無常の火

松本貴由

無常の火


 寝られないじゃないか。

 サイレンの音が五月蝿いのでカーテンを開けると火柱がみえた。


 東のドラッグストアの屋根越しに空が明るくなっていた。

 燃えている現場自体は見えない。しかしこの炎はなかなか生で見る機会がないほどの大きさだ。

 南北を走る国道の向こうの住宅地だろうか。

 古い木造の家が密集しているから延焼していないといいのだが。

 近隣のマンションの窓があちらこちらでちらちらと動いている。みな地震雷火事親父というわけだ。



 駆ける閃光のように、落ちる恒星のように、灼ける太陽のように、炎は勢いを増す。

 轟々という声、歓喜の雄叫びがきこえるようだ。

 火の粉を纏う黒煙が艶めくほどの純度。

 火は赤と誰が決めた?

 オレンジ色だ。

 それは果実ではなく、赤と黄色を混ぜた橙いろでもなく、此世ではないどこかからきたオレンジという名のいろだ。

 花散らしの長雨を戦化粧に。曇天を穿って天を衝く。

 群れた煙を大きな口で飲み込んでいっそう大きくうねる。――飲み込んだのが煙だけでなくとも、炎は無邪気にあるべき姿へと進む。糧でなければ道連れでもないのなら、その犠牲はなにゆえだろうか?


 東の空がまばゆく照らされる、まるで朝陽のように。それは此世のことわり。

 汚れのない、燃えるという使命、燃やし尽くすまで燃えるという純粋な意志。それは生命の息吹。

 命の終わり、それは此世のさだめ。


 その光景はとても美しかった。


 人が死んでいるかもしれないのに。



 やがてぽつぽつと雨粒がベランダを打つ音が耳に入ってきた。

 サイレンはいつの間にか消えていたのでカーテンを閉めた。

 寝よう。




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無常の火 松本貴由 @se_13

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