第三章『ゆらゆらゆれる夏休み』 ⑧


 わたしは六つの束をつかんだ。そして、いくつかを互い違いにしていった。順番も色も手順はなかった。六つの束が二つの束になった。その二つで、リボンを作った。

 コンビニへ入って便箋を探す。レポート用紙と、ボールペンと、封筒は履歴書用しかなかった。

 車止めに座り直して紙を広げた。そして書いた。

「いままで、可絵を、きちんと見ていなくて、ごめんね。たくさん話がしたいな。たくさん話をしていたはずだったのに、たくさん話をできていなくて、そのたび可絵はたくさん笑って、たくさんはしゃいで、たくさんみんなに愛想を振る舞っていて、それで受け取ったみんなはホッとしたり、呆れたり、まぶしかったり、したよね。恋は、もう一度、“可絵”と出会いたいな」

 そして紙を封筒に入れて、リボンも入れた。

 また紙を引っ張り出し、こう書いた。

「ほどいてごめん。ほどいて、ほどいて、ほどいていったからもう、これからは、自分で自分をいじめるの、やめられるかな。せっかく作ってくれたのに、ごめんな。あたらしく新学期は恋から声かけるから、知らん人のふりしてな」

 これを読んだら可絵は、きっといつも通り笑うだろう。知らん人のふりなんかできるわけないって。うちのこと知らんの? なぁ知らんの? って問い詰められるかもしれない。あの、ひまわりをいっぱいに咲かせた表情で。

 立ち上がり、いつもだったら家へと向かう逆方向へ足を向けた。

 一歩、いっぽ歩くたび日差しがあまりに強くて、それだけのことで引き返したくなる。

 持ってきたトートバッグには、隆に返すDVDが入っている。

 この後用事が終わったら、会いに行こう。そして返そう。話そう。ありがとう--そう言って。アンと過ごした日々はこれからは自分で。

 学校に着いた頃には喉が渇いて耐え切れず、蛇口の水をそのまますくって飲んだ。それは暑さだけのせいじゃなく、これから口に出していけるだろうかまだ漂っているままの言葉たちと共にがんじがらめになっているせいかもしれなかった。

 職員室に行ってドアを開けようとしたら、後ろから声がした。

「恋!? あんた、どうしたんさ」

 まるで友達のように話しかけてきた芳恵ちゃんのほうを振り返ったら、なぜか体が脱力して、ふらつく。

「ちょっと、どうしたん、ほらこっちおいで」

 わたしと芳恵ちゃんは教室に向かって歩いて行った。

「ほら、おやつあるで、食べよ」

 芳恵ちゃんが手にしていたのはルマンドだった。

「あのな、芳恵ちゃん」

「なんやさ」

「あのな、恋、話したいことあってな、それはなにかというとな、分からんことだらけやからな、その分からんことをな、聞いてほしいねん、これからのことな、どうしたらいいか聞いてほしいねん」

「今日は先生暇やで」

 そう言った芳恵ちゃんが持っていたかばんの中は書類でいっぱいで嘘だってことを確認して、そんな芳恵ちゃんがドアを開けた。風が涼しかった。そのせいで怖かった。

「あのな」

「いったん、座り」

 芳恵ちゃんが言った。すとん、と座ると言葉が一気に心から溢れ出て、ぜんぜんきれいに出てくれなかった。洪水だった。洪水は街も建物も自然も奪っていくのにわたしの中の言葉はわたし以外の誰にもなににも触れないまま、ただ回転して、消えて、重なって、しぼむ、宇宙だ、ビックバンだ、わたしは可絵が好きだから好きです、この夏休みとあの日々とを覚えていたいです、でもこれからがやっぱり怖い、それを、言いたい、言いたくない、夏休みが終わるのだなあ、終わるのだろうなあというのは、終わる、に確実に変わるのだなあとほんとうに、可絵が大好きで、

「あのな、芳恵ちゃん」

「これ飲み」

 芳恵ちゃんがペットボトルを手元から取り出そうとしたときついでにわたしはじぶんのほうのかばんを見た。チャックのないトートバッグはだらんと片方だけ机の横にかけられていてそこにはさっきの封筒があってほんのかすかに見えたそうきっとあれはぜったいリボン。

「あのな」

--わたしはゆっくりと息を吸って吐いて話し出す。未来なんてほど遠いたった今ここにいることさえ抱えきれなかった。





【完】

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なつやすみきらゆら yuri @watashitomoon

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