第16話

 死者の迷宮第七階層の入り口付近にて、僕は物陰に隠れて息を潜めていた。

 少し離れたところには三人組の冒険者パーティーが談笑しながら歩いているのが見える。

 さすがに全くの無警戒ということはなく、会話の中でも視線は周囲へ向けており、このまま奇襲したところですぐにバレてしまうだろう。

 だから僕は絶好のタイミングが来るまで動かず我慢し待つ。そして、その時はすぐにやって来た。


「チッ、ゴブリンかよ。最悪だぜ」

「同感、こいつら臭いし汚いしドロップアイテムも討伐証明の耳しか落とさないから狩るメリットがないのよね」

「でも倒さないわけにはいかないだろ。ゴブリンとオークを見つけたら必ず殺せ。そういう決まりだ」

「分かってるわよもうっ、ゴブリン相手に魔法は勿体ないから早くやっちゃってよ二人とも」


 全身鎧に身を包んだ盾と剣を持ったオーソドックスな戦士、両手に短剣を構え頭にフードを被り革の鎧という動きやすさを重視した恰好をした暗殺者、身の丈を超えるほど大きな杖を持った魔法使い。

 たぶん全員が十五歳ぐらいの年齢でそこまで強いと感じない。これは僕の勘だけど正面から戦っても勝てると思う。それと、やっぱりオークはそういう扱いなのね。分かってたけどショック。


「あー任せた。俺の愛剣をゴブリンの臭い血で汚したくねぇ」

「それは俺も同じだ。お互いの武器のリーチを考えたらお前がやるべきだろうが」

「俺の剣はついさっき研ぎから戻って来たばかりなんだぞ。絶対嫌だ!」

「それは洗えばいいだけの話だな。俺の場合、下手すれば服に血が飛び散る可能性があるんだ。一度経験したから分かる。革だから汚れは落ちないし臭いも取れないしで散々だった。だから二度目は避けたい」


 どちらがゴブリンをやっつけるかを擦り付け合う二人に、魔法使いの女性は馬鹿を見るような目で「もうリッケッタで決めなさい」と呟いた。

 

「フン、面白れぇ。乗った!」

「負けるのはお前だがな」


 リッケッタって何だろう? というかゴブリンくんがどうしたらいいか迷ってるよ。早く構って上げて。


「行くぞ」「ああ」


 戦士は剣を左手に右手を前へ、暗殺者は左手を差し出して拳を握る。

 

「「リッケッタ!」」


 その正体はなんてことはないただのじゃんけんだった。そして、勝ったのは暗殺者の方でニヤリと笑みを浮かべガッツポーズをする。


「フッ、俺の勝ちだな。ゴブリン退治よろしく頼む」

「クソッたれ! 剣が、俺の研ぎに出したばかりの剣が臭くなっちまう。――はぁ、仕方ねぇか。さっさとぶっ殺して依頼品の採取に行くぜ」


 ゆったりとした動作で戦士がゴブリンへと近づいていく。それをニヤニヤと眺める暗殺者と魔法使い。僕から見ても完全に油断をしているのが分かった。

 このチャンスを逃すまいと僕は気配を殺しそろーっと背後から忍び寄る。そして、戦士がゴブリンを殺したのと同時に飛び出した。

 まず狙うのは暗殺者の方。寸前で気づいたけど残念ながら遅いんだよね。右手に持った短剣を目掛けておもいっきり白銀の突きを放つ。


「ぐっ、このっ!」


 武器を手放さなかったのは偉いけど、右手は吹き飛ばされて身体は大きく泳いでいる。僕はガラ空きな鳩尾に石突の方で打ち込み、暗殺者を無力化することに成功。そのまま杖を構え魔法を放とうしている魔法使いの腕を掴み力強く引き寄せる。


「オークッ!? テメェ、よくもリアンをやったな! 豚がっ、その汚ねぇ手からメルヴィを放せコラッ!」 


 ガシャガシャと金属鎧の接地音を鳴らしながら駆け寄ってくる戦士。僕は激しく抵抗する魔法使いの首に腕を回して拘束し、せいいっぱいの悪役顔でそれ以上動けば分かってるなとジェスチャーを送ると、戦士は「なっ!?」と驚き慌てて急停止する。

