09.因縁の真実

「気分はどうかな」


 私は王城の離宮の一室を訪れていた。ここに起居しているのはひとりだけだ。最低限の見張りと世話役以外、基本的にこの場を訪れる者はない。


「⸺殿下」


 重い扉を開け、部屋に入って声をかけると、部屋の主が振り返る。

 クリーム色の柔らかい髪、大きな栗色の瞳。

 そう、ヒロインだ。


 ここは離宮に設けられた貴人用の個室牢。牢屋ではあるが、重い扉と窓の格子を除けば普通の客間と変わりない。


「何故わたしは、ここに入れられているのですか?あの時殿下は確かに『地下牢へ入れておけ』とお命じだったはずなのに」


 どうやら彼女は、自分の扱いに納得がいっていないようだ。まあ無理もない。王子に薬を盛って・・・・・籠絡・・した・・のだから、通常ならば極刑一直線だ。


「私が言ったのは、『地下牢へでも・・・入れておけ』だよ。地下牢へでもどこへでも・・・・・、拘束できているならそれで構わない」


 そう、あの言葉は単なる符丁だ。

 地下牢でもいい、地下牢以外でもいいから拘束しろという意味で、要するにその場から特定の人物を連れ出す際によく使う。そして王族がそう発言した場合、大抵は対外的には地下牢へ入れたと思わせつつ、実際は裏で逃したり、こうして貴人牢に幽閉するのが常だ。

 私がそう命じたのはヒロインだけ。つまり、それ以外の元側近候補たちやその親たちはみな地下牢で拘束されている。本来ならば元宰相や元騎士団長らはそれまでの功績に免じて貴人牢を使うべきだが、長年にわたる不正があり、手勢に奪い返される恐れもあったため、より警戒の厳重な地下牢行きとなった。

 今後、元宰相らは裁判にかけられ、重い処分が下されるだろう。その子息らは極刑まで課されるかは分からないが、おそらくもう二度と会うこともあるまい。


「……っ。私は、殿下に毒を・・盛った・・・というのに……!」

「ああ、そうだな。“差し入れの手作り菓子”、あれは確か課金・・アイテム・・・・だったよな」


 そう。ヒロインがたびたび生徒会室に差し入れてきた焼き菓子。あれはゲーム内では課金でしか手に入らない、好感度を爆上げするための最強アイテムだ。私自身は前世ではゲームの方はプレイしなかったし、プレイしていた妹から話を聞いていただけだったから、あの時すぐには思い出さなかった。

 だからうっかり・・・・食べて・・・しまった・・・・のだ。


 その結果、ずっと警戒し遠ざけていたヒロインへの好感度がMAX近くまで上がってしまい、まんまと籠絡されてしまったのだ。本当に我ながら情けないとは思うが、それと同時に課金アイテムの威力にも慄いたものだ。何だよあれ反則だろ。


「え…………」


 ヒロインの瞳が驚愕に揺れる。


「まさか、殿下も転生者……?」

「そうだよ。前世の記憶も取り戻している。君もそうなんだろう?」


 そう。シナリオ通りに可憐なヒロインを演じて、シナリオ通りに努力し頑張りクリアを目指していた彼女もまた、転生者だ。しかも。


「っちゅーか……お前、なんだよな?なんで死んだのかまでは分からないが」

「…………ウソ、その口癖、もしかしてお兄ちゃん!?」


 そう。容姿こそ全く異なるが、仕草や表情、考え方など総合してよく見れば分かる。彼女は前世の妹だ。いつまでも結婚せずに独身を謳歌し、働いた稼ぎは趣味のゲームや漫画に惜しげもなくつぎ込んでいた、そのせいでひとり暮らしすらせずにずっと実家に居座っていたダメな、だが愛すべき妹。

 だけどそれがはっきりと実感できたのは、籠絡されきっていたあの時に華奢なその身体を抱きしめたから。前世でもふざけてハグしあっていた、その時と感触が・・・同じ・・だったから気付けたことだ。まあ正確には、それを思い出したのは正気に戻ってからだが。


「うええ、なんだお兄ちゃんかよ〜」

「いや急にが出たな?」

「そりゃあだって、お兄ちゃん相手に遠慮も何も要らないじゃん?」

「そりゃまあそうだけど」


 でもお互い転生して、こっちの世界では立場も血筋も全然違うんだぞ?


