第1話『再会』

...熱い


熱い熱い熱い熱い!!


熱いよ...怖いよ...助けて...お父さん!お母さん!


「大丈夫だ...おいで。」


誰...?


「可哀想に...オレがお前を助けてやる。」


燃え盛る炎の中、俺は無我夢中で差し出されたその手を取った───


それが...悪夢の始まりだとは知らずに。



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身体が焼け付くように痛む中、意識が浮上する。

...またこの夢だ。


俺…望月陽向モチヅキヒナタは滝のような汗を腕で拭い、起き上がる。


思い出したくないのに繰り返される“あの日”の夢...

あの日───10年前、この赤牟あかむ市は謎の炎の海に包まれた。


その日は唐突に訪れた...なんの前触れもなく全てが燃えたんだ。


生い茂る木々...並び立つ建造物...人...全てが燃えた。


町は一瞬にして廃墟と化し、多くの人の命が奪われた。


勿論俺の両親や多くの友達が亡くなった。


出来れば俺も皆と一緒に死にたかった...でも、生きている。不思議なことに。


だって俺は“ヤツ”の手を取ってしまったから。


忘れもしない。


炎の光に反射して鮮やかに輝く紫の髪を揺らし、切れ長の紅く光る瞳で俺を見つめる男。


ヤツはこの状況下において異様だった。


こんな熱波の中、服はどこも燃えていないし、肌もどこにも火傷をしていなかった。


俺は何も知らなくても察した...コイツは人間じゃない。


そしてヤツが去ってから気がついた...俺も人間じゃなくなったんだ、って。


じゃあなんで...俺の中から炎が出ているんだ?


ヤツの置き土産に違いない。


俺は町の殆どのものを犠牲に“力”を手に入れた。


入れてしまったんだ...。


こんな力いらないのに。


なんなら命も要らない。


その代わり...町の皆を返してくれよ!!


その嘆きは誰にも届くことはなかった。


赤牟市を襲った火の海の原因は日本では珍しい局地的熱波だと言われている...世間では。


でも俺は知っている。


これは自然災害でも人間の仕業でもない...人間のスケールでは計り知れない者の仕業だ。


邪神。


宇宙にはそのような存在がいるらしい。


実際見たわけではないから本当かは分からないが...俺があの日体験した事の大きさをやってのける存在が居ることは理解した。


だって“能力者”が存在しているんだ、神や悪魔が居ても今更驚かない。


超常的な存在が存在している...それだけならまだいい。時には作り話でも笑い飛ばせる。だって本当に居るか分からないから。


でも俺は...実際にヤツらの力を見せつけられて、被害にも遭っている。


ヤツらに大災害を起こす理由があったのか、それとも気紛れなのかは定かでは無い。


だが...俺はヤツらを許すつもりはない。


俺の大切な日常を簡単に奪ってくれたんだその代わり俺は“力”を得た。


それならやる事は唯一つ。


ヤツらにこの“力”でできる限りの報復をすることだ...。


火傷跡がズキズキ痛む。


“あの日”のことを考えると痛くなってしまうようだ。


もう、何も考えたくない...本当は消えたい...だけどこのままじゃあの災害で亡くなった人達が浮かばれない。


邪神の首を取るまで...俺は死ねないんだ...!



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眩しい朝日が俺の簡素な部屋を照らす。


...結局、あまり眠れなかったな。


いつも通りの朝、いつも通りの学校、いつも通りの日常...とずっと思っていたけど、裏では色んな人が色んなことを考えて行動して、更に宇宙人や邪神も暗躍しているんだから日常って思っている以上に尊いのかもしれない...。


誰かが破壊行動をしようとすれば、簡単に日常は壊れるものだ。


大多数の人はまず考えないだろうが、70億人くらい人が居れば馬鹿な考えに及ぶやつもいる。そこに宇宙人や邪神の訳の分からない思惑が追加すればより俺達が住む地球は毎日が危うい状態ではないだろうか。


...俺の考えすぎか?


