終章 神話2
「んーと――どこまで話しましたっけ?」
「現場に戻ったところよ。呪言種をリックが仕留めて、逃げて、それからわたしの治療を終えて、巨人の森のほうへ呪言石を回収しに行ったって」
「ああ、はいはい、そうでした」
はにかむようにロゼールは笑った。
「んーとですね、ひとまずシュゼットさんの治療をしながら、これまでの経緯を全部聞いたんです。それで呪言石は回収してないって言うから、じゃー取りに行こうって。ただ、リックがシュゼットさんから目を離すのを嫌がってー」
「だ、だって……容態が急変するかもしれないって思ったから……」
リックは気まずそうに顔をそらした。
「私はベッドに寝かせておいたほうがいいし、心配ならリックはシュゼットさんを見てていいよー、って言ったんですけどね。私をひとりにするのも嫌がっちゃって、もー」
「だ、だって変異種の残党がいたし! またなんかあったらって思うと……!」
「そんなわけで、リックはシュゼットさんを抱っこしたまま現場にとんぼ返りです」
ロゼールはいたずらっぽく笑った。
「ただ、結果的にこれがよかったのは皮肉なんですけどねー。現場で魔女と出会っちゃったんで。シュゼットさんのおかげで助かりましたよ、本当に」
「どういう意味?」
「まず、砦があった場所には七種族が全部そろってまして――」
「空挺手もいたの? 地上の民と魔女だけじゃなくて?」
「そりゃ、あれだけの大魔術ですからね。近場の里に泊まってた空挺手も、そりゃー見物に来ますよ。私が同じ立場でも向かったでしょうからね」
シュゼットは怪訝な顔になった。
「でも変異種がいたってことは仕留め損ねてるんでしょう? 呪言種も、とどめを刺したのはリックみたいだし、そんなにすごい破壊のあとなんてあったのかしら?」
「ええ! だって――! ああ、でも初めてなら……。それはそれですごい……」
驚きの声を上げたあと、ロゼールはぶつぶつと小声でつぶやいた。それから、きりっとした顔つきでシュゼットを見つめながら、ロゼールは言った。
「じゃー、結論だけお話しますね。まずシュゼットさんが使った大魔術の影響で、砦を中心に半径五ウィア(およそ四キロ)ほどが消滅しました。さらに大魔術の衝撃で、砦より五ウィア以上離れた場所にあった森の木々も、全部なぎ払われてます。呪言種が死んで森の大きさが元通りになった影響もあって、実質上、巨人の森は消滅ですね、完璧に。砦を中心に、巨大な隕石でも落下したみたいなことになってますよ」
「……三十七倍増幅なんて生まれて初めてやったけど、とんでもないことになるみたいね」
「はい、とんでもないことになってます!」
きらきらした目でロゼールは語った。
「今でも鮮明に思い出せます……! 本当にすごくて! 私、心の底からびっくりしたんですよ? 魔力の残滓からでもわかる、素晴らしい練り込み! いったん拡散させたうえで収束し、魔力の粒子ひとつひとつを極限まで圧縮! それを一挙に解放することで得たであろう恐るべき爆発力! あんなの初めてです! ああ、それ以前に魔術を使った直後でもないのに、魔力を感じ取れること自体が破格すぎるんですよ! あんな現象、起きるんですねー! 私、初めて知りました!」
「別に意図したものではないわよ?」
単に放った魔力が厖大すぎて残っていただけだろう。
「いえいえ! ただ無作為に魔術を使っただけじゃー、無限の魔力を消費しようがあんな破壊力は出せません! あれは間違いなくシュゼットさんの実力あってこそ!」
「ちょっと、落ち着きなさい……」
ロゼールが鼻息荒く顔を寄せてくるので、シュゼットは手を使って、引き離さねばならなかった。
きょとんとした顔のロゼールだったが、すぐに自分の行動を省みたらしく、ハッとした様子で咳払いをした。
「とにかくですねー、あれは本当にすごいんですよ! そりゃーみんな茫然自失としますよ。特に魔術に詳しい人間や魔女、カペルは衝撃で棒立ちです」
「魔術とか、よくわかんない種族も唖然としてたけどね……」
リックはそのときのことを思い出した様子で腕組みをした。
「当然でしょう。シュゼットさんの大魔術なんだから」
まるで自分の手柄のようにロゼールは誇った。
「要するに、あなたはあれを見てわたしになついたの?」
「そうですよ。だって、同じ魔術師として尊敬せずにはいられませんからね。才能に溺れた愚か者には、絶対に真似できない神業じゃないですか。天稟の才に恵まれたものが、たゆまぬ研鑽と鍛錬を経て、それでもなお向上心を失わずに己を高め続けた結果、ようやくたどり着ける領域でしょう?」
そう言ってから、ロゼールは恥ずかしそうに頬に手を寄せて、
「しかも、それを私のために使ってくれたんですからー、うれしくってたまりません」
「いえ、あれは……」
「ふふっ、わかってますよー」
ロゼールはほほえんだ。
「シュゼットさんは、ただ、あの場で打てる最善手を打っただけなんでしょう? 一番生き残れる確率が高い道を選んだだけで……。でも、それでも、私はやっぱり、うぬぼれたくなっちゃうんですよ。だって、あそこに行ったのは私の呪いを解くためで……そして、私のリックを守るために命がけで戦ってくれたんですから」
ロゼールは穏やかな表情で目を閉じた。
「たとえシュゼットさんが平凡な魔術師だったとしても、リックと一緒にがんばってくれた事実だけで、私の好感度は急上昇です!」
「優れた魔術師だから、余計に好きになったというわけ?」
「しかも美人で胸の大きなお姉さんです!」
「そこ重要なのかしら……」
「超重要です!」