 その隙を逃さず僕は戦士の剥き出しの頭を槍の柄の部分で殴打した。


「ぐあっ!!」


 ゴロゴロと地面に転がった戦士は気絶したのか動かない。それを見て魔法使いは悲鳴を上げる。涙を流し全てを諦めたかのように抵抗していた両手をだらんと下げた。


「い、いや、お願い助けて……」


 あっ、ちょっとやりすぎたかな? とりあえずこの女性は放してあげてっと。事情を説明してアイテムを分けてもらってさっさと退散しよう。


「ごめんね、驚かせちゃって。もう何もするつもりないから安心いいよ。その代わり色々アイテムを分けて欲しいんだ」

「えっ、え、えっ!?」


 あーやっぱり驚くよね。同じ立場なら僕もその反応をする。


「夢でも幻でもなく現実だから。貴方のお仲間が目覚めると困るから早めにしてほしいんだけどな」


 状況を理解したのか魔法使いはたっぷりと溜めて大声で叫ぶ。


「お、オークが喋ったっ!? 嘘! ちょっと待って! 私の頭おかしくなっちゃった? それとも魔法による現実? 変な茸でも食べたっけ?」

「駄目だ聞いてない。もういいや勝手に取るからお願いだから何もしないでね」

 

 驚きパニックになる魔法使いを尻目に、僕は戦士と暗殺者の荷物をゴソゴソと漁り遠慮なく奪っていく。それから魔法使いに向かって手の平を上へ向けて差し出す。


「役に立ちそうなアイテム頂戴」

「えっ、あ、ああ、分かったわ。渡すから襲わないで。私まだ処女なの」


 聞いてないのにわざわざ教えてくれた魔法使いから回復薬(ポーション)類や魔法巻物(マジックスクロール)を数点受け取ったあと、僕は魔法使いから背を向ける。


「そこの二人が起きるまで一人で大丈夫? 魔物に襲われても一人で対処できる――って、僕に言われたくないか、ははは……」


 呆気に取られた顔で魔法使いが頷くのを視認し、念のため心配だから遠くの物陰から戦士と暗殺者が目覚めるのを確認してから、僕はその場から立ち去った。

 

「ブハハハハッ! やるじゃねぇか、トン。この調子でドンドン略奪していくぞ」

「は、ははは、何だか自分がとんでもない悪党になった気分だよ。実際やってることは犯罪だしね」

「馬鹿かお前は。相手はお前を殺そうとやって来たんだぞ。アイテムを奪われる程度で勘弁してやってるだけありがたいだろうが」

「そんなこと……それもそっか。自分がオークの身体だから仕方ないと思ってたけど考えてみれば理不尽じゃん。うん、遠慮なく頂戴することにしよう」


 でも、可哀そうだから小さな子供や女性には暴力は振るわない方向でいく。男? 関係ないね。仕返しが怖いからまずは殴って無力化してから考える。


「おい、早くいらねぇアイテム類を食べて次に行くぞ。言っておくが、回復薬(ポーション)、魔力回復薬(マナポーション)、魔法巻物(マジックスクロール)とか戦いに役立つものは食うなよ」


 ああ、せっかく考えないようにしていたのに。また食べないといけないのか。強くなるためには仕方ないことだ。あーあ、せめて美味しければな。


「分かってるって。――ねぇ、エクス。ふと思ったんだけど調味料を付けて食べたら美味いかな?」

「お前……いや、なんでもねぇ。随分と迷宮に馴染んできたじゃねぇか。最初はピーピー泣いてたくせによ。案外こういう奴が生き残るのかもしれねぇな」





 第十階層を目指しながらアイテム集め(冒険者狩り)をする僕とエクス。

 最初は順調そのもので油断しているところを不意打ちで気絶させアイテムを奪っていった。

 ただ、何回か繰り返すうちに明らかに警戒されていることが見て分かり、背後からの強襲は通用しなくなってしまった。

 理由は分かってる。僕は誰も殺していない。つまりそういうことだ。生き残った者たちからの報告を聞いたのだろう。

 目撃者を全員消せばもう少しバレずに済んだのかもしれないが、まぁそれは分かっていたことだ。だから僕とエクスは不意打ちからおびき寄せて罠に嵌める方向へとシフトチェンジをした。

