終章 神話3
「じゃー簡潔に。まず、祖母と母がやった儀式は『盟約の儀式』といって、神の眷属になるための唯一の方法なんだそうですよ? 祖母が言ってました。母もですけどね。七種族を全員集めてその儀式を行なうと、神の住まう地へ行けるんです。代償として、こっちの世界に戻って来られるのは魔女だけで、しかも一時的にしか帰れなくなっちゃうらしいんですけど……」
「直接聞いたの?」
「直接ですー。私が魔女の夜会に追われてるのも、祖母や母とそうやって何回も接触しているのが原因だったりしますしね。それで、私も同じように盟約の儀式をやらかすんじゃないか、って疑われてるんですよ。いえ、向こうは盟約の儀式じゃなくて、神になるための生贄の儀式だと勘違いしてますけどね」
ロゼールは苦笑いで言った。
「で、ここから先がちょっと……私も半信半疑なんですけど」
ロゼールはいったん口を閉ざし、迷うようにうなった。
「話しづらいことなの?」
「いえいえ、どう説明したものかと――。まず、気流の境界線、あれは人間を守るためじゃなくて、人間が地上へ戻ることができないように封鎖してるだけだと言うんです。人間は罪を犯して、空の彼方に追放されて、地上に帰れなくなったんだと」
「追放されたって神さまに? というか神さまって実在するの?」
「ああ、シュゼットさんは懐疑派なんですか」
「懐疑派というか――そうね、わたし個人の見解を述べるなら、神は実在しないと思っているし、浮遊島や気流の境界線はなんらかの魔術実験の暴走だと思ってるけれど」
「暴走?」
ロゼールは首をかしげた。
「どこかの国が大規模な実験を行なって――それが原因で変異種が誕生、困り果てた人間たちは、事実を隠蔽して空の彼方へ逃げた……ってところじゃないかしら。でも、あなたの話を聞くと、神さまがやった――らしいわね?」
疑わしげにロゼールを見た。
「うーん……でもそれも半分くらいは合ってるっぽいんですよねー」
「どういうこと?」
「祖母の話――正確に言うと、祖母が神さまから直接聞いたお話らしいんですけど、今から四〇〇年以上前に、ある人物がやって来たそうなんです。異世界から」
「異世界って――まさか、別の世界ということ?」
「そーですそーです。で、その人は……んーと、なんとかっていう一族で、あちこちの世界を渡り歩いて武者修行のようなことをしているそうなんですよ。その一族に生まれた人たちは、家伝の武術を身につけて、全員じゃないですけど、それぞれ異世界に旅立つんだそうです。そうやって異世界の技術を手に入れて、元の世界に帰ることを目指しているとかなんとか?」
「……ずいぶん、突拍子もない話ね? 帰れなかったらどうするのよ?」
ロゼールは苦笑いを浮かべた。
「私もそう思うんですけどね――でも、その一族にとっては帰れなくてもいいらしいんですよ。未帰還者も大勢いるって……。でも、ごく一部の帰還者がいれば、それで家伝の武術はより進化していく、それでいいんだってその人は言っていたとかなんとか?」
「そんな阿呆な一族がいるとは思えないけど――」
そう言いつつ、しかしあり得るのではないか、とシュゼットは内心で思ってしまった。
その一族がどうやって異世界にわたっているのかは知らないが、仮に行く手段があるのなら、ごく一部の人間は突き進んでしまうかもしれない。
自分たち空挺手だって、かつては地上へ行くために多大な犠牲を払ってきたのだから。
「で、その人はどうなったの?」
「人間が使う『増幅』と『光石』の技術を身につけて、無事に帰っていったそうですよ」
「帰れたのね」
「はい。でも――」
「問題が起きた?」
ロゼールは困り顔で続けた。
「その人は、自力で帰ったわけではなくて、とある――フィッサムノス大陸にある大国の協力を得て帰還したそうなんです。で、異世界へ行くための魔術を編み出したその国が、別の世界への扉を開こうとして――それが原因で、神さまたちの怒りを大いに買ってしまったそうで……」
「つまり、天空神スラウンをはじめとする神々が――」
「いえいえ、違います。怒ったのは、ほかの世界にいる神々だったらしいんですよ。むしろ激怒する異世界の神々を、天空神スラウンをはじめとしたこの世界の神々がなだめているような状態だったらしくてー」
語っているロゼール自身、よくわかっていない表情で言った。
「つないだ世界が問題だったらしいんですよね。ほかの世界なら別にいいんだけれど、よりによって神さまを殺せる世界への扉を作ってしまったのがダメなんだという話で」
「神さまを……殺せる?」
