それではどうぞご鑑賞――あぁ、困りますお客様!

▽▽▽▽

「やっぱデカいよなぁ。俺じゃあ運べねぇぞ。どうすんだ」

 展示通路の丁度折り返し地点。つまりはこの美術館の”目玉”である。3階まで吹き抜けという、一等広々とした空間を存分に使った、確かな圧力で展示された絵画を見上げる。ぼやきながらガリガリと後頭部を掻いた。

「あ、やっぱ流石に無理?」

「膂力は人類の範囲なもんで。っていうかもし持ち上げられたとしても、こんなデカくて平たいもん、一人じゃバランス取れないだろ。よしんば外に持ち出せたとしても野外に出た途端簡単に風で煽られる。専用の重機とか要るんじゃないか」

身の丈ほどの大刀あんなデカい鉄の塊振り回しといて……?」

「人類の幅、って広いからなぁ」

 閃鬼が視線を向けてくるバックパックを背負い直す。少なくとも元相棒サーペントの方が力はあった。

「壁に大穴開けることは出来るよね?」

「そりゃ勿論」

 通路よりも絵の方が大きいからな。どうやって運び入れたんだか。自宅の前に美術館の改築をしなきゃならない。

 手首の筋を伸ばすストレッチをしながら、頭の中で描いた設計図を現実と重ね合わせる。ご希望とあらば、この美術館を自由にリフォームして見せよう。コントロールが効く様になった”我が欲へアルケミア”は予想以上に影響範囲が広い。壁ぶち抜きも通路の拡張も閃鬼のリクエストのままだ。違法施設だから自宅を弄るよりも随分と気楽だし。崩壊させても問題ないからな。

「どうしても、ってんなら地形ごと流動させるように創り変えて運ぶしかないな……」

 ただ滅茶苦茶目立つ。

「なんか策でもあんの?」

「あるよー。策、って程じゃないけどね」

「ほぉん。……説明は?」

「後でね」

「あぁ。そっすか」

 ガリガリと後頭部を掻きながらとん、と壁を叩く。

「この絵に仕掛けは?」

「額縁が物理攻撃無効、取り外し不可、劣化防止の異在道具オーパーツ

「おお……、如何にも美術館って感じのラインナップ……。取り外し不可が厄介だな。額縁の方がなんともなんないから、壁の方を何とかする、って感じ?」

「”我が欲へアルケミア”って形を変えるだけで、消失とかじゃないんでしょ。無理だよ。創り変えた先にもくっついてきちゃうから」

「成程……。んじゃどうするんだ」

「んぇ」

 呟いた声に閃鬼がキョトンと振り返った。鬼眼が起動され、宵空に彩々の星が散っている。

「あれ?前に言わなかったっけ?いや言ったよ。忘れちゃった?」

 ことん、と首を傾げた閃鬼が右目の瞼を指先で突いた。そのリアクションに固まって、記憶を探る。思い当たった記憶にス――ッと細く長く息を吸いこんだ。

「あれか……。あったな……。荒唐無稽過ぎてピンと来てなかったわ……」

 “異在者イグジスト”について、何十もの科学者、いくつもの研究所が研究している。哲学的なのにそれっぽい話から科学的ながらも流石に嘘だろ、って話まで無数にある説の中、1つの通説として、刻印は“異在者イグジスト”の遺伝子情報がキーとして作動する“存在異議レゾンデートル”のプラグラムコードだという説がある。

 “異在道具オーパーツ”は道具に異在者レゾンデートルの刻印と遺伝子情報を合わせることで作られる。

 鬼眼は“異在道具オーパーツ”に刻まれた異能プログラムを干渉可能な存在まで引き上げることができる、らしい。恐らく先ほど入り込んだゼロ敷地と同じ理屈なのだろうが、どういうこっちゃ、って感じである。これ言われた時にもなんて返せば良いのかわからず、歯切れの悪い喃語しか返せなかった。ただ、恐ろしく強力なことだけはわかる。そりゃ確かに“異在道具オーパーツ”は日用品と言えるけど身近ではないけれど、業務用程度には溢れている。個人宅にエスカレーターがある奴は滅多にいないが、世間にはデカいビルに行けば会社なり、オーナーなりが設置している。そういう感じだ。そして“異在道具オーパーツ”に干渉できることによる可能性の幅は、エスカレーターを操る程度では比べ物にならない。