 結果だけ先に言うと大成功だった。

 冒険者たちは僕がオークのフリをするだけで、ニヤニヤと笑みを浮かべて舐めてかかるか、烈火のごとく怒り襲い掛かって来るかのどちらかだからだ。

 あとは罠のある方へ逃げるだけでOK。唯一の懸念点は武器を持ってたらバレるので隠しておかなければならないこと。エクスの場合は外せないので布を巻きつけて分からないようにした。

 皆、僕が喋ったらすっごい驚いていた。まさか真実だとは思わなかったらしい。色々と質問をしたら判明したことがいくつかある。

 まず、僕には多額の懸賞金がかけられていること。これはアリスがギルドに依頼を出したみたい。見つけたら報告しろって内容の依頼みたい。自らの手で殺すからとギルドで決意表明をしたとか……怖っ。

 ただ、今アリスは冒険者ギルドの総本部に呼び出されているみたいで、今すぐ僕を殺しにくるのは不可能っぽい。

 ホッと一安心だけど僕の心はちょっと複雑。会って誤解を解きたい気持ちはあるけど面と向かって対峙すれば殺されると分かってるから応対はできないし。

 ああ、それと第十階層のボスについて詳しく聞いた。

 使用してくる魔法の種類、手下たちの攻撃パターン、主な攻略方法など、最初は死んでも話すかって意地を張られて拒否られてたけど、それなら身体に聞くないけどいいのと女性に詰め寄ったら首を横に振ってゲロったよ。

 情報を教えてくれるのはありがたかったけど内心かなり複雑だった。オークじゃなくて僕自身が嫌だと言われているみたいで。人間の姿でも同じかもしれないけどね、ははは。


「さっきからずっと待ってるけど来ないね」

「ハッ、もう豚が待ち伏せてるから気を付けろって知れ渡ってるんだろ。お前が生かして帰してるからだな。殺しても文句は言われねぇと思うぜ」

「エクスの言う通りかもしれないけどさ。魔物を殺すのと同じ人間を殺すのとじゃあやっぱり違うよ。それに僕は異世界に来る前までは学生だったんだ。それでいきなり人を殺せって言われても無理だって」


 死者の迷宮第八階層の入り口がある方向に続く道を岩陰から監視しながら僕らは雑談をしていた。


「お前が学生? 馬鹿が何を学ぶんだよ。時間の無駄だろ」

「うるさいな。僕の居た日本は平和だから基本的にお金に余裕がある人は学校に通ってるんだよ」

「ハッ、何だそれは無駄に金を捨ててるだけだろうが、あーもったいねぇ」

「そんなことはない……と言いたいけど学校で教えてもらうことって社会に出ても必要ないことが多いから。頭の良い人が習ったことを活かせる仕事に付けるなら別だけど、大多数の人がその学校で得た知識なんて必要ないところに就職するし。仕事して時間が経つとその習ったことすら忘れちゃうんだ」

「なるほどな。今のでよく分かった。お前、随分と平和ボケした場所で生まれ育っただろ」

「まぁね、僕が居たところというよりは世界がだけど魔物なんていない。人間を食べる動物はいるけどそれも問題はないぐらい便利なものが世の中に溢れてる。人間同士の争いとか国家同士の戦争はあってどこかで人が死んでる。でも、僕の住んでいた日本は昔負けてからは戦争はないよ」

「どうりであんな甘っちょろい対応をするはずだぜ。それが良いのか悪いのかは別としてな」

「僕は良いと思ってる。――ん、あれ? 僕さ似たようなことをフローラとミリアにも話した記憶があるんだけど、お前聞いてなかったの?」

「あ? ああ、あのときか。寝てた、全く興味がなかったからな」


 こ、こいつ、話ぐらい聞いておけよと文句を言いたい。


「はぁ、もういいよ。お前はそういう奴だって分かってるから文句を言っても仕方ない。でも、僕が同じように話を聞いてなかったらお前はキレるよな?」

「当たり前だろ? 俺様の言葉を聞いてなかったって言ったらぶっ殺すぞ」


 なんという理不尽。僕は別に気にしないけどこういうところが嫌だって人は多そうだよね。ま、これはエクスだけとは限らないか。同じような人はいるにはいるし、プライドの高い人とかさ。