「厳密には違うらしいんですけどね。神さまは生物じゃないから殺せなくて、正確には――えーと、一時的に黄泉の世界に神を追放して顕現できないように、黄泉の世界以外に干渉できないよう無力化する行為を便宜上、『殺す』と表現している? とか?」
ロゼールは首を傾げながら言って、苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。祖母もこの辺はよくわかっていないらしくってー……とにかく、その世界は色々とおかしいそうなんです」
ロゼールは困惑した顔つきで言った。
「祖母は、迷っているみたいでしたね……。母もですけど。『母親と一緒に暮らしたいなら、あんたも儀式をするしかない』って。自分も祖母として、孫娘と一緒に暮らしたい。でも、あの世界に行くべきじゃないと強く思ってるって。はっきりと断言しましたね」
「……そんな恐ろしい世界なの?」
「はい、すべてが規格外だって言ってましたよ。ものすごい力を持った神さまもいっぱいいるけど、それ以上の力を持った化物もたくさんいるってー。神さまを殺せる武器を作ったり、素手で世界をまるごと破壊できる怪物もたくさんいるとか? ほかの世界の神さまたちは、その世界のことをすごく恐れていたそうなんですよね。それで――確か地水火風をそれぞれ司ってる四柱の神さまがいて、その神さま達がずっと監視と研究をしていたらしいんですよ。なんとかこの世界を滅ぼす方法はないものかって。でもまったく見つからなくて……自分たちを易々と殺して支配下における怪物たちが跳梁跋扈する世界をいったいどうしたらいいのか、ってすごく悩んでいたらしいんです。で、そんな世界と無造作に扉をつないでしまったものだから……」
「それで、怒りを買って追放されたわけ?」
「追放というか――最初は変異種を生み出して、人間を皆殺しにするつもりだったらしいんですよ。実際はそんなまどろっこしいことしないで、直接この世界を滅ぼそうとしてた神さまもいたらしいですけどねー。それを天空神スラウン様や、ほかの世界の穏健派の神さまが止めて、色々あって、人間は空の彼方に追放。フィッサムノス大陸は凍りづけにして、扉も封印というか破壊。変異種はそのまま放ったらかしにして、とにかく文明が絶対に栄えないようにしておくって」
うーん、とシュゼットはうなった。
「筋が通っているような通っていないような……」
「私も半信半疑ですから」
ロゼールも微苦笑を浮かべた。
「ただ、祖母や母が嘘をついているとは思いたくないんですよね。盟約の儀式についても、神さまのいる世界に行けるのは本当みたいで……」
「そういえば、なんでそんな儀式が?」
「なんでも、真実を知っていた一部の人たちが、神さまの手伝いをしたいと申し出たそうなんですよ。そういう人たちのために、盟約の儀式が作られて――祖母や母も、仲間たちと一緒に神さまの手伝いをしていると言っていましたねー」
「具体的には? 滅ぼせないんでしょう?」
「はい、強すぎて無理だそうです。むしろ迂闊に攻撃を仕掛けたら反撃で全滅しかねないから絶対にできないって。ただ、フィッサムノス大陸の人間たちのせいで、異世界の存在が露見してしまったから、とにかくほかの世界に興味が行かないように色々と手を打っているとかなんとか? 幸いにも、その世界の人たちは異世界には全然関心がないらしくって、しかも神さまのこともそれなりに敬っているから現状は大丈夫だって話ですけど」
委細はわからないが、色々と苦労していることだけはうかがい知れた。
「ふむ……それで、あなた自身はその話、全面的に信じたのかしら? ロゼール?」
「さっきも言ったとおり、私は半信半疑ですねー」
ロゼールは真剣に語った。
「突拍子もない話ですし、にわかには信じがたいです――だから、あちこちの遺跡をめぐって、自分で確かめてみようかなって……。本当はフィッサムノス大陸を直接調べてまわるのがいいんでしょうけど、あそこは危険度が高いと聞きますし、だから難易度の低い別の大陸の遺跡を、練習も兼ねて見てまわろうとしてたんですけどねー」
「ああ、それでリックが『確かめたかった』って言ってたのね?」
「フィッサムノス大陸以外の人間がどうしていたのかについても、それなりに興味がありましたから。祖母の話によれば、最初は世界を滅ぼす気だったらしいので、それなりに時間差があるはずなんですよ。変異種が出現したあと、しばらくしてから浮遊島へと追放されているはずなんです。フィッサムノス大陸はすぐさま凍結されたって話ですけど、ほかの大陸には変異種が送り込まれて大混乱になっていたはずで――。浮遊島に追放されるまでのあいだ、ほかの大陸の人たちはどうしていたのかなって」
