犯人に告ぐ

鯵坂もっちょ

犯人に告ぐ

本日はご多用の中、故人のためにご会葬、ご焼香を賜り、誠にありがとうございました。

遺族を代表いたしまして、皆様に一言、ご挨拶を申し上げさせていただきます。

故人の妻でございます。


あれからもう二週間が経とうとしています。夫とのあまりにも突然の別れを、私は未だに受け止めきれずにいます。


ご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、夫の命を亡きものにした人物は、未だ捕まっておりません。それどころか、いったいそれが誰であるのかすら、いまだに判明しておりません。


私の正直な気持ちを申し上げますと、犯人が憎くてたまりません。憎くて憎くてたまりません。もし、もしですが、そんなことはありえないと私としても思っていますが、もしこの中に夫を殺めた人間がいるならば、早急に名乗り出てほしいと、そう思っております。


生前の夫は、言うなれば、愛に溢れた優しい人物でございました。私は夫を愛し、夫も私を愛しておりました。ごく普通の家庭であったと思います。私達は、ごく普通の幸せを享受しておりました。


私よりも少し早く夫の方の仕事が終わったときは、いつも駅で待ってくれていました。誕生日や結婚記念日など特別なときは、いつも花とケーキを買って来てくれるような、そんな人でした。


結婚記念日といえば、夫は一度やると決めたら絶対にそれを曲げない人物でもありました。


その前の年は旅行、そのさらに前年は食事に出かけたので、その年はプレゼント交換を盛大にしようということになりました。夫は、部屋を開けると仕掛けが作動して、私の手元まで自動的にプレゼントが運ばれてきてくれる装置を作ってくれていました。


しかし当日、装置はうまく作動しませんでした。夫は大変にショックを受けていましたが、絶対にリベンジさせてくれ、と言い、後日また改めてプレゼント交換会をすることになりました。


リベンジに一ヶ月もかかってしまいましたが、二度目はめでたく成功し、楽しい一ヶ月遅れの結婚記念日となりました。


普通であれば、がっかりするような話なのかもしれませんが、なんだか無性に夫の愛を感じられ、また真面目であった夫のかわいい一面が垣間見える、心の温まるエピソードとして、私の心には刻まれております。


本日は、ひので銀行の関係者の方々も大変多くお集まりいただきまして、恐悦至極に存じております。夫は職場でも、周囲から非常に慕われていた人物であった、と聞き及んでおります。これだけの多くの方々にお集まりいただいていることを見て、やはりそれは本当であったのだな、と感慨に浸っております。


夫は銀行では融資部門に所属しておりました。家では仕事の話はあまりしませんでしたが、それでも、私が水を向けたときは話してくれました。


彼の話から断片的に伝わってくるのを感じるしかありませんが、やはり夫は職場でも、お客さんからも尊敬されていたのだ、と私は思います。


最近仕事で大変だったことはある? と私が聞くと、融資したけれども返済が大変そうなお客さんに対して、いろいろな手段を講じてなんとかお金を工面するのが特に大変だ、と言っていました。


でも、なんとかなったときのお客さんの笑顔がたまらなく好きなんだ、このために仕事をがんばっているんだ、と夫は言っておりました。そんな夫の姿は、もう見ることはできません。どうか、皆様におきましては、そんな夫の笑顔をいつまでも忘れずにいていただけたらな、と思っております。

それが私達にできる、夫への最後の愛情表現でもあるのではないかな、とも。


しかし反面、夫は優しい性格でしたから、仕事上の面倒事を引き受けざるを得なくなってしまうことも多かったのでないかな、と推測しています。

最近の夫は、何かに思い悩んでいるようでありました。優しい彼のことですから、上役からなにか違法行為のようなものを頼まれても、断りきれなかったのではないかな、と思います。

今回の悲劇も、もしそのような状況が関わっているのだとしたら、本当に胸が痛みます。


夫は、もしかしたら、自分が殺されることを予期していたのではないかな、と思います。


夫は、いつも仕事場ではないどこかへ出かけることがありました。夫は不貞を働くような人間ではありませんから、どこへ行っているんだろうと思っていました。

夫が亡くなってから気づいたのです。夫は、復讐をしようとしていたのではないかと。いえ、復讐をしようとして、いる、のではないかと。


夫の遺品を整理していて気づいたのです。そこには、さまざまな装置の部品と思われる何かがありました。これは、あの結婚記念日と同じことをしようとしているのではないか、と私は思いました。


夫は犯人に心当たりがあった。だから、犯人に殺されてしまう前に、こちらから行動を起こそうとした。しかし装置が発動する前に殺されてしまった……。


なんとも悲しいことです。しかし、夫にとって幸運だったのはそれが自動装置であったことです。自動的に発動する装置であったからこそ、それはいまだに効力を持って、犯人のことを狙っているのでしょう。


問題は、それがどのような装置であったのか、という点です。


夫の遺品の中に、気になるものがありました。夫は生前、さまざまな生物について調べ物をしていたようです。夫の部屋からは、雑誌の切り抜きや、新聞記事の切り抜きが、夫の閲覧履歴からは、動物や昆虫についての記事が、大量に発見されました。


この動物の生態を参考に、その装置を作ったのだとしたら……。


今一度言いますが、夫を殺めた犯人は未だに見つかっておりません。私がこの装置を止めようにも、相手が誰かわからなくては止めようもないのです。そういった理由もあって、私としては、犯人には早急に名乗り出ていただきたいと思っております。


夫がどのような手段でもって復讐を遂げようとしているのかはわかりません。わかりませんが、夫の部屋で最近、私はフンコロガシについての記事を読んで、少し不安を感じています。


(了)

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