第13話

 今、聞こえるはずのない声が聞こえた。いや、これは幻聴だ。俺が自分自身を騙すために生み出した、偽りだ。

 そう、思っているのに。

 俺の顔は、どうしようもなくゆっくりと後ろに振り向いて。涙は自然と止まっていて。

「どうしたの?」

 そこに、弓子がいた。信じられない。だから、もう一度名前を読んだ。

「ゆ、みこ……」

「ぎーちゃん、泣いて、たの?」

 そう言って、弓子は俺に抱きついた。小さな体を目一杯使い、すがるように、俺の首に手を回す。

 温かいと、そう思った。微かに香る弓子の匂いに、俺は心底安心した。

 あぁ、弓子だ。弓子がいる。弓子が、生きてくれている。

 弓子を抱きしめようとしたその時、俺の頬に、一粒の雨が降ってきた。

「ごめん、ね」

 弓子が、泣いていた。

「ごめんね、ぎーちゃん。わたしが、わたしが悪いんだよね」

 何故だ? 弓子が悪いんじゃない。弓子が謝る必要なんて何処にもない。

 そう、言おうとした。でも、

「だから、わたしが死んだ時みたいに。ぎーちゃん、泣いてたんだよね」

「お前、あの時のことを……」

 弓子は、見ていたのだ。トラックに引かれ、体がバラバラになっても。生首だけになっても、あの時泣いていた、俺の姿を。

 弓子がいなくなってしまうのを俺が恐れるように、俺が泣いてしまうのを弓子は恐れていた。

 だって、思い出してしまうから。

 復帰転生法なんて関係なく、目の前で大切な人の命が散ってしまう、散ってしまったことで大切な人が慟哭を上げる、二人がもう二度と会えなくなると確信してしまった、あの時のことを。

「泣いちゃ嫌だよぎーちゃん! わたし、もう何処にも逝かないから! 勝手にぎーちゃんの前から、いなくならないから! 幼馴染のままでもいいから! だから、だから泣かないでよぎーちゃんっ!」

 俺は今度こそ、弓子を抱きしめた。優しくだなんて、とても出来ない。自分と弓子の体を一つにするように、俺は弓子を激しく抱きしめた。

「大丈夫だ、弓子」

「ぎぃぢゃぁあん!」

「お前がいてくれるなら、俺はもう、泣かないから!」

「ぎーぢゃんが泣いでも、わだじ、ぞばにいるがら!」

 より激しく泣き始めた弓子を、俺は更に強く抱きしめた。何処にあるかもわからない、生きてる俺と死んでる弓子の魂を、一つにするように。

「弓子」

「ぎぃぢゃん」

「俺は、お前のことが好きだ」

「わだじの方が、もっどずぎぃ。ぎぃぢゃん、だいずぎぃいぃ!」

 泥だらけの俺と、涙で顔をぐしゃぐしゃにした弓子の不格好な抱擁は、もう暫くの間、解けることはなかった。

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