なるほど、とシュゼットは言った。
「あなたたちが魔女の夜会に追われている状態で、遺跡探索を行なった理由はよくわかったわ。で、わたしが今、一番気になっているのはひとつだけよ、ロゼール。あなた、盟約の儀式をいずれやるつもりでいるの?」
ロゼールはすぐには答えず、しばらく黙っていた。
「正直、わかりませんね……。祖母は、私をあの世界に連れて行きたくない様子ですし……。母も、昔は『あなたも来なさい!』って言ってたんですけどね。ただ、実際に向こうへ行ったら考えが変わってしまったみたいで……。でも『あなたの妹に会わせたい』とも言ってたんですよねー、困ったもんです」
シュゼットはいぶかしげに訊いた。
「妹さん、いるの?」
「私は会ったことないんですけど、なんでも神の眷属になると色々と変わるらしくって……。魔女も普通の種族みたいに子供を作れるようになるらしいんですよ。祖母も母も、自分の夫と一緒に盟約の儀式を行ないましたから……。実際、前に会ったとき、母のお腹は大きくなってて――」
「妊娠してたの? じゃあ本当に……?」
「盟約の儀式そのものは、だから、疑ってないんです。シュゼットさんも会えばわかると思いますけど、魔力が増大しているというか……とにかく神の眷属になって、明らかに変わっていましたから」
嘘をついているようには見えなかった。
「そういえば、なぜ魔女の夜会にそのことを知らせないの? 確かに突拍子もない話だけど、ひと目で変化がわかるというなら、あなたの祖母や母親を連れていけば――」
「ダメなんですよ。神さまの意向で、このことは極秘なんです。もし異世界の存在を知ったら……」
「異世界への扉を開く馬鹿がまた現れるかもしれない、か……」
シュゼットはため息をついた。
「それ、わたしに話しても大丈夫だったのかしらね? わたしもそういう大馬鹿のひとりかもしれないのよ?」
「信頼してますから」
ロゼールはそう断言して、とびきりの笑顔を見せた。
「だから、私たちと一緒に調べてほしいんです。私たちだけじゃ、また呪言種に襲われて、やられてしまうかもしれませんからね。でも、シュゼットさんがいれば、とっても心強いです! それにシュゼットさんが一緒なら、魔女の夜会も迂闊に手を出してこなくなるはずですから」
「手を出してこない?」
「シュゼットさんがとんでもなく強いからです! あのすさまじい実力を見て、正面から戦いたがる魔女の騎士なんてひとりもいません! 一緒にいてくれれば、向こうもそうそう手を出してこないと思うんですよね」
ダメ、ですか……? とロゼールは泣きそうな顔で訊いてきた。
「考える時間をちょうだい、と言いたいところだけど」
シュゼットは、ロゼールとリックを見た――不安と期待の入り混じったふたりの表情を。
「一緒にいていいというなら……そうね。本音を言うなら、わたしだって一緒にいたい」
ロゼールはパッと明るい笑顔を見せて、うれしそうにシュゼットに抱きついた。リックも笑みをこぼし、安堵の表情で言った。
「ありがとう、シュゼット」
「お礼を言うのはわたしのほうよ。今までずっとひとりだったから、誰かと旅をするのがあんなに心躍るものだとは知らなかったのよ」
「そうだね。僕も、シュゼットと一緒に旅するの、すごく楽しかったよ。また一緒にあちこち旅しよう。いろんな大陸を」
「ふふふ、そのときは私も一緒です!」
ロゼールがシュゼットの胸に顔をうずめながら言った。
「わかったから、いい加減になさいな」
「いやですー! 私は毎日シュゼットさんと寝るんです!」
「人を抱き枕のように……」
「いいじゃないですかー。ちょっぴり情緒不安定なんですよ。年上のお姉さまが優しく抱きしめてくれたら治るかもしれませんー」
ロゼールはシュゼットにひっついて、ぐりぐりと胸に顔を押しつけた。
もうそのぐらいにしないと、とリックはロゼールに声をかける。シュゼットは苦笑いで、ロゼールの頭を撫でた。
故郷にいる、もう何年も会っていない妹と弟のことを思い出していた。
窓からは明るい光が差し込んでいる。そこへ行けば、よく手入れのされた庭が見えるだろう。昔の自分は、窓からながめる景色がとても好きだった。
ずいぶん長いこと、もう見ていない。なんとなく、見るのが汚らわしいような気がしたからだ。
でも、今なら、と彼女はそう思った。(了)
抜けるような青空 笠原久 @m4bkay
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