私は立派なハーピーのママ♡


 ☆★☆


 翌朝、目を覚ました俺を待っていたのは最悪の現実だった。


「嘘だろ……夢じゃ……なかったのか……?」


 下を見れば、ふわふわの羽毛に覆われた、二つの膨らみが俺を出迎えた。

 昨日までは無かったものだ。しかし、それは間違いなく俺のものだ……。


「んっ……」


 体は動かせるようになっていて、少しホッとした。

 試しに胸を触ろうとしてみたが、生憎、俺にはもう手が存在しない。なので仕方なく、新しいふわふわの翼で自分を包み込むようにして触ってみた。


 ふわっ……

 もふっ……

 もふぅ……。


 ……うん、柔らかいな。とても触り心地がいい………………翼だ……。


「はぁ……」


 胸の方は羽根が邪魔して触ることはできない。こんなにも立派なおっぱいだというのに……少し残念だ。


「ふあ…………」


 その代わりと言うべきなのかはわからないが……


 ふわ……

 ふわ…………

 ふわり………………。


 柔らかな翼が、優しく胸を撫でるたびに、得も言われぬ快感が体を突き抜けた。


「……はっ!!??」


 いけない! 危うく我を忘れるところだった……。そろそろ、現実と向き合わなければならない。

 そのためにはまず、鏡を確認しなければ……。幸いにもすぐそこに姿見がある。

 よし、行こう……。


「うわっ!?」


 ベッドから降りて一歩目を踏み出した瞬間、バランスを崩して転んでしまった。


 とは全く違うの脚は、昨日までのそれとは感覚がほとんど違うのだ。

 だが、転んだ原因はそれだけではない。

 転ぶ時、前に引っ張られるような感じがした。それはおそらく、この大きな胸が原因だろう。


 立って初めて気づいたのだが、この胸の重量感が尋常ではないのだ。赤ん坊一人分くらいはあるのではないだろうか……。

 おまけに、動くたびにユサユサと揺れてかなり鬱陶しい。こんなものを抱えていてはまともに歩くこともできないだろう。


「くそっ!」


 悪態を吐きながらも這って鏡を目指す。

 引っかかりのないふわふわの翼は、這うのに適しておらず、足の鉤爪でなんとか体を前に進めるしかない。


「はあ……はあ……やっと着いた」


 歩けばたった数歩の距離なのだが、途方もなく長く感じた。


「なんだ……これ……」


 ようやくたどり着いた鏡に映ったのは、受け入れ難い現実。

 まず目につくのは、純白の羽毛に包まれた巨大な双丘そうきゅう。その大きさたるや、片方だけで俺の頭より大きく見えるほどだ。


 胸から続く羽毛の流れはまるで川のようで、流れの先にある腕……いや、翼を真っ白に染め上げている。

 その翼に掛かる髪の毛も同様だ。昨日は見ることが叶わなかったが、黒くつややかだったはずのそれは、すっかり白く染まり、ふんわりとした様子で腰まで伸びてしまっている。


 そして何より驚くべきなのは、顔の変貌ぶりだ。

 硬くてゴツゴツとしたもとの印象はどこへやら、今やぷっくりと丸みのある可愛らしいものに変わってしまっている。

 瞳はくりっと丸く大きくなり、唇もぷっくらと膨らんで色めかしい。肌の色はまるで足跡ひとつない雪原のように純白で、顔全体が幼い子供のような雰囲気を漂わせている。


 向こう側にいる俺は琥珀のような瞳でこちらを見つめてきているが、それが自分だとは到底思えなかった。


 だが、そんなことがどうでも良くなるほどに、下半身の変化の方が深刻だ。

 股座の間に位置するべきものがなくなっており、代わりに縦に割れていて……。そこを大事に覆い隠すように、白い羽根が生えている。

 尻の上から伸びた尾羽は、床に着くほどの長さがあり、さながら白鳥のそれのようだ。


 さらに視線を下に向けると、硬い皮膚に覆われたくの字の足が見える。こちらもやはり鳥の足そのもので、鋭い鉤爪がしっかりと生えそろっていた。


「嘘……だよな…………?」


 だがしかし、その全てが本当に心底どうでも良くなるほどの問題が俺の腹にあったのだ。そう、だ。


「ああ…………」


 思わず声が漏れる。それも仕方のないことだろう。なぜならそこには、妊婦を思わせるような膨らみがあったのだから。

 昨日はくびれているような感覚がしていたはず。それなのに、一晩経った今はぽっこりと膨れ上がっている。


「そんなわけ……」


 そんなわけない……嘘だ。ありえない。一晩でこんなことになるはずない。

 そもそも俺は男で……あれ? 男だったよな? 妊娠なんてするはず……ないよな?


