第5話 群馬が産んだ奇跡の産物
朝倉…!
声の方へ向かう益荒男。途中、肩に背負っているサラリー剣士が目覚ようだ。
か細く「捨て置けい…。」という声が聞こえる。
地面に下ろし、倒木に寄りかかるように横たえると、手ぬぐいで胸の傷を縛って止血する。
「情け無用…。」
「後で必ず戻ってくる。」
再び声の方へ走る。
あのサラリー剣士の胸の爪跡。あれから推測するに、相手は相当な上物だ。体長3メートルは下らない。
このような事態でも、戦いの興奮が抑えられない益荒男。
落ち着け。まずは朝倉の無事を確保してからだ。
それにしても、なぜヒグマに負けた彼は食われなかったのだろう。
冬眠から目覚めた餓えた獣が、獲物に少し抵抗されたくらいで退くとは思えない。
考えるのはあとだ。
近づくにつれ、猛烈な獣臭と、凶悪な気配が益荒男の第六感を刺激する。
益荒男の人間としての本能が危険信号を放っていた。だが、それすらも心地良い。
朝倉ではないが、自分もこれを望んでいたのだ。
命のやり取りを。
幼少の頃好きだった童話、金太郎。
あれを読んでから、いつしか熊と相撲をとることを小さな頃から夢見てきたのだ。
そのために人知を超えた稽古にも耐え抜いてきた。
その夢のためならば、命を捨てても良いと思える。
木々の間を駆け登ると、視界が開ける。
ぐがああああ!!!
獣の咆哮。すぐそこだ。
うおおおおおお!!
朝倉の雄叫び。
しかしそれはすぐに収まり、短い断末魔とともに巨獣のあしもとに崩れ落ちるのが見える。
一歩遅かったか。
奴は止めを刺さない。こちらを見つめたまま、新たな挑戦者を待ち侘びていたかのように眼光を光らせている。
それにしても、で、でかい…。
足元に倒れる朝倉の巨体がまるで小動物のようにそびえ立つその山の怪物。
朝の太陽を背に浴びて、淡く輝かせる赤毛の中心の闇の中、並んだ2つの赤い眼光を益荒男は見上げていた。
ーーーーーーーーーーーーー
そこから少し離れた山道で、ライフルを担ぎ、重装備に身を包んだむさ苦しい集団が、歩を進めていた。
先頭を歩く、一見狩猟対象と見間違われても無理も無いような山男。群馬猟友会会長、三浦権蔵。
彼が背負っているのは、対戦車ランチャー、RPG7である。
それを訝しげに見つめながら水筒の水を飲む新入りの倉田が彼に質問した。
「まさか隊長。本当にそれを使うわけでは無いですよね…。」
「馬鹿野郎。使うために持ってきてんだ。奴を見つけた瞬間。こいつを脳天にぶち込む。」
即答する三浦に、戦慄する倉田。
ヒグマ討伐隊一行に一層の緊張感が張り巡らされた。
もう、しくじることはできねぇ…。
3年前の今日、奴によって失った右目と戦友たち。あの日の恐怖を忘れた夜はない。
群馬には怪物が棲んでいる。
報道ではヒグマと知らされているが、3年という長い冬眠周期。ただ強者を求めて彷徨う災害級の獰猛さ。その前例のない巨躯。
明らかにただのヒグマではない。
群馬猟友会上層部では、新種生物グンマーベアーと呼ばれている。
群馬の山奥には古くから怪物が住んでいるという伝承が多くある。
この世の理を超えた異世界の魔物たちが渡る。
時空の歪み。異世界との特異点バベルンゲートがここ、阿修羅高校の裏山にはあるのだ。
日本政府は19世紀初頭、その群馬の超常的な風土を恐れ、一切の関わりを断ち、封鎖した。
そんな陸の孤島で、人々はたくましく生活していたのだ。
ーーーーーーーーーーーーー
「むうううん!!!」
そんな異世界の住民グンマーベア。
群馬が産んだ奇跡の力士、益荒男により、樹齢1000年の切り株のような両脚を小脇に掴まれ、回転しながら振り回されていた。
益荒男を中心とした半径5メートルの嵐は、裏山の木々を切り倒しながら少しずつ移動する。
朝倉から距離を稼がなくては。
充分離れたところで腕を離し、遠心力で崖壁へと叩きつけられるグンマーベア。数メートルの亀裂を背に、当然のようにノーダメージ。
4足に形態を変え、先ほどまでは油断していたと言わんばかりに臨戦体制に入る。
さて、土俵は整った。
益荒男は、盛大な音を立て、タンクローリーのような下腹に気合を叩きいれると、まわしを整えながら土俵入り。
腰を落とし、攻めの姿勢、最強の雲龍型をとる。
対するグンマーベアは久々の好敵手に喜びの鼻息を荒くしながら、後ろ足で地面を蹴った。
その刹那、グンマーベアは、目の前の小さき生物に、壮厳なる富士山の情景を垣間見る。
自分の認めた強敵しか好まないグンマーベアの嗅覚が、久々のご馳走の香りを感じ取った。
つづく
次回第6話「横綱になりたい」
はっけよい異世界〜剣と魔法とまわしとちゃんこ〜 二山 粥 @futayama-kayu3
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