「にしても来ないな人……もうアイテム集めは終了かな」

「トン、少し気になったことがある。そんだけ平和ならお前は何で死んだんだ? 病気か? それとも予期せぬ事故か?」

「ん~どうだろう? そこのところ僕も分かってないんだよね実は。呼び出されたから待ってたんだけどいつになっても誰も来なくて、それで鉄製の柵に寄っかかったら壊れちゃったんだ。バランスを崩してそのまま四階の高さから真っ逆さまに落ちたんだけど……」

「言い淀むってことは何かあったんだろ?」

「うん、バランスを崩したときに後ろから誰かに押された気がするんだよね。気のせいだと言わればそれまでなんだけど」


 僕は眉間に皺を寄せて難しい顔を浮かべて唸る。落下時のあのふわりと重力に逆らったときの気持ち悪い感じと地面との激突したときの衝撃が凄すぎて覚えてない。せめて相手の姿とか顔を見てたなら別だけど……まぁもう死んじゃったし異世界に転生したから言及してもしょうがないよね。この件は僕の不注意で死んだと思うようにして、過去よりは現在や未来のことを考えるようにしてる。


「フン、オークになる前からトロい野郎とは救えねぇな」


 うるさいよっ! そんなことは体重が増え始めた小学校高学年のときにとっくに気づいてるって!! ――っと、ようやく人が来たっぽい。


「一、二、三……五人組のパーティーか、ちょっと多いけど油断してるみたいだしイケるかな?」


 緩んでいた意識を切り替えて槍を片手に僕は遠くにいる冒険者パーティーを観察する。たぶん大丈夫だろうと思い動こうとしたとき、「待て」とエクスに止められた。


「トン、動くな。じっとしてこのままやり過ごすぞ」

「えっ? 何でさ。たぶんあの人たち油断してると思うよ?」

「だろうな。だが、ほぼ確実に罠だ。あいつらの装備をよく見てみろ」

 

 別に普通の冒険者の装備だと思うけど。あ、でも、気のせいか少し装備の質が良い感じがする。

 

「今まで出会った冒険者の人たちよりは良い装備をしてそうかな」

「それもそうだが見るのはそこじゃねぇ。真ん中にいる魔法使いの恰好をした女の腰に銀の鈴があるのが分かるか?」

「うーんと、本当だ。高そうなアイテムだね。もしかして魔道具(マジックアイテム)?」

「ああ、それもおそらく索敵系のな。ありがちなのは一定の距離までに魔物が近づいたら知らせてくれるとかか?」

「うげっ、それマジ? じゃあいつも通り僕が裏から襲ってたら返り討ちに遭ってたってことじゃん」


 そう考えて改めて見たらこれまで出会った冒険者の人たちより強そうな気がする。さすがにアリスたちとかフローラと比べれば雲泥の差で可哀そうだけど。少なくともオーク(僕)を返り討ちにできるぐらいの力量はありそう。


「冒険者狩りはもう終わりだな。アイテムはいくらあっても困ることはねぇし、まだ持てねぇこともねぇが……ま、無理をする理由はねぇか」

「――ふぅ、良かった。もしかしたら突っ込んでアイテムを奪ってこいって言われるのかと思ったから」

「あ? 俺様はそれでもいいぞ。お前が死ぬだけだからな」

「ごめん、僕が悪かった」

「あいつらをやり過ごしたら先に進むぞ。アイテムも集めたしそろそろいい頃合いだろ」

「まさか第十階層のボスに挑むの? まだ早くない? もうちょっと準備した方が……」


 不安から僕が意見を述べるもエクスに却下されてしまった。それどころか急かすように強めの口調で告げられる。


「いずれにしろどうせボスと戦うんだろうが、ようはそれが早いか遅いかの違いしかねぇ。それにああいう奴らが現れたってことはお前の存在が脅威だと知れ渡ったってことだ。居場所がバレれば冒険者によるオーク狩りで丸焼きにされて死ぬぞお前」

