第14話

 昭から借りた自転車を左手で押し、右手で弓子の小さな左手を握りながらの、火葬場からの帰り道。

 昭たちには既に弓子が見つかったことを連絡し、親にも相当怒られたが、弓子が無事だったことを皆喜んでくれた。それはいいのだが……。

「じゃあ、お前が火葬場にいたのは、死のうと思ったからじゃなくて、たまたま道に迷ってあそこに辿り着いたってことなのか?」

「だから、さっきからそーいってるじゃん!」

 そう。冷静に考えれば、火葬場で俺と弓子がああいう形で会うのはおかしい。

 先に火葬場へ向かったはずの弓子が、俺よりも遅れて到着するなんてことがあるわけがない。ひょっとして、火葬場に着いたものの、決心が鈍り、中に入れなかったのでは? と思い聞いてみたのだが……。

 まさか、学校から家に帰ろうとして道に迷い、偶然火葬場にあのタイミングで現れただけだったとは。

 弓子が不貞腐れたように、唇を尖らせる。

「でも、ぎーちゃんが悪いんだからねっ! わたしのこと、幼馴染として好きなんて言うから」

「いや、それは俺が悪かったけど。でも、家に帰ろうとして火葬場に着くって、一体どうやったら出来んだよ」

「わかんないよーそんなのー。大体、ぎーちゃんもわたしがほーこー音痴だって、知ってるでしょー」

「……まぁ、それは知ってるけどよ」

 だからって、そこまで予想出来るかっ!

「それに、さっき言ったじゃん。もう、何処にもいかないって。ぎーちゃんのそばから、離れないって。だから、死のうだなんてわたし、思ってないし、思わないよ……」

「……そうだな」

 俺は、弓子との関係が壊れるのを恐れていた。今のままでもいいと思っていた。そのくせ、このままの関係でいることを恐れていた。でも、それは俺の一方的な感情だ。

 弓子は俺とより強い関係を求めた。俺が恐れている間に、あいつは一歩、俺に近づこうとした。だから、壊れた。壊れかけた。

 俺が何もしなくても、弓子は死ぬつもりはなかった。でも、俺は弓子を探して、あいつとの距離を縮める一歩を踏み出せて、よかったと思う。

 人との距離は、難しい。自分一人だけに閉じたものではないから。相手が何を考えているのか完全に理解することが出来ないから。自分が良かれと思って行動しても相手には嫌がられたり、相手の好意を自分が素直に受け入れる事が出来なかったりする。嫌な思いをすることもある。でも、嫌なことばかりではないはずだ。

 弓子との関係だって、そうなのだろう。

 これから先、喧嘩をしたり、すれ違うこともあるはずだ。でも、仲直りをしたり、奇跡のように互いの想いが通じることだってあるはずだ。

 だから、苦しいことも、辛いことも、楽しいことも、嬉しいことも、全部ひっくるめて、弓子とより強い関係になろうと、そしてずっと一緒に生きていこうと、俺はそう決めた。

 決意表明をするように、俺は右手に少しだけ力を込める。弓子が不思議そうな顔をして、俺を見上げた。

「なーに? ぎーちゃん」

「何でもねぇよ」

「変なぎーちゃん」

 夏の夜。月光の下で虫たちが気ままに鳴く中、弓子は嬉しそうに、俺を見て笑っている。

 きっと、俺の決意は弓子に伝わっていないだろう。

 それでもいいと、俺は思った。

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隣のゾンビちゃん メグリくくる @megurikukuru

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