第27話 幼馴染とこれから

「テア!」 

 モルスが大急ぎで私のところへ駆けてくる。

「あ、モルス。昨日は――」

 話しかけたところで、モルスが走ってきた勢いのまま、いきなり私を抱きしめたので、驚いて私は硬直した。


「どこ行ってたんだよ! 意味深な鼠だけ送ってきてさ」

「ちょ、モルス――」

 焦ってモルスを押し返そうとするが、彼はびくともしない。

「ちょっと!」

 思い切りモルスの脛を蹴飛ばすと、彼もさすがに「いてっ」とうめいて、腕の力を緩めた。


 私はぱっとモルスから距離を置いて、胸を押さえた。モルスの思いがけない行動に、胸がドキドキしている。頬に熱がのぼるのを感じる。

「いきなり、何するのよ!」

 私がモルスを睨んで問いただすと、モルスも負けじと言い返してくる。

「それはこっちの台詞だよ! いきなり失踪しやがって」

「失踪って、一日留守にしただけじゃない」

「根が真面目なお前が、一日だけでも、店を放置するはずがないだろ。何かあったに違いないと、心配したんだぞ」

「う……」

 さすが幼馴染、その指摘には私も言葉に詰まる。

 そう、確かに、両親も不在の今、きちんと店を預からないと、という気持ちが強かったのは本当だ。


「『トーナ様のところへ行っていた』と鼠が来ていたが、ご本人に聞くと、とっくに帰ったというし。おまけに、謎の夜光石だろ。トーナ様も、心配されていた」

「……ごめん」

 そこまで言われて、私はしゅんと謝った。

 だけど、他にどうすればいいかわからなかったのだ。

 まれびとのことを、他の人に言うわけにもいかなかったし、かと言って、返事をしなければ、それはそれで、不安を与えただろうし……。


「まあ、無事に帰ってきて、よかったけどな」

 モルスはぽんと私の頭をなでて、穏やかな声で言った。

 彼はいつでもやさしい。

 時には冷たくあしらってしまうこともあるのに、全然、めげない。

「……モルスって、ほんとすごいよね」

「なんだよ、急に」

「私なんて、こんなやつなのに」

 みんなに隠し事をしているし。モルスにはひどい態度だし。

 私がうつむいて、ぽつりつぶやくと、モルスは苦笑した。

「俺は、あきらめが悪いだけだよ」

「……たしかに」

 思わず同意すると「こらこら、誰のせいだ」とモルスは軽く私の頭を小突いた。

 くすっと笑うと、モルスも力が抜けた笑みを見せる。

「疲れているだろうし、今日は早く休みな」

「……うん。ありがとう」


 私たちが話していると、白猫のウメが外に出てきて、「あおーん」と鳴いた。

 モルスはいつも通り、しゃがみ込んでウメのあごを撫でる。

 その横顔に、私は言葉をかけた。

「あのさ、モルス」

「ん?」

「私だって、モルスのこと、嫌いじゃないんだよ」

 それだけ言うのにも、勇気がいった。

 唐突だったからか、モルスは目を瞬かせて、私を見上げた。

「ただちょっと、時間がかかりそうなの」


 最近私は、うっすらと気づいていた。

 モルスが近づいてくるときに感じる不安と怖れは、きっと過去の経験からきていると。これはもしかしたら、今の感情ではなくて、「前世の感情」なんだと。

 ただ、私がそれを忘れてしまっているから、いつまでたっても消えず、こびりついてる。

 今までは、その原因がどこにあるのかわからなかったけれど、今回の山の人とまれびとの事件で、少しずつ記憶が戻るにつれて、靄のようなものに隠されていた、過去の経験と感情が、おぼろげながら姿を見せはじめていた。


「そうか、わかった」

 モルスは神妙な顔でうなずいて、それ以上は何も聞かなかった。

 意味のわからないこともたくさんあるだろうに、放っといてくれるのも、彼のやさしさだ。


 さ、帰るか、とモルスは膝に手をついて立ち上がった。

「また明日」  

 彼はひらひらと手を振った。

 私も「またね」と手を振り返す。


「どこに行っていたか、何があったか、あいつ、結局聞かなかったな……」

 モルスの背中を見送って、私はぽつりとつぶやく。

「ちゃんと、自分に向き合わないとな」

 自分のためにも、モルスのためにも。

 色々な人と話をしてきた経験から、過去に未消化な感情が残っていると、いつまでも引きずるということは、よくわかっていた。

 前世のこと、ニホンのこと、まれびとのこと。

 これから少しずつ、知って、向き合っていこう。


 私は白猫のウメを抱き上げると、薬草の匂いがただよう店の中へ戻っていった。

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