第4話 伝説の緋熊
林の中を駆ける益荒男。細い山道から外れ、道なき道を突き進んでゆく。
ほとんど勢いで学校から飛び出してきてしまったが、どうやらこの近辺に猛獣が潜んでいることは間違いない。
そのうえ、よりすぐりの群馬戦士たちもいくらか近いようだ。
なぜそのようなことを感じ取れるかというと、幼き頃からの稽古により身についた、気を探り、操る技術、気術を無意識に扱っているからである。
独りで、自らを限界まで高める稽古。
相撲部での相手とのぶつかり稽古による、相手と自分との気のぶつかり合い。
そして、県大会での猛者たちとの真剣勝負。
これらにより自らの内を流れる気を知り、それを操ることや、周りの気を感じ取ることを習得したのだ。
いつしか、相撲部屋に立ち入っただけで、その道場のレベルや、強い力士がいるかどうかを計れるようになった。
風を感じる。強者の風が。近いぞ。
倒木を乗り越え、視界の奥。木々の間。人影が見える。
学生服を着ている者だ。うちの学校の人間か。
相手もこちらに気がついたようだ。この気は…、感じたことがある。
近くへ来たところで声を掛けられた。
「田中先輩も来られていたんですね。」
「朝倉…。おまえもか。」
相撲部2年。朝倉隆(あさくらたかし)。
一年の頃からその実力は頭角を表し、時期部長候補。現在では阿修羅高校、相撲部のナンバー2を名乗っている。実家が豆腐屋さんである。
「ククク…来ると思ってましたよ。ですがまさかまわし姿で来られるとはね。さすが先輩だ。」
「ああ、制服を汚したくなくてな…。お前もホームルームを抜け出してきたのか。」
「いえ、登校中に聞いていたラジオで件のニュース速報を聞きましてね。ホームルームが始まる前にヒグマを倒そうと思ったのですが、なかなか見つからず…。
他にも我々と同じような酔狂な方々がいましてね。既に一戦交えましたよ。」
「なに!?熊狩りの前に人間同士で争っているのか。仕方のないやつらだな。」
「ええ、なんだか凄いことになっていますよ。私が闘った侍の他にも、色々な武芸者が居るそうです。」
「それで、お前はもう学校に戻るのか。」
学校の方向へ歩いているということは、そういうことだろう。
「くくく…。まさか、分かっているくせに。俺は貴方と相撲をしたかった、いや、相撲部屋ではできない。殺し合いをしたかったんですよ!」
勢い良く学生服を脱ぎ捨てる朝倉。
露わになったその肉体は、すでに殺意を放っていた。
「落ち着け朝倉。お前はこの空気にあてられているだけだ。」
「いいえ、田中先輩。俺はね、ずっとこうしたかったんです。さあ、どちらが阿修羅高校相撲部の頂点か、白黒つけましょう!」
もはや避けられないか。迎え撃つべく、腰を深く落とし、前傾して仕切りの型をとる。
本戦まえの、ウォーミングアップくらいにはなるだろう。
「いきますよ!」
朝倉は、2、3回四股を踏むと、その低い姿勢のまま、胸の前で交互に張り手をしながら、凄まじい速さで田中めがけて突っ込む。
土俵以外で一級の群馬力士同士が本気で戦うと、地形を変えてしまうと言われているが、田中は学校の裏山の自然を傷つけることを良しとしない。
「セイセイセイセイセイ!」
イノシシのような勢いで距離を縮める朝倉。
仕切りの型をとったまま、微動だにしない田中。
2つの巨体が交わり、朝倉のトラクターのようなぶつかりが田中に炸裂した次の瞬間。
なぜか朝倉はふっとばされていた。
地面を後方へ転がる朝倉。
なぜだ。益荒男はほとんど動いていなかったはず。まるで、自分の衝撃が倍になって帰ってきたかのように弾き飛ばされた。
身体はなんともない。だが、心が立ち上がれなかった。
こんなにも遠いものか。
放心状態の朝倉へと歩み寄る田中。
「お前はまだまだ強くなる。今季の大会。楽しみにしているぞ。」
無言で頷く朝倉。
田中はその場を離れた。先程の言葉に嘘はない。朝倉は本当にいずれ自分と並ぶ力士になると思っている。
朝倉は、自らを少し過信しすぎている節がある。
それが、本来の朝倉の実力の伸びしろを阻害しているのだ。
再び山道を走る田中。
藪(やぶ)をかき分け長らく進むと、太い木の幹に何者かが寄りかかっていた。
「どうした。」
駆け寄る田中。倒れていたのはワイシャツにネクタイ。手には折れた刀を持った、中年の男が倒れていた。
サラリーマンの剣士だろうか。
胸には3本の爪痕が残されており、白いワイシャツは赤く染まっていた。
返事はないが、耳を近づけると、細く呼吸をしていることがわかる。
ヒグマの捜索は後まわしだ。
サラリー剣士を肩に背負うと、学校へと向かう。
道の途中、近くから何者かの悲鳴。この声は。
朝倉…!
つづく
次回第5話「横綱になりたい。」
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