とりあえず無事に迎えられた一日の始まりに感謝しながら簡単に炊事をし、朝食を食べ、学校へ行く準備をする。


「...行ってきます。」


家族も誰も居ない部屋に俺の声が無機質に木霊した。



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「おっはよーう!」


俺の住むアパートの前に待ち伏せているやつの声が辺りに響き渡った。


「稲葉...。」


コイツは稲葉英知イナバヒデノリ


クラスメイトの一人で金髪ショートヘアのチャラチャラしたやつかと思えば明るくて頭が良く面倒見がいい性格でクラスの頼りになるやつ的な存在だ。


最近何かと俺の跡を付けてくる。


「なーなーテスト勉したか?お前いつも忙しそうだからさ~俺が頑張って出題ポイントピックアップしてきたわ!」


「...お前、相当暇なんだな。」


「うぐっ...そこは突かないであげて!?俺が良い奴どまりなのは分かってるけどさぁ」


「そういうの自分で言うからガッカリって言われるんだぞ」


「うぼあっ!?くそぅ...そこまで言うなら俺の特製出題ポイントリスト見せてやらないからな~!!」


「...限定パンケーキ。」


「へ?」


「食べに行きたいって言ってただろ...奢る。」


「え...マジで!?やったぁ!!心の友よ~!!」


「...ふっ。」


コイツとの会話は復讐に駆られた俺の心を落ち着かせてくれるから好きだ。


ちなみにコイツは赤牟市の外から越してきたようで“あの日”は体験していない。


そして“能力者”ではない一般人だ。


「...っ。」


俺は落ち着かなくて火傷跡を押さえる。


「ん?どうした?...やっぱり痛むか、そこ。」


「...ああ。」


「無理...すんなよ。何かあったら言ってくれよな。」


「...すまない。」


本当に何でも言えたらどんなに楽か。


お前は“世界の真実”を知ってしまったらどうなってしまうんだろうな...きっと今まで通りにはいかないだろう。


「......。」


じーっと俺の顔を見つめる稲葉。


「...どうした?」


「...いや、なんでもねぇ。で、今日も行くの?図書館のアルバイト。」


「ああ、あそこはお世話になってるしな。」


「なんだかんだお前文系だもんなぁ。理系の俺とは大違いだ。...ま!俺も理系論文くらいは読むけど!」


「本当に変わったやつだよな...お前。」


「えー、そうかなぁ?論文面白いぜ~読んでみ?」


「気が向いたらな。」


「でも俺...。」


「...俺は好きだけど。」


「あっ、だ、だよな!お前にとっては親代わりの人がやってるところなんだから悪く言っちゃいけないよな!ごめん!!」


「なんで稲葉は嫌いなんだ?」


「ん?んー、なんだろ...なんか落ち着かないんだよね~。図書館って落ち着くものじゃん?」


「必ずしもそういうわけじゃないと思うが...。」


「...望月。」


「...何だ。」


「俺...お前とこうやって登校することが出来なくなるの、嫌だからな。」


「稲葉...?」


「...って何言ってんだろ、俺。」


「稲葉...。」


「アルバイト...無理すんなよ。」


「...ああ。」


「あ、図書館で思い出したわ。望月知ってるー?“願いの叶う古書店”の噂」


「...願いの叶う古書店?」


「なんか最近クラスの女子が騒いでてさー。イケメン店主におすすめされた本を買ったらダイエットに成功した!とか。好きな人とのお付き合いが上手くいったとか。」


「それは店主の本選びが良かったんじゃ...。」


「いやぁ、俺もそう思ったんだけどさ?でも中には酷い目にあったやつもいるっぽい。」