「うぅ……」


 考えれば考えるほどわからなくなる。頭が痛い……胸が苦しい……。


「とりあえず、どうにかしないと……手遅れになる前に!」


 考えている場合じゃない。恥ずかしがったり、躊躇ったりしてる場合でもない。助けを求めないと……俺が俺でなくなる前に……!


「ふっ……」


 重いお腹を翼で柔らかに包み込みながら、壁伝いにゆっくりと歩き出す。

 正直言って、生まれたばかりの赤子よりも歩みは遅いだろう。それでも必死に進んでいく。


「ふぅ……」


 翼で触れていると、自分が妊娠していることを嫌というほど意識させられてしまう。

 その事実が無性に恥ずかしくて、恐ろしくて、惨めで…………なぜか少しだけ嬉しかった……。


「……!」


 いやダメだ! 何を考えているんだ俺は!! しっかりしろ!!!

 俺は男だ! 人間だ!

 ……人間? 人間って何だ……? 俺は何なんだ? 俺は誰だ? 俺?……わた…………し?


「……早くしないと……はやくしないと、が私でなくなっちゃう!」


 もう既に取り返しがつかないところまで来ているかもしれないという不安を押し殺しながら、ひたすらに進み続ける。

 早く! 早く! ドアまで……あと少し……。


「ひゃん……!」


 焦る私の肩に何かがぶつかった。ベッドサイドテーブルだ。

 ぶつかった衝撃で倒れそうになるそれを慌てて支えようとするが、翼と化してしまった両腕ではどうにもできず、上に乗ったお香立てが床に落ちてしまった。

 すると当然、中に入っていた残り香が部屋に充満していくわけで……。


「あ……ああぁ……」


 まずいと思った時にはもう遅い。

 まともに歩けない私では逃げることも叶わず、あっという間に全身に香りを吸い込んでしまうのだった。


「ああ……」


 また、あの感覚がやってくる。

 全身が熱くなってくるのがわかる。

 鼓動が激しくなってくるのがわかる。

 呼吸も荒くなるのがわかる。

 思考がぼんやりとかすんでいくのがわかる。

 けれど……


「もう……変わるところなんて……」


 そうだ……これ以上変わるところなんてきっとない。まさかこのまま鳥になってしまうわけでもないはずだ……。だから、このまま出口を目指していけば……


「…………♡」


 あれ? 私、何を考えてたんだっけ? 出口? なんでそんなことを気にする必要があるのだろう? それよりも大事なことが他にあるよね……?

 あ、そっかぁ♡ わたしぃ、おかあさんになったんだったねぇ♡♡♡


「産んであげなきゃ♡♡♡」


 ああ、思い出した♡ そうだよ♡ 私はママになったんだよ♡♡ 可愛い赤ちゃんのために頑張って産まなきゃ♡♡♡


 えへへぇ♡♡♡ それにしてもぉ……♡ お腹の中の子、まだ動かないなぁ~♡♡♡

 もしかして寝てるのかな~??? じゃあ起こしてあげないといけないよねえ~~~♡♡♡


 うふふふふふふふ♡♡♡♡

 待っててね~~~~~~っ!!!!!♡♡♡♡♡


「はっ……」


 今……なにを? 私は一体をしようとしていた?

 急に意識がはっきりとしてきたせいで、先ほどまでの自分の行動を思い出してしまい、一気に血の気が引いていくのを感じた。


「まずい! 早くここから出ないと!!」


 もはや一刻の猶予もない。

 とにかく急いで、誰か助けを呼ばなければ……。

 そう思い立ち上がった瞬間だった————


 フワッ……


 体が宙に浮かび上がったのだ。いや、違う。これは浮いているのではない。のだ……。

 無意識のうちに、翼を羽ばたかせていたのだ…………。


「あ……ああぁ……」


 知るはずもない知識が頭の中に流れ込んでくる。今はもうどうしたら飛べるのかが手に取るようにわかる。

 そしてなにより恐ろしいことに、この翼で飛ぶことに全く違和感がない。むしろ、歩いて移動することが不自然にすら思えるほど。


 まるで生まれた時からずっとそうだったかのように馴染んでいる……いや、今はそんなことはどうでもいい!