「そいつは勘弁。よし、じゃあ行こう。誰とも出会わないように隠れながらこっそりと進もうか」


 うーん、ついに僕もボス戦に挑むのか。緊張してきた。ゲームとかだったらレベル上げをして充分安全マージンを取って挑むタイプなんだよね僕って。


「おっ? あいつら引き返したみたいだな。ハッ、運が良いな。どうやらお前はまだ第七階層付近かその手前に居ると思われているらしいぜ」


 それってつまりもう第七階層以前には戻れないってことだよね。しらみつぶしに探されていると考えたらあまり猶予はないかも。嫌だけど僕も覚悟を決めないといけなくなったみたい。


「異世界転生って、もっとこう神様からチート能力を授かって好き勝手無双するものだと思ってたんだけどな。現実は厳しくて残酷だよほんとに」

「は? なんだそりゃあ? 馬鹿なこと言ってねぇで早く歩け」

 

 ごもっともその通りですと僕は若干疲れた表情を浮かべる。

 この先は僕にとって未知の階層だ。何があるか分からないから注意して進まないと、


「僕にも仲間がいればな。さっきの冒険者パーティーが羨ましいよ。見た? あの楽しそうな雰囲気をさ。対して僕は、はぁ」

「お前、今俺様を見てため息を付きやがったな? チッ、豚が調子に乗り始めたか? もうサポートするのをやm……」

「あーーー! いやぁ、エクスと一緒で良かったなっ! こんなにも頼りになる相棒がいて僕は幸せだよ!!」

「うぜぇ、お前の見え見えのおべっかなんていらねぇよ馬鹿が。俺様に認められたければ強くなれ。せめて単独でドラゴンを倒せるぐらいにはな」


 いや、ドラゴンって。伝説のドラゴンのことを言ってるわけじゃないから別の……野良のドラゴンのことか。 ――ん? ドラゴンに野良もクソもないかな。だってドラゴンだし、強いに決まってる。


「ははは、ドラゴンを単独で倒すって想像がつかないや」


 オークとドラゴンが戦うのを想像してみたけど、見事な捕食者と非捕食者の関係で苦笑いしつつ、僕は第十階層へ向けて移動を開始したのだった。





「どう? 特殊個体のオークの気配はする?」


 身の丈を超える杖を持った小柄な少女が、にこやかな笑顔を浮かべながら前を歩く狼人の青年に問いかける。

 対して、ぎこちない笑みで左右に首を振る狼人の青年。少女は小声で「もっと上手くやりなさいよっ」と呟くと狼人の青年の足を杖で叩く。


「メルティ、あまりトーリを虐めてやるなよかわいそうだろ」


 最後尾で頑丈そうな鎧を着こなしと大盾、斧槍を持った精悍な顔立ちをした戦士が言う。すぐさま少女は「虐めてないわよっ!」と反論をする。修道服を着た物静かそうな女性と活発そうな赤毛の女剣士はそれぞれ困り顔と呆れ顔で注意を促す。


「あ、あのっ、そんなに騒いだらオークにバレてしまうのでは……」

「油断をしているように見せておびき寄せようと言ったのはお前だろう、アレク」


 すまなそうな顔でアレクは頭を下げ、メルティは不満げながらも謝罪をする。


「悪い、トーリとメルティを見てたらつい口を挟みたくなったんだ」

「このバカのせいだけど謝るわ。ごめんなさいミルル、ヨハンナ」


 アレク率いる冒険者パーティー【黄昏の流星】は、ギルドからの緊急の依頼により特殊個体の調査という名の捕獲もしくは討伐を命じられ、この第七階層に足を運んでいた。

 【黄昏の流星】は本来ならこの階層ではなく、もっと下で活動するシルバーランクの冒険者である。

 アルメリアの街までの護衛を無事に終えて、ギルドに依頼完了の報告をしようと立ち寄ったとき、白髪の厳格そうな見た目の副ギルドマスターに呼び出された。

 事情を聞いた【黄昏の流星】の面々は、面倒そうな気配を感じ嫌な顔で断ろうとしたものの、あまりの報酬の高さとランクの昇格に必要な考査ポイントの優遇をチラつかされ、仕方なくこの依頼を受けた。

