10.【最終話】死がふたりを分かつとも

「それで、どうする?一応お前は王子おれの側妃として生かすって手もあるが」


 その翌日。私は再び妹を訪れていた。

 周囲には王子わたし自ら尋問すると伝えてあるので、怪しまれることもないだろう。


「え、やだよ。なんでお兄ちゃんと男女のそういう関係になんなくちゃなんないのよ。いくら何でも罰ゲームが過ぎるでしょ!?」

「いや罰ゲームて」

「じゃあお兄ちゃんは、妹とえっちしたいんだ?」

「今世では赤の他人だけどな。でもまあ無理だな」

「でしょ?」


 さすがに脳が妹だと認識しちまってるからなあ。


「んっとね、処刑した事にして別人になって、悪役令嬢の侍女とか楽しそう♪そしたらゲーム通りにもなるし」

「あー、確かに悪役令嬢ルートだとヒロイン処刑エンドだっけ。まあ出来なくはないな」

「そそそ。ちなみに別人にするってどうやるの?」

「お前のその口癖も懐かしいな。──そうだな、髪は[貼付]で別の色に貼り替え・・・・れば・・いい・・し、その状態で魔力の高い術者に[固定]させれば数年から十数年くらいは保つだろうな。顔の作りは[眩惑]とかで認識をぼやかすか、[変装]で別人に成りすますか。単にメイクだけでも結構変えられるだろ」

「おおう、魔術って便利〜。魔力の高い人ってことは、元魔術師団長とか?」

「まあそうなるな」


 あの場で嫌疑をかけられた者のうち、魔術師団長だけは賄賂こそ贈られていたがほぼ中立に近い立場を取っていて、そのおかげで罷免だけで済んでいる。側近候補の中でも師団長の子息だけはコミュ障のせいで陰謀に関与しておらず、あの断罪の場でも驚きに固まったまま空気になっていたから、彼だけはお咎めがなかった。

 とはいえ、師団長子息は元々が引きこもりの陰キャだったから、おそらく貴族社会に恐怖を感じて出仕はしてくれなさそうな雰囲気である。父親の爵位は彼の弟が継ぐことになるだろう。


 ということで元魔術師団長には協力の要請が可能だろう。見返りに名誉挽回の後押しをしてやってもいい。

 もっともそれは、ヒロインいもうとの処遇が固まってからの話だが。



 ヒロインは結局、表向きには処刑したということにして、髪色と容貌を魔術とメイクで変えて別人として生かすことになった。妹と話し合った通りになったわけだ。

 外に出られるようになってからの彼女は、積極的に日光を浴びて肌を灼くようにしている。肌の色が変わるだけでも人相がガラリと変わるからだ。カラコンなどないので瞳の色だけは変えられないが、それはまあ仕方ない。

 そしてそんな彼女は、父王にも具申した処分で認められ、望みどおりに婚約者の侍女になって、大変そうだが毎日楽しく働いている。悪役令嬢婚約者との仲も良好で、私としては理想的な結末だ。


 そして王子わたしも、むざむざ籠絡されて一時は危険な状態に陥った責任を問われて、譴責と謹慎の処分を食らった。とはいえ弟はまだ10歳で、継承順位の入れ替えにも反対意見があり、それで今一度だけチャンスを与えられた。

 首の皮一枚繋がったのは、私が正気に戻り元宰相らの悪事を暴いて一網打尽にしたことも大きかったのだろう。籠絡されてしまった身で偉そうなことは言えないが、まだ籠絡される前に“影”に指示を出していたことが大きな得点になった。


 婚約者の彼女は、例の虐め疑惑はもちろん冤罪だし、籠絡された王子わたしに代わって不正の証拠集めをやり遂げたことが評価されて、今では王子妃どころか王妃確定だと言われている。それはつまり、もし仮に私が王位継承権を剥奪されるようなことがあれば、彼女も取り上げられてセットで弟に渡される、ということだ。

 冗談じゃない、そんなの認められるか。彼女と弟も仲はいいがどう見ても義姉と義弟・・・・・だし、それと結婚しろと言われたって彼女も困るだろう。そもそも6歳差だし。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後数年、私は第一王子として国のために粉骨砕身働いた。内政も外交も、慣れはしないが軍事にも厭わず取り組んで、その甲斐あって当初の予定より3年遅れだが無事に立太子された。それと同時に婚約者とも晴れて婚姻を果たし、私たちは夫婦になった。