「もうヤダ、お兄ちゃんを一生懸命口説いてたとか分かったら萎える〜マジで」

「っちゅーか言うなよ恥ずいから」

「恥ずいのはあたしも一緒だっつうの」

「まあな〜」


 前世の兄妹ふたりして、何やってんだか。


「それでな、何とかお前だけは助けられないかって色々やってんだよ」

「……そりゃまあ、助けてくれるんならありがたいけど」


 この様子だと、ちゃんとこっちの・・・・現実・・も理解できてるみたいだな。


「今のところは、お前は男爵ちちおやに命じられるまま宰相たちの手駒として使われていただけ、って方向で話が進んでる」

「鉄砲玉で首謀者じゃないから、情状酌量ってこと?」

「そう」

「ふうん。まああたしにはどうにも出来ないから、そこんとこヨロシクね、でんか♡」

「やめんか気持ち悪い」

「うん、言ってて自分でも思った」



「っちゅーかな、お前にも是非会わせたい人がいるんだ」

「え、なに?もしかして他にも知り合いの転生者がいるの!?」

「前世の知り合いじゃあないけどな。⸺ちょっと待ってろ、連れてくる」


 扉が重くて開けられないだろうから、私が自分で扉に近寄り開けてやる。

 そこに佇んでいたのは。


「え、悪役令嬢!?マジで!?」


 そう、婚約者の彼女だ。

 だが、彼女はまだ記憶を・・・取り戻した・・・・・ばかり・・・だという。


「え〜そうなんだ」

「は、はい。わたくしもまだ実感が湧いていないのですが」

「だろうね〜口調が悪役令嬢のまんまだもん」


 彼女が記憶を取り戻したのは、私に婚約破棄を突きつけられたその瞬間だという。彼女も前世ではゲームにハマったひとりで、膨大に蘇る記憶に翻弄されつつも悪役令嬢ルートに乗っていると感じて、それで集めた証拠で逆ざまあをやってのけたのだ。

 いや本当に、その土壇場からよく逆転してくれたと感謝するしかない。


「だけどまあ、3人とも元日本人で転生者だ。お互い助け合えることはあると思う」

「そう、ですわね……」

「あっ、ちなみにウチら前世では兄妹だったから、この2人ココくっつく・・・・事はないんでヨロシク♪」

「ええっ!?そうだったのですか!?」

「うん、分かったのはついさっきだけどね」


「っちゅーかお前はいつ記憶が戻ったんだよ?」

「あたし?12歳かな」

「入学の前年じゃねえか」

男爵パパに『宰相さまの命令だ。殿下に近付いて籠絡おとして来い』って言われた時に思い出して、そこから3日寝込んだ」

「まあ普通は寝込むよな。っちゅーか今世の父親はパパなんだ?前世は“お父さん”だったのに」

「え〜あんなヤツをお父さんなんて呼びたくないもん。“お父さん”は前世のひとりだけでいいや」

「それ父さんが聞いたら泣くな絶対」

「まあもう聞かせられないし、聞かせて泣かれてもウザいから聞かせないし。ってかお兄ちゃんは?」

「俺?俺は6歳の時」

「うわ早っ!」

「ええっ、そうなのですか!?」

「うん、ちょうど婚約者きみとの顔合わせの直前で、思い出してから会ったらちゃんと悪役令嬢の面影あるじゃん。テンション上がったね〜」

「あ〜お兄ちゃん、悪役令嬢推しだったもんねえ」

「えっ…………///」

「うわ照れてるめっちゃ可愛い!」


 3人とも話は尽きない。とはいえ使える時間も限られているから、その時間の許す限り思い出話や今後の話に花を咲かせた。

 無事に妹と婚約者も仲良くなり、私もひと安心だ。

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