魔法の鏡

高黄森哉

魔法の鏡


 少女が机に突っ伏していると、同級生の会話の隙間から、魔法の鏡の噂が耳に届いた。それは、都市伝説だった。監禁事件のあった館、今は廃虚になっているのだが、ある鏡の前で悩みを話すと、親身になって聞いてくれるというものだ。


 帰り道にその廃虚はあった。コンクリートの骨組みだけのような建築で、中に入るのは容易である。崩れかかった建物に、しかも不法侵入するのは、気が引けるが、彼女はここ以外で悩みを聞いてくれる場所はないと覚悟を決めた。


 鏡はすぐに見つかった。それは地下の薄暗い部屋にあった。辛うじて日光が階段から射しこんでくる。自分の顔は暗がりの中に沈んでいた。


「鏡よ鏡。この世でいちばん不幸なのは誰」

「それは貴方」


 ゾッとした。まさか返答があるとは思わなかったからだ。


「それは、どうして」

「あなたは自分しか見えていないから」


 鏡にはただ、私の顔がうすぼんやりと浮かんでいるのみだ。確かに、私は自分しか見えていなかったのかもしれない。


「こっちへ来て、お話しましょう」

「こ、こっちって」


 その時、扉が開いた。地下の入って右の扉だ。少女は失神しそうだったが、なんとか持ちこたえた。なんと、声の正体は大学生の女。室内は懐中電灯がぶら下げられていた。丁度、鏡の裏側の部屋だ。


「あっ。鏡」

魔法の鏡マジックミラーよ。灯りがあると、ガラスになっちゃうから、普段は消してるの」

「どうして、こんなことしてるんですか」

「スクールカウンセラーみたいなものだと思って。貴方の高校に噂を広めたのは私の妹なの」

「そうなんですか」


 少女は、飲みかけのお茶を渡され、断る訳もいかず、また飲むわけにもいかず、抱える。


「私はここで救われたことがある。学生時代。誰がしていたのか、今となっては分からないけれど。あの人の意志を継ぎたい。後継者が現れるまでは」

「ははあ」

「でも、私、留学に行かなきゃならないの」

「そうなんですか」

「それでちょうどいいかなって。自分以外の人の不幸を知れば、貴方は自己中心的ではいられない筈だから」


 少女はそうだろうか、と否定的だったが、鏡をすること自体は面白そうだと、興味が湧いた。


「じゃ、やります」


 それから彼女は様々な悩みを聞いた。そして、彼女は確かに、人の事を考えられる人間へと成長したのかもしれない。彼女が鏡をのぞいても、もはやそこに彼女の姿はなく、そこにはいつも悩みを抱えた他人の姿があるのみである。だけど、


 そのために少女は、自身を見つめることが出来なくなってしまったのではないか。

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魔法の鏡 高黄森哉 @kamikawa2001

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