最終話 全て、散った。

「……新藤くん」


 思ったより、自然に声が出た。


「心配してくれてありがとう。でも、ちょっと風に当たりたい気分だっただけだし、特に何もないから」


 私はそのままできるだけ自然を装って魁くんに返事をする。

 だけど、魁くんの心配そうな表情は消えてくれない。

 それどころか、魁くんの顔は更に深刻そうな顔色へと変化していく。


「……紅羽、お前、俺のこと……新藤くんって……」


 魁くんは少し寂しそうに呟いた。

 でも、きっとそれはただの私の勘違いだろう。


 だって魁くんには……


「彼女、できたんでしょ、新藤くん。おめでとう。だから、他の女の子とは、ちゃんと一定の距離を保たないとダメよ」


 魁くんは一瞬ハッとした顔を見せたけど……

 すぐに問いかけてくる。


「何で知ってるんだ。俺はまだ紅羽に……」



 うん。聞いてないよ、魁くん。

 だって魁くんが心を許してるのは、許すと決めたのは、私じゃないから。


 でも、でもね、それでも、私は……




『君のことが大好きだから』




 一瞬、そんな言葉が頭をよぎる。



 ……ううん、違う。

 私は、魁くんのことなんて異性として見ていないし、見たことだってない。


 私は魁くんに恋愛感情なんて抱いたことはなかった。

 私は魁くんのことを男の人として見てなかった。


 そんな感情なんて、なかったの。


 だから、そんな私が、魁くんの恋愛事情に詳しい理由なんて……




 1つしか、考えられない。




「幼馴染だからだよ、新藤くん。私は、新藤くんの、昔からの幼馴染だから」




 私は、魁くんのことをできるだけ真っすぐ捉えて、できるだけの笑顔を見せる。



 私は、私はね。

 魁くんの、唯一無二なの。



 そんな感情が今の言葉にうっかり乗ってしまったことを否定すると、それは噓になる。

 でも、これが今の私の、できるだけ。精一杯。

 私の我儘で魁くんのことを困らせたくないし、魁くんには私と違って、きっと幸せな未来が約束されてるから。


 幼馴染なら何でも知ってる。

 そんなことなんてあるはずないのに、魁くんはあっさりと納得してしまう。


「……実はさ、魔耶の告白、やっぱり嘘だったんだって。本人から聞いたよ。だから、お前の忠告は間違ってなかった。それなのに、俺はあんな酷い言い方を……もし、そのせいでお前のことを傷つけてしまったなら、謝らなきゃって思ってて……だからごめん」


 魁くんは丁寧に謝罪する。


 ―――そして、その次には昔からの優しい幼馴染として笑う。


「でも、ただの幼馴染にしては、ちょっとお節介だったと思うよ。まあ、そのおかげで俺は魔耶とちゃんと向き合って、そのうえで付き合うって答えを出せたんだけど……だからありがとう。そういうわけでさ、」