 一刻も早く……はやく…………どうするんだっけ? 思い出せない……とりあえず、この空気を吸ってはダメだ。本能がそう告げている。


「んっ……!」


 翼を使えば、先ほどまでの苦労が嘘のように扉の前までひとっ飛びだった。

 扉を開ければ、あとは階段を下りるだけ。そうすればすぐに外に出られるはずだ。

 はずなんだけど……なんで外に出ないとダメなんだっけ? 別に出る必要なんてなくない?


 人間に、戻る? 男に、戻る? なんで? 私にはこんなに立派な翼があって、人間にはない。私には赤ちゃんを産むことができて、男にはできない。

 なら、なんで戻る必要があるの? そもそも、戻るって何? 私は元々こうだったのに……あれ? そもそも私って誰だっけ? あれ??


 おかしいなぁ……なにか変だなって思ったらどんどんわからなくなってきたよぉ……? でもまぁいっかぁ♡ 難しいこと考えたって仕方ないもんねー♡♡


「あはっ〜〜〜♪」


 私は何に苦しんでいたんだろう? どうしてあんなに必死こいて出ようとしていたんだろう? もうなんにもわかんないや♪


 そんなことより、早くこの子を産んであげたいな〜♡♡♡

 この子のためだったらなんだってできる気がする♡♡♡

 あ! ここにちょうどいいふかふかがある! これ使わせてもらおうっと♪


「はぁ♡ 早く生まれてこないかなぁ♪ おとこのこかなぁ? おんなのこかなぁ? 楽しみだなぁ♡ どっちでも嬉しいけど、できれば女の子がいいな〜♡♡ 女の子だったらいっぱい可愛がってあげるの♡♡♡ 毎日一緒に遊んであげてぇ、夜は添い寝してあげようかな〜♡♡ それとも二人で空を飛ぶ練習をする方がいいかな? あっ、そうそう! ご飯もちゃんと食べさせなきゃだよね♡♡ 自分で食べられるようになるまではお母さんが食べさせてあげるから安心してね♡♡♡………………」


 楽しみすぎてニヤニヤが止まらないよぉ♡♡♡ あーはやくうみたいなー♪

 はやくうまれてこないかなーー♪

 あなたのおかあさんはここにいるよーーーー♡♡♡


「あは♡ やっときたぁ♪」


 大きなお腹をさすさすしていると、中からコツコツとノックするような感触が伝わってきた。赤ちゃんが私の声に気づいてくれたんだ♡

 ふふふっ♡♡ かわいいなあ〜〜♡♡


「もうちょっとだよ〜〜♡♡ あとちょっとで会えるからね〜〜♡♡♡」


 いよいよその時が近づいてきたみたい。

 ドキドキする心臓を抑えながら、大きく深呼吸をする。


「よいしょっと♪」


 あらかじめ用意しておいた、ふかふかの上に腰を落とす。


「あれ? なんだろうこれ?」


 ふと見ると、足元に一枚の布切れのようなものが落ちていることに気づいた。

 それはとても見覚えのあるもので……


「これは……下着? それも……人間の男が履く……」


 なぜこんなものがこんなところにあるのだろう?

 あれ? でも、よくよく考えると、これはここにあって当然のものなんじゃないか……?


 だってここは、私の……いや、俺の部屋なんだから……。

 そうだ……俺はこの部屋の主である男だ……人間だ……そのはずなんだ……。もうほとんど記憶なんて残っていないけれど、確かにそのはずなんだ!


