第25話 弁明

 罪を犯した疑いで捕まった人が一時的に収容される施設は、敷地内の一番奥にあった。ちなみに、罪が確定した罪人や、特に凶悪な事件の場合は、別の場所にある監獄へ送られるらしい。


 私たちは建物の中の小部屋に案内された。

 一方の壁に格子のついた小窓があって、隣接した部屋の人と会話できるようになっている。


「こんなむさいところに、トーナ様をご案内するのも恐縮ですが」

と警備兵はしきりに謝っていたが、トーナは「いいのよ、私が無理を言ってきたのだから」と鷹揚に許していた。

 こういうときに、私はトーナが地位の高い人であることを思い知る。


 粗末な椅子がいくつかあって、私とトーナが座って待っていると、やがてミズキがふたりの警備兵に連れてこられて、隣の部屋に姿を現した。

 縄で拘束されている姿を想像していたが、手足は自由であるのを見て、ほっとする。ミズキは私たちの姿を見て、驚いたような顔をしてた。


「……どうしてここに」

 ミズキが低い声でたずねる。

「だって……こんなことに、なるなんて」

「……運が悪かったな。外から見れば、悪事を働いたと言われても、仕方ないだろう」

 ミズキは思いのほか冷静に、そう言った。

「だが、テアを集落に連れて行ったことは、間違いではなかったと思っている」

 山の人にとって「神の使い」であるまれびとの命令だったから?

 

 私自身、山の人やまれびとのことは……いずれ知るべきことだった、と感じていた。だけど、それでミズキが罪に問われてしまうなんて。

 どうすればいいのだろう。


「『まれびと』のことを、話すわけには、いかないよね」

 とっさにニホン語で、そうたずねた。

 ミズキはぴくりと眉を動かして、頭を振った。


「もうひとりの男の人は?」

「あれは……俺の兄貴だ。山の中にいれば、捕まることはないだろう」

「それで、ミズキがひとりで、罪をかぶる気なの?」

「……それが一番早いだろう」

 なんでそんなに、淡々と状況を受け入れているのだろう。

 私には彼の心情がよくわからなかった。


 横で聞いていた警備兵が困ったように、口を挟んだ。

「何語か知らないが……共通語で話してもらっていいですかね」

「すみません」


 私はしばらくうつむいて、考えていた。

 この場で私ができることは、なんだろう。

 迷いもあったが、すぐに心を決める。

 やっぱり、話せる限りのことを、説明するしかない。


「あの、聞いてください」

 私は警備兵と、トーナの顔を交互に見て言った。

「彼が私を連れて行ったのは、私に会いたがっている人が、いたからなんです」

「おい、テア……」

 ミズキが口を挟みかけたが、私は手をあげてそれを押しとどめた。

「その人は……私と、とても縁の深い人でした。私も、その人に会えてよかった。だから、彼を恨んだり、罪に問われたりしてほしいとは、思っていません」

「だが、それなら、もっと穏便に同行をお願いすればよかったことでは?」

 警備兵のしごくもっともな指摘。

「それは……『会いたい』と言っている人が、彼らにとってすごく力のある人だったから、仕方なかったんだと思います。急に山の人の集落に来て、と言われたら、私も断ったかもしれませんし……」

「ふむ。筋が通っているような、いないような感じですな」

 警備兵は困ったように、私とミズキの間で視線を行ったり来たりさせている。

「それで、その『縁の深い人』とは?」

「古い……同郷の人です」

「君は、他の地域の出身なのかね?」

「……そうなんです。誰にも言っていなかったんですけど」

 事実は少し違ったが、私はそういうことにした。

 だって、それも間違いではないよね?

 前世が――異世界の生まれだっていうのは、本当のことだから。


 ちらりとトーナを見ると、驚いたような顔をしていた。前世のことは、トーナにも話していなかったから。

 それでも、トーナは何も口を挟まなかった。


「なるほどね。まあ、君は山の人の言葉も話せるようだし、嘘ではなさそうだな」

 警備兵はあごに手をあてて、考え込んでいる。

「被害者本人がここまで言っていることだし、上の者にも、その旨伝えるようにしよう。考慮はされるだろう」

「……私からも、今回のことは、穏便に済ませるよう、お願いするわ」

 トーナが静かにそう、口を挟んだ。

「トーナ……」

「大事な友人の、願いですもの。それに、テアは嘘をつくような子じゃないわ」

 トーナは私に向かって、にっこり笑ってみせた。

「承知しました。トーナ様のお言葉もあれば、問題ないでしょう」


 警備兵はうなずいて、そう確約してくれた。

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