第23話 言えない事情

 警備兵は街に着くと、トーナの屋敷に直行した。

 立派なお屋敷の鉄門の前で馬からおろされ、そのまま中へ連行される。

 馴染みの執事が心配げな顔で私たちを出迎えて、お屋敷の中の一室に通された。


 私を連れてきた警備兵は、ぴしっと私に向かって頭を下げた。

「お嬢さん。誘拐事件となると事情聴取なども必要ですので、しばらくここでお休みください」

「……わかりました」

 普段、友達付き合いをしていると忘れがちだが、トーナは領主の姪だ。

 彼女が願えば、街の大概の人は動く。それで、警備兵も素早い対応をしたのだろう。それが理解できるから、私も大人しく従うより他なかった。

 

 

 警備兵が出ていって、ぱたんと扉が閉まり、私はひとり、部屋の中に残された。

 外の気配が消えたのを確かめてから、扉の取っ手を回してみたが、外から鍵がかかっているようで、扉は開かなかった。

「誘拐事件なんて……」

 いや、はたから見れば、それ以外のなにものでもないだろう。

 実際、昨日の時点では、私もかなり怖い思いをしたのだし。

 だけど今は、ミズキやもう一人の男の人、あるいはその指示をしたサカキが罰せられればいい、と単純には思えなかった。


「ミズキ、大丈夫かな……」

 警備兵に逮捕されて、彼はどうなってしまうのだろうか。

 牢屋に入れられる? 何か刑罰を受ける?

 考えれば考えるほど、不安が大きくなってくる。

「どうすればいいんだろう」

 私は必死で考えたが、今のこの状況では、どうすることもできなさそうだった。 


 待つしかない、と結論付けて、私はぐるぐると考えるのを止めた。

 少し落ち着こうと、部屋の中を見回す。

 ここは客室のようで、小さいながら、テーブルと椅子に寝台が備え付けられ、隣の小部屋には手洗い場までついていた。

 窓から外を見ると、明るい中庭が見下ろせた。

 今日もお天気がよくて、庭師が花壇の花や庭木の世話をしているのが見える。


 私は窓際の椅子に腰をおろした。

 とたんに、どっと疲れが出るようだった。

 昨日、このお屋敷でトーナの話を聞いていたのが、遠い昔のようだ。

 私は椅子の背もたれに体をあずけ、目を閉じた。

 

 まぶたの裏に浮かぶのは、山の人の集落の光景。囲炉裏の炎と煙の匂い。

 そして、「まれびと」のこと……。

 私は「ニホン」と呼ばれる異世界のことを思い出していた。

 あちらの言葉に触れ、あちらの物を目にしたせいか、少しずつ記憶がよみがえってきている気がする。



 きれいに整備された黒っぽい道路。

 馬もいないのにすごい速さで走る鉄の車。

 空に向かって高くそびえる建物の中に、私は当たり前のように入っていく。

 狭い小部屋に入ると、部屋は高く上昇し、上の方の階に着く。

 鼠ではなく、見えない電波に乗って、言伝メッセージが手元の小さな機械に届く。

『どうして、返事をくれないんですか』

 まただ、と私は眉をひそめる。

 不安と怖れが胃の奥に沈む。



「テア、眠っているの?」

 側で声が聞こえて、私はびくりとした。

 意識が浮上していくような感覚。

 目を開くと、トーナが心配げに私の顔をのぞき込んでいた。

「トーナ……」

 どうやら、いつの間にか眠ってしまって、夢を見ていたらしい。

 私は重い頭を振って、なんとか今の状況に意識を戻そうとした。


「テア、無事でよかった。今朝早く、モルスが来て、テアが消えたって知らせてくれたの――この石を持って」

 そう言ってトーナが手のひらにのせて差し出したのは、夜光石。昼の明るい光の元ではただの白い石だが、夜になると赤く光る。ミズキにもらったのものだ。


「ちょうど、うちの近く路地で、若い女性が攫われるのを、目撃した人がいたのよ。目撃者の証言を聞くと、攫われた女性の背格好が、あまりにテアに似ていて。おまけにこの石でしょ。きっと、山の人がらみで、何かあったんだって、ピンときたのよ」

 トーナの言葉に、私はうなだれた。

 こういうときの鋭さは、さすが領主の姪だ。幼いころから、様々な人の思惑や政治的な動きを肌に感じて育ってきたからだろう。

 昨夜の時点では、山の人のことも、まれびとのことも、何もわかっていなかったとはいえ……夜光石をモルスに送ったのが、あだになってしまった。


「トーナ、聞いてちょうだい。確かに、私は山の人の集落に連れていかれたんだけど……危険なことは何もなかったし、こうして無事に、家まで帰してもらったから。だから、あまり事を荒立てないでほしいの」

 私が必死になって説明すると、トーナはふうとため息をついて、私の向かいに腰を下ろした。

「あのね。心配したのよ。私も……モルスも」

「……ごめん」

「鼠を送ることができたなら、どうして詳しい事情を知らせなかったの?」

「だって……心配させたくなかったから」

 私の弁解に、トーナは仕方なさそうに肩をすくめた。

「馬鹿ね。それで、余計に心配になったわ。あなたの身に何かあったらどうしようと思って、警備兵にも捜索願を出してしまった」

「そうだよね……ごめん」

 私はただただ、謝った。


 本当は、すべての事情を説明してしまいたかった。

 まれびとのこと。

 私の前世と、山の人のつながり。


 だけど、言っても信じてもらえる気がしなくて、私は真実を口にする勇気がなかった。

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