「ぐっ……! 早くどうにかしないと。俺が……俺が完全に消えてしまう!!」


 そうこうしているうちにも、自分の中から俺が失われていくのがわかる。もう俺からしても、俺が異物なのではないかと思えるほどだ。

 しかし、まだ消えたくないという意志だけがギリギリで俺という存在を支えていた。


「こうなったら……このお腹の子供を……」


 この赤子が、俺の中の母性を掻き立てている。それならば、コイツを始末してしまえば、アチラの人格を消すことはできなくとも、薄れさせることができるのではないだろうか。

 少し罪悪感はあるが、この際仕方がないだろう。俺は俺であり続けなければならないのだから……。


 俺は覚悟を決めると、その小さな命に手をかけようとした。だが、その瞬間——————


「あっ♡」


 子宮から突き上げるような衝撃が走ると同時に、目の前が真っ白になった。


「やっと、やっと産まれるんだ♡ がんばれ♪ がんばれ♪」


 お腹から合図を受けると、私は自然と産みやすい体勢をとっていた。仰向けになり、両足を大きく広げて膝を曲げる。


「これ、結局なんだったんだろう? まあいいや、どうせいらないものだし! 捨てちゃえ! ぽーい!」


 よくわからないものを投げ捨てると、私は再び我が子と向き合った。

 股の間からは、真っ白な卵が顔を出し始めている。


 あと少し、あと少しだ……。

 最後の力を振り絞って、思いっきりいきむ。


「〜〜〜〜♡♡♡」


 すると、ズルンッと勢いよく卵が飛び出してきた。それと同時に、私の中からも、なにか大切なものがスルリと抜け落ちたような気がした。

 しかし、そんな些細なことはすぐにどうでもよくなってしまうほどの喜びが全身を駆け巡っている。


 この子よりも大切なものなんてあるはずがない♡ だから、もうそんなことどうでもいいよね♪


「あははっ♡♡♡ 産まれたぁ♡♡♡」


 ようやく会えたね♡♡ わたしの赤ちゃん♡♡♡

 これからずぅーっと一緒だよっ♡♡♡ 私があなたを幸せにしてあげるからねっ♡♡♡♡


 ☆★☆


「なあ、あそこの家、なんか不気味じゃね? そこら中に羽根がおちてるしよぉ……」


「お前知らないのか? あそこにはハーピーが住み着いてるらしいぜ」


「ハーピー? なんだそりゃ?」


「うーん……まぁ、簡単に言うと人間と鳥のハーフみたいなやつだな」


「へぇ、そんなのいるのか。でも、だったらなんで退治しないんだよ?」


「それがだなぁ……別に危害を加えてくるわけじゃないし。何より幸せそうなんだよ」


「は? 幸せそう?」


「ああ。どうやらハーピーは親子みたいなんだが、側から見ても仲睦まじくてな。しかも母親の方はいつも笑顔で幸せそうにしてるんだわこれが。だから討伐隊も手が出せなくて、とりあえず様子見ってわけ」


「ふーん……なるほどねぇ……そこまで幸せそうなら、俺も羨ましくなっちまうぜ」


「全くだな。少なくとも、俺たちよりはよっぽど幸せなんじゃねぇの?」


「……違いねぇや!」


 ☆★☆


「ママ! みてみて! おそらとべるようになったよ!」


「わぁ! すごい! えらいね! いい子にはご褒美をあげなくちゃ♡♡ さあおいで、ママのおっぱい飲ませてあげる♡♡♡」


「うん! のませて! ママのおっぱいだいすき!」


「えへへっ♡♡♡ いいよっ♡♡ 好きなだけ飲んでいいからね♡♡♡ ほら、どうぞ♡♡♡」


 街中のとある家では、今日もハーピーの母子が仲睦まじく過ごしていた。

 まるで人間の男が使っていたかの様なその家は今ではすっかり彼女たちの巣箱と化している。


「ママ! ぼくおおきくなったらママをまもってあげる! ぼくがママをしあわせにするの!!」


「あら! ありがとう! じゃあ大きくなったらお願いしちゃおうかな! それまではママが守ってあげるから安心してね!!」


「わーい! やったー! やくそくだよ! ぜったいだからね!!」


 彼女が元は男性だったと言ったら、いったい何人が信じてくれるだろうか? おそらく、誰も信じてくれないだろう。

 それほどに、今の彼女は女性らしく……母親らしくなっていたのだ。

 もはや、男性だった頃の名残など微塵も感じられないほどに。


「ママ……お腹おっきくなって、くるしそう。だいじょうぶ?」


「心配してくれてありがとぉ〜♡♡♡ でも大丈夫♪ これは赤ちゃんがいる証拠なの♡」


「そっかぁ……じゃあ、ぼくももうすぐおにいちゃんになるんだね!」


「そうだよ〜! 弟か妹かはわからないけどね♡ でもきっと可愛い子が産まれるよ♡」


「ほんと!? やったぁ! はやくあいたいな〜」


 そんな会話を交わしながら、二人はお互いの体を抱きしめ合う。その姿はまさしく母と子のそれで……。

 そしてそれは、紛れもなく幸福な家族の光景であったのだった。



〜fin〜



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香りを嗅いだだけなのに! 女体化してハーピー娘になっちゃった!? 〜ハーピーのママになってタマゴ産み産み♡子供もできてとってもしあわせ♪ 〜 司原れもね @lemo_tsuka

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