 ずっと魁くんを見つめていた私と、彼の視線が交差する。


「もう俺のことはいいから元気になってくれよ、






 彼がそう口にしたとき、少しだけ寂しそうな顔をしたように見えたのは……

 これもきっと、私がそう思いたかったからに違いない。




 自分で言わせたはずのその呼び名に胸が締め付けられるような痛みを覚えたのも、多分私の気のせいだった。











◇◇◇











 そんな雨川さんこと私は、下校中に前を歩く2人を見て、今日が水曜日であったことを思い出す。


 魁くんと魔耶さんが付き合い始めて、とうとう1ヶ月が経った。


 私は、反射的に2人から距離を取る。

 それは2人の邪魔をしたくないとか、後ろにいることが見つかったら惨めだからというのもあるけど……




 聞こえてしまったんだ。




 魁くんが、彼のお母さんについて語っているのを。


 彼のお母さんは専業主婦だけど、水曜日だけはパートのお仕事で夜遅くまで家を留守にしている。


 「お前にだけだぞ。秘密だからな」と言って、魁くんが私にそれを教えてくれた小4のある日のことを、私はついこの前のことのように鮮明に記憶している。


 あれから毎週のように魁くんの家でゲームしたり、一緒に遊んでた時期もあった。


 楽しかったな……


 常に両親が不在で寂しがり屋の私に、いつも付き合ってくれた。


 そして何より……私を秘密を共有する『特別』にしてくれたのが嬉しかった。




 わかってた。

 いつかはこんな日が来るって。


 魁くんも男の子だし、その……




 うん。

 当たり前、だよね。


 だって、魁くんはもう、私の『特別』ではないのだから。









 魁くんの部屋のカーテン越しに重なる2つの影が、ゆっくりと傾いて倒れていく。

 その様子ははっきり見えなくても、何が起きているのかはなんとなくわかる。


 私はとうとう立っていることさえもできなくなり、未だ捨てられずに転がってるくまのぬいぐるみを抱きかかえたまま、自室の窓際で膝から崩れ落ちる。



 今、すぐ向こうで。

 私の魁くんが、魁くんではなくなっていく。



 こんなに近くにいるのに、どうして遠いんだろう。


 私の大好きだった幼馴染が、大嫌いな女の子の色に染まっていく。

 少しずつ、少しずつ。


 それを臆病な私は、止めることはできなかった。

 ……それが魁くんが望んだことなら、私なんかに止める資格はなかったのだから。



 ふと思い立った私は、机の引き出しからハサミを取り出す。

 魁くんの部屋は目と鼻の先とはいえ、聞こえるはずのない物音。……でも私には、その物音が一定のリズムで聞こえる気がして。

 私はそれに合わせて、好きだった長髪にハサミを入れていく。


 サラサラと髪が舞い、重力に従ってゆっくりと落ちる。

 私は何度も繰り返す。

 できるだけ乱雑に、何度も何度もハサミを入れていく。



 魁くんに、私の大切をあげたかった。

 失恋したら髪を切るなんてベタだけど、やってみたら案外気持ちの良いもの……かもしれない。



 魁くんが魁くんでなくなっていくように、私も私でなくなっていく。

 これで一緒だね、魁くん……



 だけど、とうとうハサミは空を切る。

 床を見ると、自慢だった髪が全て、バラバラに散っていた。

 それを見て、私は気づく。



 もう、終わっちゃったんだ……



 結局、数十 cmの髪と引き換えに得られたのは、満足感ではなく、圧倒的なまでの喪失感と虚しさだった。



 どうして……

 どうして私には、感情があるの?

 早く壊れたい。いっそ壊れて、楽になりたいよ……



 もう何も考えたくない。

 どうか神様。辛いとか悲しいとか虚しいとか、もう何も感じないようにしてほしい。


 それなのに、床に散らばった自分の髪を見ているだけでどうしようもなく感情が押し寄せてきて、そして家が隣同士の幼馴染であるという現実が、いっそのこと全てを忘れたいという私の最後の願望を打ち砕く。


 私はこれからも自室の窓の外を見るたびに、魁くんを思い出す。魁くんに縛られ続ける。

 これからも魁くんは魔耶さんと、今日みたいなことになるだろう。

 そのたびに私は……



 まだ、色々と残ってる。

 そのことに安心する。

 小さい頃に貰った手紙、思い出のアルバム、そして、くまのぬいぐるみ。



 これらの『大切』を全て失ったとき、私はついに壊れることができるのかな……




 昨日までも辛いことは色々あった。

 でも私には、今日という日が―――今日こそが、本当の地獄の始まりであるようにしか思えなかった。






〜完〜






―――


こんなオチ求めてないよっ!て方はごめんなさい。

作者の中では最高級のWSSになります(笑)

最後までお付き合いくださりありがとうございましたm(_ _)m

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【完結済】嘘告のターゲットに選ばれたのは、大好きな幼馴染でした。 よこづなパンダ @mrn0309

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