 王太子として国内外でさらに実績を積み、そして父王から王位を譲られたのはそれからさらに数年後。私も20代の半ばに差し掛かろうとしていた。妃も可愛い女の子おうじょを産んで、早く跡取りおうじが欲しいねと話し合っている。


 ヒロインいもうとはすっかり侍女として地位を確立し、今では王妃付きの侍女の中でも上位を占めている。さすがに侍女頭にはまだなれないが、王妃の一番のお気に入りは彼女だ。

 だがわたし王妃つまとで「早く結婚しろ」とせっついてはいるが、彼女の事情が特殊なだけになかなか難航している。いっそ正体を知っている元魔術師団長の子息とかどうだと話を振ったら、「彼ああ見えて意外とイケメンなんだけどさぁ〜、バッドエンドで超ヤンデレムーヴかますヤツからヤダ」とにべもなかった。

 そうか、アイツ引きこもりの陰キャでコミュ障なだけじゃなくてヤンデレだったのか。っちゅーかそれ属性盛りすぎじゃね?



 そんなヒロインいもうとが、成人して超絶イケメンに成長した第二王子おとうとを口説き落としてきた時には心底ビックリした。他国の姫と婚姻させて政略に使うつもりだった先代王ちちうえの、渋り切った顔が今でも忘れられない。

 だが周囲の心配をよそに、彼女は「これで今世でも“妹”だよ、お兄ちゃん!」とご満悦だった。っちゅーかお前、まさかそのためだけに弟を口説き落としたんじゃないだろうな?

 そんな彼女は弟と相性が・・・良かった・・・・のか、まず婚姻の翌年に女の子の双子を産んで、その翌々年には男の子の双子を産んだ。いやいや、この世界まだ医療がさほど進んでないんだから無理すんなー?



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ようやく、ここまで来ましたわね、あなた」


 隣では王太妃つまが、穏やかに微笑んでいる。歳は取ったものの、相変わらず深い澪色の瞳が、あの頃と何も変わらない美しさを保っている。


「そうだな。長いようであっという間だった」


 その瞳に目線を吸われたまま、私はそう答えた。あれから早くも30年あまりが経ち、今日は王太子我が子の即位の大礼が執り行われる目出度き日である。王位そのものは去年譲っていたが、即位礼は吉日の今日を選んで準備されていた。


新王あの子に何か瑕疵でもあれば遠慮なくうちの子に追い落とさせるつもりだったのに、全ッ然隙がないんだから。可愛いけど可愛くなーい」


 口では不穏なことを言いながらも、王弟妃いもうとは笑顔だ。生まれた時から我が子のように可愛がってくれていたものな?


「本当にわたくしは幸せでした。愛する夫に、子供たち、義弟おとうと義妹いもうとにまで恵まれて。本当に……」


「いいや、まだだぞ」

「えっ?」


「だって考えても見ろ?私たちは日本で生きて、この世界に転生したんだ。ならばだってあるはずだろう?」

「そそそ。私とお兄様は死んでからも・・・・・・また・・会えた・・・のだから、お兄様とお義姉ねえ様も、きっとまた来世で会えるわよ」


 私と義妹にそう言われ、王太妃の顔がまず驚きに包まれ、それからみるみる赤らんでゆく。

 っちゅーか本当に、いくつになっても感情を隠すのが下手だな、君は。そして歳を取っても変わらず可愛いとか反則か!


「そう、かしら……そうだといいけれど」

「きっと大丈夫よお義姉様」

「そうだとも。次に生まれ変わってもきっと私は君を探し出すよ」


「ふふ。ではわたくしもあなたを探し出してみせますわ」

「ああ。たとえ死がふたりを分かつとも、きっとまた逢えるさ」

「ええ。わたくしもそう信じることに致します」

「その時はわたしもまた生まれ変わっておくから見つけてね!」

「いや、お前はもういい」

「な、なんでよー!?」


「また課金アイテム使われたらたまったもんじゃないからな!」

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【完結】死がふたりを分かつとも 杜野秋人 @AkihitoMorino

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