第三章『ゆらゆらゆれる夏休み』 ⑦
次の日は夏休みで一番早く目覚めた。
朝八時半というのを時計で確認したとき、細胞がぜんぶ入れ替わったような気がした。八時半なんてめずらしくもなんともない起床時間で、むしろ早起きの人からすると寝坊かもしれないけれど、すっと立ち上がることができて、窓を開けた。
コーヒーを入れて部屋に戻る。
きのうほどいたミサンガが布団に散らばっている。消え損ねた花火みたいだった。
わたしはそれらをこれまでの時間でも回収していくみたいに拾った。
一本いっぽんは、頼りなかった。きちんとミサンガの姿になっていたときは、わたしの腕で色と色と色の喧嘩ではなく一つのお守りとして存在してくれていたのに、ほとんどの糸はくるくる摩擦によって茹で過ぎた麺のようになってしまっていた。
一人でガレージの車止めに座ると、どうしてこんなところに堂々と居ることができていたんだろうと思った。
ポケットに入れてきたミサンガの残骸を出す。
行き交う人々の視線がこちらを刺す。それほど混んでいないから、直接注意してくる人はいなかったけれどそれでもやっぱり何人かはこちらをちらちらと伺う。歩道とガレージとの間には垣根があったから一応体半分は隠れていたものの、可絵といたときのわたしと、“このわたし”がここにいることでは、ずいぶん様子が変わってくるんだなあと不気味になった。それはてのひらにあるミサンガの残骸も同じことなのだ。一本では何者にもなれなくて、互いに絡み合い、がんじがらめになって、だけどその姿は、やさしい。
ミサンガなんて編んだことはないし、持ってきたところでそれをどうするかなんて考えていなかった。
でも、前の日のよるの、ほどけていった時間が、またゆっくりと戻ってきた。目の裏に流れている。
数本ずつ分けて、となりの車止めに置いていく。六つの束が、車止めの上で休んでいる。
夏休みは、始まって、そして終わっていくんだなあと、この夏休み何度思ったか分からないことを思った。そうだ、分かるとか、分かってないとか、ダジャレみたいやなあって、言っていたな。わたしが、分かってることはなんだろう。分かっていないことはなんだろう。それから、分かってるふりと、分かっていないふり。やっぱりそんなことで考えを満たすと、言葉は、回って、メリーゴーランドになった。
隆のこと、分かってるくせに、と可絵は言った。
うちのこと、分かってないくせに、とも可絵は言った。だけどそれは可絵の言葉で、じゃあ隆のことだって、隆しか知らないことがあって、そんなのはぜんぶ、確かめようがなくて--ふっと、ミサンガのほうを見た。だけど。だけどわたしが、いま、思うことは、なんだろう。そう思った。不確かな、それでもいま、思っていること。
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