「酷い目?」


「んーと...ピアノ習ってる子が手に大怪我負ったとか。読者モデルの子は仕事が貰えなくなったとか...。」


「...それは本が原因なのか?」


「でもその古本屋で本を買った日を境に上手くいったり酷い目にあったり差が激しいって聞くし...。」


「......。」


「いやぁ、本当に不思議な店だよなぁ。しかも店主は超絶イケメンだからまったくけしからん!!」


「お前はそこに食いつくのか...。」


「だってぇ!!」


それにしても...願いの叶う古書店か。


心の中で多少の引っかかりと...そこに行けば俺の願いも叶うんだろうかと思いつつ、俺は陽気な友人と学校へ足を進めた。



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放課後、いつもの場所に足を運ぶ。


いつもの場所...アルバイト先の私立図書館“ミドリ”。


俺の恩人が赤牟市に建てた屈指の大型図書館である。


「こんにちは...陽向。」


無愛想な女性が迎える。


彼女は古家瑠々フルヤルル


“あの日”身寄りの無い俺を引き取ってくれた一家の一員であり、姉のような存在だ。


「陽向...千恵が呼んでた。奥で待ってる。」


「千恵さんが...?」


また依頼事かな…。


内藤千恵ナイトウチエさん。


この図書館の館長で俺の恩人である。


身寄りの無い俺を引き取ってくれた人、そして...俺に存在意義を示してくれた人でもある。


断じて無理矢理俺を生かしたアイツとは全然違う。


奥の部屋の戸をノックして中に入る。


「...失礼します。」


部屋の書斎に座っている茶髪で結った髪を右に下げた女性が俺を見て笑顔で迎える。


相変わらず笑顔が素敵だ。


「こんにちは~いらっしゃい!陽向くん!」


「...こんにちは、千恵さん。」


「いつもごめんなさいね~。でも陽向くん直々に動いて欲しくて。」


「...いえ。」


普段あまり使わない表情筋に力が入る。身体の火傷跡が疼きだす。


漸く...俺の存在意義を示す時が来たようだ。


私立図書館“ミドリ”...は表の顔だ。


裏では秘密結社“SPECTRUM”スペクトラム


秘密結社って聞くと特撮ヒーローの見過ぎだと笑われるかもしれないが、やってることは本当に秘密結社だから笑えない。


この町...赤牟市で邪神や宇宙人、その信者が起こす事件を取り締まっている。


二度とあの日の大災害を起こさないように...と千恵さんが結成した。


俺が千恵さんに協力するのは難しいことではなかった。


何故なら...全てを失った俺に残されたものを生かすにはうってつけの場所だったから。


俺に宿るこの忌々しい力を生かしつつ...大好きなこの町とヤツらの思惑を崩せるならこれ程心地良い場所はないだろう。


表では図書館のアルバイトを装い、裏では秘密結社の一員として動く...俺はそんな毎日を送っていた。


「...で、依頼はなんですか?」


高鳴る心を抑えつつ、口を開いた。


「陽向くんは知ってるかな?“願いの叶う古書店”の噂。」


「!!」


「...知ってそうな顔ね。赤牟市商店街の奥に構える古書店のこと。店主にオススメされた本を買うと願いが叶うとか叶わないとか...。」


「ええ、朝に友達から聞きました。」


「あら、もうそこまで広まってるのね!ちょっと不味いかな...。」


店主がただの人間じゃないだろうとは思っていたが...。


「やっぱり邪神関連なんですね。」


「まだ断定は出来ないけど...調べる価値は大いにありそうね。」


「俺...調査しに行ってきます。」


「陽向くんなら言ってくれると思ったわ~いつもありがとう!危なくなったらミドリを口実にしてくれていいから。」


