第26話 告白と秘密

 話を終えて、私たちは警備兵の駐屯所を後にした。 

 ミズキは、所定の手続きをした後に、釈放されるだろう、とのことだった。 


「家まで送っていくわ」

 トーナがそう言ってくれて、私とトーナは馬車に乗り込んだ。

 すでに夕方で、交通量が多いせいか、馬車はなかなか進まない。

 その中で、私はなんとなく気まずい空気を感じながら座っていた。


「テア、さっきの話だけど」

 しばらく黙っていたトーナが、私の目を見て口を開いた。

 何を聞かれるか察して、私はすっと視線をそらす。

「あなたは確か、生まれも育ちもこの街だったように思ったけれど。お店も、先代からずっと同じ場所にある、老舗ですし」

「……うん。そうだね」

「『同郷の人』って、どういう意味?」

「それは……」

 警備兵は騙されても、小さいころからの友達であるトーナは、騙せないようだ。

 私が黙りこくっていると、トーナはふう、とため息をついた。

「テアは嘘をつくタイプじゃないから、何か意味はあるんだろうと思うけれど」

「嘘では、ないよ」

 私は、本当のことを告げるのをためらった。信じがたい話なのは、私自身もよく理解していたから。


 だけど、黙り続けることもできなくて、私は意を決して、口を開いた。


「私ね……前世の記憶があるの」


 そして、山の人の言葉が、前世暮らしていた国の言葉と似ていること、山の人の集落に、私が前世で暮らしていた国から来た人がいたことを、説明した。

 さすがにそれが「異世界」だとは言えなかったけれど……それでも、今の私に話せると思えることは、すべて話した。

 トーナは途中さえぎることもなく、最後まで話を聞いてくれた。


 私が話し終えても、しばらくトーナは何も言わなかった。

 馬車が石畳の通りを走る、ガラガラと言う音が、やけに耳についた。

 やがて、トーナは馬車の窓から外を眺めて、つぶやいた。

「まあ、にわかには信じがたい話だけど……信じることにするわ」

 それから、トーナは私の方を振り返って言った。

「実はね、過去の文献では、そうした『前世』の記憶がある人の記録があるのよ。それを読んだときは、眉唾だと思ったけれど、まさかこんな身近に、その人がいるなんてね」

「そうなんだ……」

 過去には、私と同じような人がいた。

 それを聞いて、私はなんだかほっとするのを感じた。自分だけが異常なんだろうかと、思っていたから。


「だけど、それは他の人に言ってはダメよ」

 トーナが指を口元にあてて、言った。

「噂になったら、きっと王都の研究者が、大喜びで調査にやってくるわ」

「えっ、それは困る」

 やっぱり秘密にしておこう――少なくとも、街の普通の人たちには。

 私は心にそう誓った。


 やがて馬車が店の前に着いた。

「トーナ、ありがとう」

「ううん。何はともあれ、テアが無事でよかった」

 トーナの馬車が去っていくのを見送ってから、私は昨日から閉めっぱなしにしてしまった店の入り口を開けた。

 待ち構えていたように、白猫が外に出てきて「あおーん」といつにもまして、大きな声で鳴いた。

 一晩中私が帰らなかったから、心配してくれたのかな。

「ウメ、ただいま」

 私がウメの背をなでると、ウメは目を細めて私の手に頭をすりつけてくる。

 

 ひとしきり猫と遊んだ後、私は会計台の前に座って、自分の鼠を呼んだ。

 灰色の鼠が姿を現して、台の上によじ登って私の前にちょこんと座る。

「マメちゃん、お仕事お願いね」

 私は短い手紙を書いた。

 そして、鼠に託す。


「もう店じまいかしら?」

 入口のほうから声がして、振り返ると、前に一度旦那さんのために薬を買いにきた女性が、店の中をのぞいている。 

 私は急いで立ち上がって、お客さんの応対に向かった。

「何かご入り用ですか?」

「前にもらった胃薬を」

「わかりました」

 私はバタバタと、薬の用意にとりかかる。

 手を動かしている私に、女性が遠慮なく話しかけてくる。

「聞いてほしいんだけど、うちの旦那が……」

 お客さんの話を聞かされるのも、いつも通り。


 まるで、この一日のできごとが夢だったように、いきなり現実に引き戻されて、私はむしろほっとしていた。



 日が暮れて、私はもう今日は店じまいにしようと、表の鎧戸を閉めていると、誰かの呼び声が聞こえた。

「テア!」 

 振り返るまでもなく、誰かわかる、聞きなれた声。

 視線をやると、モルスが通りをこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

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