 もちろんオークに臆して依頼を渋ったのではない。あの【光の戦乙女】に恨まれたくないためだ。

 万が一捕獲ではなく討伐をしてしまった場合、あの憎しみの矛先が自分たちに向けられるかもしれない。

 もしもときはギルドが守ると誓約してくれなかったらアレクは依頼を断っていただろう。

 

「にしてもオークか、不意打ちか油断か知らないがまさかあの【光の戦乙女】のアリスがやられるとは……」

「急にどうしたのよ」


 何かを思い出すかのようにアレクは信じられないと首を振るのをメルティは訝しそうに訊ねる。


「この【黄昏の流星】を組む前に俺がソロで冒険者をしてたときの話だ。魔物に囲まれて絶体絶命のときに助けてもらったんだよ。何十体もの魔物を一撃で倒したあの光景を見たらオークなんかに返り討ちに遭ったとかとても信じられん」

「ふーん、私その話初耳なんだけど?」

「あれ? 言ってなかったっけか?」


 首を傾げるアレクの足を杖の先端で小突くメルティ。和やかな雰囲気の中でトーリが最大限の笑みを浮かべながら「オークの臭いがする」と告げる。


「ふむ、どこだトーリ?」


 ヨハンナに問われたトーリは首を左右に振る。


「アレク、少し殺気が漏れてるわ。警戒されるから気を付けなさい」

「わりぃ」


 メルティは隣のアレクに注意するも僅かに杖を握る手に力が入る。アレクは謝罪をしながらさりげなく当初の予定通り最後列へと移動。他のトーリ、ミルル、ヨハンナも同じように各々の場所へと動く。


「メルティさん、警戒の鈴に反応は?」


 ミルルに問われたメルティはチラリと腰に付けた鈴を見る。


「ないわ。少なくとも感知内にオークどころか魔物一匹すらいない」


 厳しい顔を浮かべたアレクは「油断するなよ」と呟き、この場から動かず周囲を警戒するようにと合図を送る。

 それからしばらく待つもオークが襲ってくる気配はなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 このまま進むかそれとも後退してアルメリアの街へ戻るべきか、アレクは悩む。

 今のところ怪我人や荷物を奪われたと報告した人間はいるものの、殺された者がいるとは聞いてはいなかった。だが、今回もそうとは限らない。

 相手は人間ではなく魔物。それも悪名高いオークだ。ただ殺されるだけならまだしも自分とトーリ以外は酷い目に遭う可能性が高い。そう考えたらアレクはこれ以上リスクを負うことは出来なかった。ましてや今回の依頼は乗り気じゃなかったのだ。躊躇いもない。


「撤退しよう」


 【黄昏の流星】の面々は大きく首を縦に振る。

 てっきりメルティとヨハンナ辺りに反対されると思っていたアレクは驚き、「いいのか?」と聞く。


「は? 何言ってるのよ。リーダーがそう判断したんだから従うわ」

「この特殊個体のオークは不気味だ。事前に情報をある程度聞き及んでいたのもあるが普通じゃない。ギルドからの緊急依頼とはいえ無理する場面ではないだろう」


 そうと決まれば行動に移るのは早く、【黄昏の流星】はくるりと反転して元来た道を引き返す。

 

「すまないみんな……」


 仲間たちが警戒しながら上階へ戻るのを眺め、それからトーリはとある一点に視線を向けて逸らした。

 そこには臭いの元であるオークがいる。

 トーリは本能でオークが自分たちよりも強いと分かっていた。

 一人では負けるだろう。【黄昏の流星】で戦えばおそらく勝てる。だが、仲間のうち何人かは重症あるいは死ぬかもしれない。

 そう思ったら言い出せず何とかして撤退を促そうと考えていた。

 アレクが早々に街へ戻ることを選ばなければ自分が提案するつもりだった。

 たぶんあのオークはこれからもっと強くなるだろう。願わくばもう二度と出会わないことを祈りながらトーリは仲間たちの後ろを追っていく。

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