「え...いいんですか?」


「ほら!調査先は古書店でウチは図書館!関連性抜群だし普通に尋ねてもおかしくないわよ!」


「...なるほど、分かりました。」


「でも...呉々も気をつけてね。何かあったら援軍呼ぶから。」


「...俺は大丈夫ですよ、失礼します。」


「陽向くん...。」


千恵さんの心配する眼差しを振り払うように俺は部屋を後にする。


俺は...色んな人に心配かけてるな。


でも俺は...誰かに心配される価値はない。


町と町の人々を犠牲にして生きてる俺なんて...。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪



赤牟市の隅にある商店街...の外れにそれはあった。


古民家を改装したような建物の窓に古びた文字で「Shadeシェイド」と書かれている。


Shade...陰り...確かに商店街の陰に隠れたところにある。


...なんだか寂しげな店だ。


今話題の店だとは思えない。


「ごめんください...。」


俺は恐る恐る古書店に入っていく。


内装は思いの外綺麗だ。


敷き詰められた本棚が並び、古びた本が所々に飾ってある。


異様なのは...俺以外客が誰も居ないことだ。


本当に...この店は流行ってるのか?


奥から足跡が聞こえる...。


「...いらっしゃい。」


その声と姿を見た途端、息を飲んだ。


鮮やかな紫色の髪。


射抜くような切長の瞳。


スラッとした長身。


透き通った声。


...間違いない。


無意識に火傷跡のある肩を手で押さえる。


“あの日”...俺を助けたヤツがそこに居た。


あれから10年も経つのに、ヤツは何も変わっていなかった。


やっぱり人間じゃなかったのか...!


「ん?何かオレの顔に付いてる?」


ヤツ...店主は首を傾げる。


「あ、あっ、い、いえ...。」


思わず吃ってしまった...怪しまれただろうか。


「ふはっ、変なの。」


店主は柔らかく笑った。


コイツ...俺の事を覚えていないのか?


まぁ、確かに10年経ってて俺は歳を取っているし分からなくても仕方ないが...。


「で...何の本をお探しで?」


「あ...えっと...。」


いきなりとんでもないヤツとの再開に言葉が詰まってしまう。


「...まぁ、無理もないか。」


店主が近付いてきて俯く俺の顔を覗き込む。


紫の瞳に吸い込まれそうになる。


...ってところだしな。」


「っ...お前...!!」


覚えていたのか...!!


腸が煮えたぎるような黒い感情が燃え出す。


しかし...影から炎が出てこない。何故だ...!?


「おっと、ここで“力”は使えないぜ?ここはオレの領域だし、大事な本が沢山あるしな。」


「くっ...!!」


「まぁまぁ、取り敢えず落ち着こうぜ?積もる話も沢山あるし、茶でも飲みながら...さ。」


「誰がお前なんかと...殺す...殺してやる...!!」


「うわ、オレめっちゃ恨まれてない?そんな悪いことしたかなぁ。」


「何で“あの日”俺を助けた...!!独り取り残されて化け物なるくらいなら、皆と一緒に死なせてくれれば良かったのに!!」


「うーん...


「...は?」


何となく...だって?


「だってそこに救える命があるなら助けるだろ普通。」


何となく...何となく?


「何だ...?じゃあ俺は...お前の気まぐれで...助けられたってことなのか?」


「うん!そうだよ?そこら辺散歩してたら助けて~って聞こえたから助けた、それだけ。」


散歩...?散歩...だぁ...!?


