08.断罪後の後始末
「殿下」
側近候補こと攻略対象者たちやヒロイン、それにその親たち、その者たちに与して甘い汁を吸おうとした貴族たち、それらの王国に巣食う害虫どもが引っ立てられ会場を連れ出されたあと、騒然とする会場の中、声をかけてきたのは婚約者だ。
6歳のあの日見初めて、いや、前世から大好きだった悪役令嬢、この国唯一の公爵家令嬢。
「ああ。君のおかげで、やつらを一掃できた。
⸺済まなかったな、何も知らせないで巻き込んでしまって」
そう。この日の断罪劇の真実は、彼女には一切伝えなかった。途中からヒロインに籠絡されて私自身が
「いえ、そんなこと」
口ではそう言いつつも恨めしそうな目で見てくる彼女。
「と言いながらも不満そうだな」
苦笑しながら言ってやると、何故ばれたのかと言いたげに目を見開いたあと、すぐに取り繕って目を逸らす。
「相変わらず、感情が隠せていないぞ、君は」
そう。彼女は隠しごとができない。
ゲームでもアニメでも、驚き怒り悲しみ嫉妬し悔しがり、最後には必ず感情を爆発させて身を滅ぼす。それが
彼女はムッとして何か言いたそうに、でも自覚はあるのかすぐに落胆し、そして「至らず申し訳ありません」と謝ってきた。うん、可愛い。
「さあ、改めて私のそばへ来てくれないか。この場を収めなければな」
そう言って手を差し伸べると、彼女はパッと喜色を浮かべ、でもすぐに不服そうに頬を膨らませ、それから澄ました顔を繕って壇上の私の隣へ上がってくる。
「皆の者、聞いてほしい」
彼女を従えて、まだ騒然とする会場内を見渡す。突然の逮捕劇に驚き慄く者たち、親を捕縛された在校生や卒業生は蒼白になり、それ以外の者も不安に震えているのがよく分かる。
それでなくともせっかくの門出が台無しだ。社会人デビューのその瞬間から社会の厳しさをまざまざと見せつけられて、きっと萎縮してしまっている者もいるだろう。だがそれでも私の声に反応して、全員が傾聴の姿勢を示す。
「卒業祝いの晴れ舞台を台無しにしてしまって大変遺憾だが、やつらを一網打尽にするにはここで動くのが最善だった。だがそのために君らを驚き慄かせたことは許されることではないだろう。非常に申し訳なく思っている」
頭を下げると、驚きとざわめきが波のように広がる。一番驚いているのは隣にいる彼女だ。
「詫びの印と言ってはなんだが、今年の最上級のワインと
だがそこへ至るまでもきちんと経緯があり、日々の生活があるのだ。だって我々は、この世界で生きているのだから。
だからこそ私は、その端折られる日々も大切に過ごしていきたい。今の私にとっての現実である、この世界で。
その後、親を逮捕されながらも拘束されなかった卒業生や在校生たちを集めて経緯を説明し、合わせて、捕縛されなかったということは君らに瑕疵がないと認められたからだということも伝えた。
それで大半は安堵してくれたものの、この先の生活を考えて不安は拭えないだろう。親に代わって爵位を継ぐ者も、兄姉が継いで立場が微妙になる者もいるだろう。決まっている婚約が解消される者も、きっと出る。だがそれはもう、貴族社会の一員として自己の力で乗り越えて行ってもらわねばならない。
親も自分も含めて何事もなかった者たち、彼らのほうが過半を占めるわけだが、彼らも平穏無事にとはいかないだろう。汚職や犯罪以外でも逮捕者たちと関わりを持っていた家門も多いし、しばらくは立て直しに追われることだろう。
だがそれでも、必ず立て直して我が王国に再び忠誠を誓ってくれると信じている。信じることしかできないが。
「さて。⸺改めて、君にお願いがある」
まだどこか騒然としながらも始まったパーティーの様子を見届けて、私は付き従ってくれている婚約者に向き直る。
「一時はやつらに籠絡され、私も正気を失っていた。そんな日々の中、そなたにも辛い思いをさせたことと思う。それを承知の上で敢えて
先ほどの婚約破棄を取り消したい。その上で私の婚約者として、これまでと変わらず私を支えてくれないだろうか。そして私が君からの真の許しと信頼を勝ち得た暁には、どうか私の妃となって欲しい」
跪き、彼女の手を取り、じっとその
っちゅーか本当に可愛いな。公の場に出ている公女としては失格だけど。
でも真っ赤になったその顔は、私を自惚れさせてくれる。思わず笑顔をこぼしそうになり、慌ててキリッと表情を作る。
「至らぬわたくしで、本当によろしいのでしょうか……」
蚊の鳴くような小さな声で、彼女が呟く。
「至らぬ部分は補い合えばよい。それにこれから成長することもあるだろう。何よりも、君は私が正気を失っていたせいで押し付けた、やつらの不正の証拠集めをやり遂げてくれたじゃないか」
「そ、それは、“影”の方々が」
「その彼らに適宜指示を出していたと報告も受けている。至らぬ私の代わりに、君が指揮を取ってくれたおかげだ」
あの時、一言だけ、全て命じたとおりに終えたと報告に来た“影”の者。彼がわざわざ伝えに来たのは、彼女が私の代行を十全にこなした事を伝えたかったからだ。それに彼女自身も、あの茶会で計画が滞りなく進んでいることを伝えてくれた。
何より、[解呪]の魔術を仕込んだ日記の存在を思い出させてくれた事が大きかった。あれがなければ、きっと私はヒロインに籠絡されたまま
正気に戻れたからこそ私はこの断罪劇に自信をもって臨むことができた。全て彼女の功績だ。何も伝えず、勝手に押し付けたのに、それでも彼女はきちんと果たしてくれたのだ。
「私は君を手放したくはない。もちろん今回のことで私も責任を問われるだろうが、それでもついて来てはくれないだろうか」
誠心を込めてそう求めれば、彼女から返ってくるのは、久しく見ていなかった熱を帯びた眼差し。
「はい……。わたくしも、再びお側にお仕え致したく思います」
その言葉が終わらぬうちに、彼女の手の甲にサッと口づけを落とし、そのまま立ち上がって彼女を抱きしめた。そんな私たちの様子に気付いた周囲からポツポツと拍手が起こり、それはすぐに万雷の拍手となって祝福してくれた。
彼女だけは「もうっ、まだ許したわけではありませんのよ!?」と顔を真っ赤にして腕の中で抵抗していたが、私は彼女を離さなかった。
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