「……暴走しやすく、厄介ごとの元でもあることは理解しているけれど、流石に羨ましくなっちゃうな」

「いやぁ、実際使ってみると結構使い勝手悪いよ」

「それはそうなんだろうなぁ」

 恐らく俺が刻まれたところで使いこなせはしないのだろう。

 閃鬼がひょい、っと踊るような足取りで絵画の前に立った。指揮棒の様に伸ばした指を掲げる。何気なく指先を視線で追おうとし、耳に入った音に勢いよく振り返った。

 中身の詰まった砂袋を地面に落とすような重く、鈍い音。

 徐々に近づいてくるそれに片肩に背負っていたバックパックを下ろす。地面に付いた拍子に中から金属同士が擦れる耳障りな音がした。

「一人か……?」

「にしては、足音が大きくない?」

 暢気な閃鬼の声緩慢に返答し、舌打ちをする。通路の奥から視線を外さないまま、ゆっくりとバックパックのジッパーを開いた。

 見えて来たシルエットに片眉を上げた。

「美術館、というよりもお化け屋敷ホラーハウスだな」

 暗い闇の中から足音低く表れたのは6体の鎧人形だった。弓が1体、槍が2体、剣が3体。一部隊として見れば中々にバランスが良い構成じゃなかろうか。1人だと錯覚してしまうほど揃えられた足音は人間では不可能な物であり、生き物ではないことの証左だろう。

「金属、じゃねぇなぁ」 

 ザラザラとした表面の質感に目を細める。薄く香るグラウンドの香り。土製か。ファンタジー作品の定番なのは変わらないが、動く鎧ではなくゴーレムの一種っぽいな。

 バックパックの中から取り出した懐中電灯を閃鬼の足元に転がした。踵に当たったそれを、閃鬼が行儀悪く足を使ってこちらに向ける。

「光源それで足りる?」

「大丈夫だろ。多分。それよか今後のプランは?俺気を付けなきゃならないことある?」

「20分くらいで追加戦力が来ちゃうからそれ以内に片付けよう。10分で風竜は梅雨払い、あたしは異在道具オーパーツ解除してー、5分で盗んで―、残り5分で逃げる。よろしくね」

「ハイハイ」

 俺に対し期待している、って感じの声色じゃないな。それどころではない。俺が熟すことが当然だという声に、腹の奥底からグワリと熱風が吹き上がる。

 ソワソワと落ち着かない腑の中とは裏腹に頭は冴え渡っている。

 ――閃鬼は、俺にとって戦意向上の存在イグジストだな。

 なんて、益体のないことを考えながら、緩む口角を誤魔化す為に「しょうがねぇなぁ」と呟いた。

 携帯端末の時間をちらりと確認する。余裕をもって残り8分と見ておくか。バックパックに突っ込んだ腕に鎖骨の刻印から力を通す。

「毎度思うけど、雑に手ぇ突っ込んでよく切らないよね」

「あんたのバックと違って整理してんだよ。こっちは良いから、あ、待って相手の材質だけ教えて」

「土」

「いや、それは見てわかるわ」

「材質自体は普通の土だよ。項の部分に刻印が刻まれているからそれで動いてるだけ」

「成程」

 じゃあ取り敢えずそれを壊してみるか。

 ゴーレムの額にある”真理emeth”の護符を一字切り取り”彼は死せりmeth”という意味にすることで崩壊するという話を思い出した。まぁ異在道具オーパーツは刻まれた刻印を切れば壊れるのは共通しているのだが。

 指先に意識を集中する。中に入っているのは何枚もの金属片と一本の棒。

 握った棒――刀の柄に力を流し込む。変形し、伸びていった先が金属片――分解された刀身の一部を絡め取る。呑み込まれたパーツを巻き込んで創り変え、また次へ。

 ――ゴーレム相手なら重量が欲しいな。

 全ての中身が溶け込んだ刀身がバックパックを突き破る前に引き抜く。ぐるりと振り回し、肩に担ぐ間に形を整えた。

 身の丈ほどの大刀はプラス・ボックスに来る前からのお気に入りだ。とはいえ、箱内ならともかく、プラス・ボックスの外でこんな物騒なデカブツをぶら下げていたら人目も引くし、なんなら通報されちまう。なので普段は刀身をバラし、必要に応じて立体パズルの様に組み立てていた。現在は“我が欲へ《アルケミア》”で組み立て工程を代行している。

 鞘も鍔もハバキも無い、出刃包丁の様な形状。俺と比べ、頭一つ分抜いたくらい全長。ズッシリとした重みが肩に掛かる。

「何か壊しちゃマズいもんとかあるか?」

「赤い石の付いた冠と紫の靄が渦巻いた水晶は刺激しないで。あとはこの部屋内なら壊しても良いけど……。基本的にこの部屋にあものって貴重且つ高価な上に盗品なんだよね……」

「んじゃ、あんまり派手にやらない方が良いか」

「多分追加来ても風竜の方が強いんだろうけど……長居するもんじゃないでしょ。手早く行こう」

「賛成だ」

 仕事がスムーズなのは有能の証だからな。

 覗き穴のない、ツルリとした鎧人形に向かって、挑発的に口角を上げる。上に向けた指をチョイチョイと折り曲げる。

「さぁて、俺の役目を果たすとするか」

 心がないからか、それとも俺の言動を認識して居ないのか。変わらない速度で一歩踏み出した鎧人形が、後ろから照らされ、長く伸びる俺の影に踏み込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月5日 20:00
2025年1月12日 20:00
2025年1月19日 20:00

アナザーズ・レコード 紙葉衣 @another013

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