「てんめえええええ!!」


俺は咄嗟に店主の胸ぐらを掴む


「お前らにとってはいい天気だったのかもなぁ!!でも俺ら人間にとっては大惨事だった!!そこまで助ける力があったらなんで町の皆を救ってくれなかったんだ!?あぁ?」


「うわわっ、ちょっとマジか落ち着けよ本当に!!」


激昂する俺と相反する気の抜けた声が響く。


「あのなぁ...案外そういうもんだぜ?理由なんて。」


店主は俺の手を簡単に振り払い、落ち着いた声で俺にしっかり聞かせるように言い放つ。


「知り合いだったから、知り合ったから、知り合いじゃなかったから...助ける助けない理由に大層なものなんて必要か?」


「そんなの...!!」


「オレは必要無いと思うなぁ~。知ってる?人間って原因は色々あるけどさ、毎日結構ポロポロ死んでるの。それ全部助けろって言われたってたとえ神でも無理だと思うよ?」


「そんな...。」


「ある程度死は運命として受け入れるしかないのさ。誰かの目に止まらなかった...ただその紙一重の差で生死は簡単に決まっちまうもんだ。」


「そんな...じゃあ...父さんや母さんや町の皆が死んだのは...?一体なんだったんだ...?」


「うーん...運命に振るいにかけられたってところかね。」


「...違う。」


「うん?」


「違う違う違う...!じゃあ何だ?何だったんだ?あの大災害は...誰が起こしたんだ?あれさえなければ皆は生きていた。あれさえなければ...!!」


怒りで震え目に涙を浮かべながら店主の方に目を向ける。


「お前ら邪神がこんなこと起こさなければ今頃俺は平和な日常を生きていたのに!!」


「あのなぁ...。」


「殺す...殺してやる!!邪神なんか...皆皆一匹残らず殺してやるっ!!」


「はぁ...感動の再開だと思いきや、こんな駄々っ子になっちまってな...?」


「なっ...俺の名前!?」


「結構結構。邪神でも何でも殺すがいいさ。まぁ...到底ムリだと思うけど。」


「そんなの...!!」


「やってみなくちゃ分からない?オレの領域で力が出せないの分かってるのに?」


「くっ...。」


「で、感動の再開で忘れてたけど...結局陽向クンは一体ここに何しに来たんだ?言ってみ?お兄さんが何でも聞いてやるから。」


「お前に言うことなんか...。」


「因みに...お前お前言ってるけど、オレの名前はお前じゃなくて菊川信キクガワノブな!よろしく~。」


「............。」


「それに...知り合いの陽向クンだから特別に教えといてやるよ。」


「...?」


「この店ってさ。生半可な人間は訪れることはおろか見ることすらも出来ねぇの。“強い意志”があるヤツしか認識出来ないようになってる。」


「...だから町で話題の古書店なのに人が全然入ってこないのか。」


「御明答~...って、あ、そうなの?オレの店、そんなに町で有名になっちゃった感じ?」


「...知らなかったのか?」


「うん。...そっかぁ、マジかぁ~あんまり有名になりたくなかったんだけどな~。」


「何故だ?店なら有名になった方が儲かるんじゃ...。」


「生憎ウチは商売が目的じゃないんでね。金は飾りのようなモンだよ。」


商売が目的じゃない...?


一体コイツは何が目的でこんな店をやってるんだ...?


「話が逸れたけど...ここに来れたのはお前も例外じゃねぇ、望月陽向。」


「俺...?」


「まさかお前がこの店に来るとはオレも正直思わなかったけどさ?でも、...それだけで理由は十分だ。」


店主…菊川は改めて真剣な眼差しで俺を見つめる。


「お前がここでオレと再開するのは必然だった…ってことさ。」


「必然…?」


「そ、運命が巡り合わせたってヤツ。…お前と再開できて、とても…嬉しい。」


菊川は俺の手を取り、柔らかい笑みを浮かべた。まるで母親が我が子を慈しむように。


…何でこいつは俺の事をそんな目で見るんだ?