ロゼールはにっこり笑った。
「これで『嫌いになれ』ってほうが無茶ですよー。しかも人見知りのリックがめちゃくちゃ慕ってますからね。性格良し、と証明されたようなものです! 特にリックが、初対面のカペル相手にあそこまで喧嘩腰になったのは初めてですから」
「よくわからないけど、リックのほうから喧嘩を売ったの?」
「いえ、どーですかね」
ロゼールは首をかしげた。
「むこうが悪いといえば悪いんですがー……んーとですね、爆心地に七種族が勢揃いしたというのはお話ししたとおりで――変異種の残党は、七種族が共同で狩ってしまったあとだったんです。なので、私たちが来たときには安全でした。で、呪言石だけが残っていたので、いったい誰が仕留めたんだ、っていう話になってたんですね」
「そこへ、あなたたちがやって来たわけね」
「はい。幸いにも――というべきなのか、クニークルスがリックとシュゼットさんのことを覚えていたんですよ。遺跡に向かった空挺手とフェーレースだって。なので事情を説明したら、わりとあっさり納得されましたね。あと、カニスの人たちから結構謝られたりもしました」
「そういえば、あの森ってカニスがよく狩りに使ってるのよね? もしかして、わたしの魔術に巻き込まれてたりとか――」
「それはなかったみたいですよー。なんでも当時、遺跡のほうが騒がしいので行ってみようぜって話になったそうなんですけどー、途中でシュゼットさんの尋常じゃない魔力を感じ取ったらしくて、『あれ? これやばくね?』って思って、気づいたら全力で逃げてたとかなんとか? 武器とか鎧とか、文字どおり脱ぎ捨てて行ったみたいですよ」
シュゼットは複雑な顔を浮かべた。
「わたしに対する文句とかなしで、謝罪だけ? そもそもなんで謝罪したのかしら?」
「安全を確保したつもりが、全然できていなかったんで申しわけないー、って言ってましたね。あと、言ってくれれば自分たちも呪言種狩りに同行したから、できれば次からは知らせてくれるとありがたい、とも言ってましたよ」
ロゼールはくすくす笑った。
「あの人たち、ぎりぎりで巻き込まれずに済んだみたいなんですけど、衝撃でかなり吹っ飛ばされたらしくって、終始苦笑いでしたね」
「……あとで、謝りに行ったほうがいいかしら」
正直、あのときは必死だったので、ひょっとしたら誰かを巻き添えにしてしまうかも――などと考える余裕はまったくなかった。完全に失念していたのだ。
「謝るかどうかはともかく、元気になったら顔を見せてほしい、と伝言を頼まれてるんですよね、実は。別に責めるつもりもないみたいですし、私は一度顔を出してみてもいいと思いますよ?」
一緒に行きましょうよシュゼットさーん、とロゼールは甘えるように頭をこすりつけた。
「まぁ気が向いたらね」
ロゼールを引き剥がそうとしつつ、
「それで、結局どうなったのかしら? 魔女もいたんでしょう?」
「あ、はい。んーとですねー、とりあえず巨人の森を吹っ飛ばしたのがシュゼットさんだとわかると、カペルの人がむせび泣いて感動しちゃいまして。いえ、私も気持ちはわかるんですけどね! 魔術師からすれば、天地がひっくり返るような衝撃ですから! で、『ぜひお手を!』とか言ってシュゼットさんにさわろうとして、リックがめっちゃくちゃ怒って『フーッ!』って」
ロゼールは自分の頭に手をやって、猫耳を作ってみせた。
「で、なぜか緊迫した空気になっちゃって、危うく決闘に発展しそうな雰囲気でしたよー。まーそれも、魔女が私たちを捕らえようとしたせいで、すーぐに消えちゃいましたけどね」
「問答無用で襲いかかってきた……ってわけじゃなさそうね? 少なくともあなたたちの話を最初から最後まで聞いてはいたんでしょう?」
「一応は。ただ、やっぱり捕まえようとして不意打ちしてきたんですよねー。ちょうどリックがカペルの人と一触即発! みたいなときに」
ロゼールは両手を猫のように丸めて、威嚇する様子を見せた。
「リックの意識がカペルに向いているときが好機! って思ったんでしょうねー。迷いなく仕掛けてきました。カニスやフェーレースの人が普通に防いでくれましたけど」
「助けてくれたの?」
「シュゼットさんのおかげですよー、シュゼットさんのお・か・げ!」
ロゼールは強調して言った。
「おまけに不意打ちでしたからねー。偉大な魔術師の仲間に何をする気だ、って本気で怒ってくれました。魔女が『その子は罪人の娘だ!』って言っても全然退きませんでした。『罪人の子というだけで騙し討ちか?』って、むしろフェーレースやカニスにとっては火に油を注ぐような発言だったみたいですけど」
「罪人の娘……ね」
シュゼットは吐息混じりにたずねた。
「本当に、二代続けて罪を犯したから、という理由だけで追われてるの?」
「そういえば、その件について説明するのを報酬にしてたんでしたっけ?」
ロゼールは寝返りを打つようにくるりと回転してリックを見た。
「宝石を渡すのは決まってて、本当のことを話すかどうかは……」
「んーと……別に話しちゃっていいんじゃないかなー? 突拍子もないから私も正直、半信半疑ではあるし……。むしろシュゼットさんの見解を聞きたいなーって」
ロゼールはまた寝返りを打つように回転してシュゼットにひっついた。
「というわけで、聞いてください!」
「……かまわないけれど、手短にね」
正直、その件についてはそこまで興味があるわけでもないのだが。
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