エピローグ



 「・・・・・菅原君、寝てるの?」

 突然呼ばれて、俺ははっと目を開けた。


 綾子は、いつの間にか教科書の朗読を止め、腰に手なんかあてて、咎めるような目を俺に向けていた。

 俺は苦い表情を作り、ポリポリと頭を掻いた。


 まさか、俺が綾子の授業で寝るもんか。そんな事すりゃ、後でまた背中に痣が出来ちまう。

 「寝てねぇよ、そのっ、ちょっと考え事を・・・・・」

 何時も通り言葉を返しそうになって、慌てて口の中でもごもごと誤摩化す。


 綾子は、新任の教師なんだ、なるべくトラブルを避けるようにしてやらなきゃならねぇ。

 もし、俺と仲良くしてるとこなんか見られちまったら、あらぬ噂を立てられかねない。

 綾子は鈍いから、そういうのは俺が気を付けてやらないといけねぇんだ。


 でも綾子は、俺の気持ちなんか知らぬ顔。

 「あら、菅原君は、授業中に考え事をするの?」

 綾子が言った途端、クラスの奴らが笑った。

 ちぇ、俺の気も知らねぇで、本当に綾子は呑気だよな。

 そんで、何も知らねぇくせに、説教するんだよな。


 最近綾子は、俺が何かする度に説教しにやって来る。

 どうにも逃げ場が無いと知った俺は、諦めて取りあえず謝っておく事にした。


 まあいいさ、綾子の事だから、どうせ説教は他の話しに脱線しちまうだろうし。俺としては、少しでも長い時間、綾子といられるだけでいいんだ。


 なあ、綾子、俺はちょっとくらい期待していいか?

 綾子は、俺を弟から解放してくれたらしい。それって、俺達がお互いに水平線上に立ったって、思っていいんだろうか?


 何時か綾子が俺を好きになって、俺を必要としてくれる日が来るかもしれない。

 そんな期待を持っていいんだろうか?


 そうさ、まだ先は長い。


 俺と綾子の六年間を、ぶち壊せる野郎なんて、そうそういやしないだろう。

 ・・・・・綾子だって、そう思うだろ?


 俺と綾子の本当の物語は、これから始まるのかもしれじゃないか。

 

 未来には、まだ大きな可能性がある。

 それを、ちょっとばかり期待したくなった。

 

 綾子は、俺を叱った後、また朗読を始めた。俺は、好きな女の声を聞きながら、そんな未来に思いを馳せ続けた。



                  END

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年の差ぶんのプロローグ しょうりん @shyorin

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