本当に俺は…こいつに何となくで助けられたのだろうか。


「お、俺は…お前を許さない。」


「うん。」


「お前に助けられて…皆に置いてかれて…どんなに辛かったと思ってる。」


「そっか…ごめんな。」


「お前があの時助けなければ…いや、そもそも大災害なんて起こらなければ、俺は今頃…。」


「……。」


「幸せ…だったのかな…。」


見知った町の中に親がいて、友達がいて、近所の人がいて、皆笑っている…そんな世界はどんなに明るく素晴らしい世界だったのだろうか。


全て無くした今では全く想像が付かないけど。


「お前は…どうしたい?」


菊川が問いかけてくる。


「お前が“ここに来れた”ということは強い意志…つまり願いがあるってこった。まーそれはさっき散々聞かせてもらったがな。」


「!!じゃあ…」


「でも流石に今のお前の願いを叶えるのは無理だ。スケールがデカすぎる。」


「そんな…。」


「方法は幾つかあるが…どれもそれには相当の対価が必要だ。お前にそこまでする覚悟はねぇと思うぞ。」


「対価…何かを生贄にしないとってことか?」


「そ!例えば亡くなった命を生き返らせるなら代わりの命が必要だし、大災害が起こる前に時間を戻すなら膨大な時間を犠牲にしないといけない…そんなの嫌だろ?」


俺は重く頷いた。


「お前がそこまで馬鹿じゃなくて助かるよ。それでは問題です!邪神を全部滅ぼすにはどうしたらいいと思う?」


邪神…人間には巨大すぎる存在。


そんなヤツらが沢山居て宇宙で蠢いているとなると…途方にもない犠牲が必要なんじゃないか?


くらりと目眩がした。


「…そういうこと。少なくても全人間捧げても1体もぎ取れるくらいじゃね?」


「そんな…じゃあ…俺は…俺は…どうすればいいんだ?」


俺の願いは到底叶わない…じゃあ俺は?


一方的に奪われて俺は…何も出来ないのか?


「そんな絶望している陽向クンにオレから提案だ。ちょっとお前暫くこの店で働いてみねぇ?」


「…は?」


唐突に何だ…?


「金が欲しいなら働いた時間分やるし、毎日少しでも顔出してくれれば働く時間は数分でも何時間でも自由!!どうだ?悪い話じゃないだろ?」


ニコニコしながら菊川は軽口で話を持ち出す。


「お前には…前を向いて歩く勉強ってのが必要だ。この店には色んなヤツが来るからな。いい勉強になると思うぜ。」


俺はまんまる目を見開いた。


コイツは…なんで俺のことをこんなにもして気遣ってくれるんだ?


「…何が目的だ?」


「んー…オレも実は人間の勉強中ってところなの。人間って面白くてさ、本当に色んなやつがいるからな~。…で、なんのご縁かあの時助けた色々事情を抱え込んだ陽向クンってワケだ。そりゃ、手助けしたくもなるもんよ。お前も勉強、オレも勉強出来てお互いウィンウィンってわけだ!どうだ?」


菊川の瞳がこれ以上無い程キラキラして嬉しそうだ。


人間勉強って割にはとても嬉しそうな気がするが…?


「…考えとく。」


「うっしゃ!これからよろしくな~陽向!!」


俺の頭をわしゃわしゃ撫でる菊川。


「か、考えとくってだけでまだ働くこと決めたわけじゃないんだからな!!」


「わかってるわかってる~!」


ルンルンしながら菊川は店の奥に行ってしまった。


「…全く。」


俺は呆れながら嬉しそうな菊川を見つつ…これからどうしようかと考える。


秘密結社と古書店と学業の三足の草鞋か…我ながらハードスケジュールだな…。


学業は稲葉に頼るとして…秘密結社の願いの叶う古書店の調査依頼は古書店のバイトで各々分かってくるだろう…。


古書店“Shade”の店主…菊川信。


ヘラヘラしているが一切抜け目のない男。


一体コイツは何故大災害の時に居て、何故現在こんなところで願いの叶う古書店をやっているのか…謎が多い。


コイツと一緒に過ごせば…何か分かるんだろうか。

菊川の謎も…俺の今後も…。


「大丈夫だ。」


菊川が俺の方を振り向く。


それはとても晴れやかな顔で。


「オレがお前を助けてやるから。」



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪



赤牟市のビル郡の並ぶ屋上で長い髪を後ろに束ねた男が腰を下ろし、町を見下ろしている。


「…みーつけた。」


男は一息付き…恍惚とした表情を浮かべる。


「自分の運命を呪っている哀れな人間…大丈夫だ、俺が助けてやるから。」



第1話 了

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