第24話 事情聴取

 トーナと話した後、警備兵が再び部屋にやってきて、事情聴取をされた。

 特に、街で攫われたときの様子は詳しく質問された。


「ふたりの男に攫われた、ということですな」

「……はい」

「目撃情報でも、男がふたりいたと聞いているし、それとも合致しますな」


 ひと通りの聞き取りが終わった後、私は思い切って、警備兵にたずねた。

「あの……ミズキを――あの山の人を、どうされるつもりですか?」

「まあ、通常であれば、実刑に処されるだろうな。被害者が無傷ですぐに戻されたことを考えると、懲役半年といったところだろう」

「半年……」

 私はすっと息を引いた。

 懲役の判決を受けた罪人が従事させられる強制労働は、治水用の水路の建造か、道路工事か、とにかく、重く辛いことで有名だ。労働中の事故で亡くなる人もいると聞く。


「あの、なんとか、許していただくことは、できませんか」

 私がそう訴えると、警備兵はくいっと眉をあげた。

「被害者のあなたがそう言うとは、不思議な話ですね。彼は、異民族の人間ですよ? 我々とは、考えも文化も異なる。何を考えているか、わかったものではない」

 異民族、というあからさまな言い方に、私は顔をしかめた。

「最初、無理やり山の人の集落に連れていかれたのは、本当です。だけど、それには深い事情があって……」

「事情とは?」

「それは……」

 私は言葉に詰まって、黙り込んでしまった。

 警備兵は困ったように私を見ていたが、ふう、と息をついた。

「彼自身は、罪を認めています」

「そんな……」

「ただ、困ったことに、もうひとりの実行犯の名前や所在を明かそうとはしない。あくまでも、自分が主犯だと」

 きっと彼は、仲間を守ろうとしているのだろう。

 反抗せずに罪を受け入れたほうが、ことが丸くおさまると思っているのかもしれない。

 主犯だなんて。彼だって、サカキに言われてやっただけなのに。


「あの、私も彼と話をすることは、できますか?」

 私はダメで元々、そうお願いしてみた。

 警備兵は困ったように頭をかき、トーナの方を見る。

 黙って私たちのやり取りを聞いていたトーナは、うなずいた。

「テアの好きにさせてあげて」

「……承知しました」

 領主の姪にそう言われて、警備兵もそれ以上は反対せずに了承した。

「トーナ――ありがとう」

「何か話せない事情が、あるみたいだから。その代わり、私も一緒に行くわ」



 トーナの馬車で向かった先は、背の高い塀で囲まれた、いかつい石造りの建物だ。警備兵が駐屯している場所であり、捕まった人間を一時的に拘留したり、尋問したりもしているらしい。

 門の前には、衛兵が二人立っており、トーナが現れたのを見て、驚いたような顔をしてたが、警備兵が短い言葉で説明すると、敬礼して私たちを中に通した。

 敷地の中に入ると、あちこちに警備兵が行き来していて、そのぴりっとした雰囲気に私は緊張して背筋を伸ばした。


 前庭を通って建物に向かっているときに、庭の奥の方から、ガン、ゴンと何かを叩きつけるような激しい音が聞こえてきた。

「あの音は何?」

 トーナがたずねると、警備兵が振り返って答えた。

「例の山の人の黒馬ですよ。一時的に、ここの厩に収容したんだが、まあ気が荒くて手が付けられない。角を焼いてないから、下手に近づくと危ないし、困ったものですよ」

 あんな生き物を手なづけるなんて、さすが山の人だ、と警備兵は半ば呆れ、半ば褒めるように言った。

「見に行かせてください」

「いいですが、近づかない方がいいですよ」

 私のお願いに、警備兵は庭の奥の厩舎のほうへ案内してくれた。


 そこには木造の馬房が並んでいて、赤馬や一部は黒馬がそこで飼われているようだった。

 そこの一角から、ガン、とまた激しい音が聞こえる。

 近づいていくと、クロが後足で馬房の壁を蹴ったり、立ち上がって暴れているのが目に入った。

 水を取り替えようとしている世話係が、近づけずに困っている。


「クロ」

 私が呼びかけながら近づくと、黒馬は威嚇するように足踏みをして、私をにらみつけた。私は少し考えてから、ニホン語で話しかけた。ワ語と同じ響きだから、馬にも通じるかもしれない、と思ったのだ。


「落ち着いて。すぐにおうちに帰れるから」

 黒馬が耳をぴくぴくと動かし、横目で私を見ている。

「ほら、だいじょうぶ」

「お嬢さん、何を――」

 警備兵が注意したが、私は気にせず近づいて、馬に向かって手を差し出した。

 黒馬は警戒したようにしつつも、鼻先を私の手に寄せて、匂いをかいだ。

 そっとその鼻面をなでると、クロは反抗せずに大人しくしている。

「かしこいね。私のこと、覚えてるんだね」

「驚いた、馬が大人しくなった……」

 警備兵が目を見開いている。

「テア、あなた……何を話しているの?」

 トーナも驚いたように私を見ている。


 ワ語——もとい、ニホン語を話せる自分。

 私は改めて、その言葉が自分によく馴染むことを、感じていた。

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