芸のこやし

@HasumiChouji

芸のこやし

 ADが「笑え」という合図をやっている。

 しかし……客は、誰も笑わない……。

 どうなってる?

 俺は、いつもの通りしゃべってる筈だ……。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け……。

 まだ若手だった頃によくやってた……緊張を解く為の呼吸法のやり方を……必死で思い出す。

「いや……こんな事件が起きるのもですね……」

 お……おい……待て……。

 そこの客ッ‼

 何、考えてやがるッ‼

 てめえらッ‼

 それは……その行為は……俺達、お笑い芸人にとって……「お前には生きてる価値すらねえ」と罵倒するも同じだッ‼

 客席では……大欠伸をしている奴が1人に、居眠りをしてるのが2〜3人居やがった。


 TVで売れっ子になってから三十年以上……。

 こんな事は無かった。

 春から始まるバラエティの新番組の収録1回目では……客席に居る連中は、俺が何を言っても、くすりとも笑わず……共演していた、お笑いマニアぐらいにしか名前を知られてない若手のしゃべりには大爆笑。

 久し振りに嫌な汗がダラダラと……ん?

 客席の前にADが出て来て……何だ?

 客席が大爆笑。

 そのADが俺の方に振り向くと……その手には……。

『杉本仁さん、ドッキリ・カメラに見事引っ掛かる‼』


「ふざけんな‼ 何だ、ありゃ⁉」

 収録が終って、俺は、番組のPを怒鳴り付けた。

「いや、ですから、ドッキリですよ」

「何言ってやがるッ‼ 人を笑い物にしやがってッ‼」

「いや、でも杉本さん、お笑い芸人でしょ」

「屁理屈言いやがって。もう、この局の番組には出ねえぞ」

「あ、結構です。今回の番組を御不快に思われたんなら……もう、出演依頼はしません」

「え……? おい、どうなってる?」

「いや、だって、最近、杉本の『お笑い』は『古臭くて、少しも笑えねえ』みたいな意見が多いので」

「て……てめぇ……俺を誰だと……」

「センスが古臭くなったお笑い芸人でしょ」

「な……何だと……」

「いや、ほら、杉本さんが、別の番組で若手の女性芸人を泣かせた時に言ったのと同じ事だと思えばいいんですよ」

「ちょ……ちょっと待て、何の事だ……」

「『最近はコンプラがどうのこうのポリコレがどうのこうので、若手を泣かせたりすると、いじめだ何だとかクレームが来るけど、昔から、こう言うのは“芸のこやし”って言われて、みんな、こういう目に遭って一流の芸人になったんだ』って奴ですよ。ここ何年も……杉本さんの『芸』はマンネリ化してるんで……今後も、一流のお笑い芸人扱いされたけりゃ、こんな目に遭うのも勉強の1つじゃないですか?」

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