『世界を終わらせることが出来ない女』

小田舵木

『世界を終わらせることが出来ない女』

 自由意志などないのかも知れない。

 私達は環境と体の奴隷なのかもしれない。

 なんと言っても私達の行動は―意識する前に始まっているのだから。

 思った時には何をするか決めてしまっているのだ。

 ただ、私は与えられたモノを解釈し実行するだけの機械なのかも知れない。

 

 別にそれでいいじゃん?

 ここに逃げたい思いはあれはすれど。

 考えるのを止めてしまったら、そこでオシマイで。

 何故、私の手にドゥームズデイ・デバイス終末装置の起動スイッチが握られているのか。

 こんな矮小わいしょうな私に握らせるものでもないと思うんだけど。

 私はさっきから揺らいでいる。

 コイツを押して―宇宙原理うちゅうげんりの奇跡のすえに成った知的生命体を無に帰すか?はたまた生き残らせてしまうのか?

 

 世界の命運は人知れず、私の手の中に収まってしまい。

 地球の形をしたガラス玉を私は握り。

 それを握りつぶすか否かを決めかねている。

 

                    ◆

 

 何故、私の手にそんな代物シロモノが握られているか?

 簡単な話だ。

 私の父がだ。

 個人で発明はつめい出来る終末装置ドゥームズデイ・デバイスなんぞたかが知れてる―貴方はそう思うかも知れないけど。

 生命のエネルギーの産出の基礎であるミトコンドリアの機能を選択的にノックダウンするウイルスを私の父は生み出し。そいつにたちの悪い感染能力を付け足した。

 コイツが拡散されれば。ミトコンドリアを使って活動する動物達は死に絶える。植物達は別にして。

 

 私の父はかねがね言っていたのだ。

 彼はヒューマニズム人間至上主義辟易へきえきした人間で。自分以外の存在が許せない人間で。

 その許せなさは人類という存在そのものに至ったらしく。

 

「お父さんは独善的だよね?」ある日、こうなじってみたことがある。

「そういうお前は独善的じゃないのかい?」彼はそう問い返し。

「少なくとも、貴方あなたみたいに世界を巻き込んだ自殺をしようとは思わない」

「俺の世界は―俺で完結している」

「要するに独我論どくがろん。嫌われた人間の成れのはて

「まったくだ。ただ。お前は本当に?」

「いや。まったく。どうせ死んだ後はどうしようもない」

「だろう?ならば、だ。俺が宇宙を巻き込んだ自殺をしたからって何になる?」

「少なくとも私は迷惑こうむるね」

些細ささいな犠牲さ」

「産んだ子の癖して」

「産んだのは俺を捨てたお前の母さ」

「種はいたでしょうが」

「…生物において。父性ふせい確実性かくじつせいは薄いものだ」

「お母さんは浮気してた―もんね」少なくとも私が産まれる前から。

「…お前はあの女の子どもであるのは確実だが…俺の子どもであるかどうかは確実ではない」

「…じゃあ、何で育てた?」そう問わずにおれまいて。

「あの女が。実利の末だ。愛情ではない」

「そう言われると。それなりにショックだよ」まだ16の娘に言う台詞ではない。

「…鉄面皮てつめんぴのお前でもかい?」不思議そうに言うんじゃない。

「一応、まだ親の温かみは必要な歳なんだけど」

「そんなもん、俺の知ったことではない」

 

                 ◆

 

 私は愛される生き物ではなかった。

 親から否認され、道具に近い扱いを受けてしまえば。

 荒れた心は―ロクな方向に向かわない。

 私は男をあさった。愛してくれる人を求めて。

 でも、皆、何かが違った。ジグソーパズルの最後の1ピースの形が違うみたいに。

 そうして私の心は父と同じように荒れてゆき。

 彼と同じように他人に絶望して。

 独り、世界の環を閉じて。

 研究の世界に閉じこもった。

 そこには―素直な論理があり。美しい構造があり。

 私はそこに充足を見出して。

 気がつけば―在野のサイエンティストになっており。

 

                ◆

 

 私は。

 父の側に居ることに決めた。

 それは愛情ではなく、抑止力としての選択で。

 その過程で薫陶くんとうを受ける事になるが。閉じてしまった彼の論理は受け入れられなかった。

 閉じた者と閉じた者は交わらなかった訳だ。

 

 彼は私に事あるごとそそのかした。

 あのボタンを押してやると。しかし、

 

 しかし、それを受け入れ理解する私はもう居なかった。

 

 そんな事がしたければ―してしまえば良いじゃない?

 この地球、この命どもにどれだけの価値がある?

 はっきり言えば、ゼロに近い。

 ただ、

  

                ◆

 

 私はコンソールに向かって。

 コンソール中央の施錠されたボックスを開けて。

 その中にはオールドな鍵のシリンダーがあり。

 そこに鍵を差し込んで。

 後はその真横にあるスイッチを押すだけなのだけど。

 

 今ひとつ、やる気が起きないのはなんでだろう?

 私は別に世界を愛してなどいないんだけど。

 

 そう、環境と私の自我は押してしまっても良いと思っているのだ。

 押し止めるのは誰なのか?

 そこに自由意志があるからなのだろうか?

 否定する意志。行動を始める数瞬に残された最後の抑止よくし装置。

 それを駆動させるは誰だろうか?

 そう、私なんだ。押し止めるのは私。

 理由なんてよく分からないけど、躊躇ちゅうちょをしてしまう私。

 

 だから私はこのボタンを押せなくて。

 私はこの宇宙を消極的に存続させる事を、しゃあなしで決めて。

 

                ◆


 世界を終わらせる方法は。

 

 

 そんな簡単な事を思い出せなかった私は馬鹿に違いない。

 …父と同じてつを踏むのが嫌だったのかも知れない。

 

 白衣に忍ばせた拳銃を取り出して。安全装置を外してやって。

 その銃口を咥えこんで。歯でしっかりと固定してやれば。

 

 

 

 私は引き金を絞るのだけど。

 引き金の遊びが猶予ゆうよを作り、そこに自由否定が入りこむ余地があり。

 ああ。…そう思わざるをえ得なくて。

 否定の中に期待が混じりこみ。

 

 

 

                 ◆

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『世界を終わらせることが出来ない女』 小田舵木 @odakajiki

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