橋を架ける者#1
得体の知れない電子機器、積み上がった無数の分厚い書物の塔、ところどころに挟まった研究資料と思しき書類たち。すっかり散らかり果てた見慣れた部屋の風景の中で、俺は目を覚ます。
鏡を見ると、草臥れた表情で見つめ返す顔があった。目の下には酷いクマが出来、灰色の混じったボサボサの髪は油でゴワゴワになっている。着ている白衣もシワが出来ており、さながらマッドサイエンティストの様な酷い見た目だ。朝から自分を見てげんなりしながら、俺は欠伸と一緒に頭を掻く。顔を洗えば多少はマシになるかと考え、そういえば三日も風呂に入っていない事を思い出す。億劫だが、シャワーへと向かう。
「──って、今のが
違和感を覚えて振り返ろうとした時だった。
コンコン。と部屋のドアを叩く音が聞こえ、直後自動ドアがしゅーとスライドして開かれた。
「お前は……」
「おはようございます」
そこに立っていたのは、黒い修道服に身を包んだ白髪の少女、
「おはよう……で、いいのか?」
困惑しながらも祈了画に簡単に挨拶をすると同時、こうしてドアが開いた先に祈了画がいる事が懐かしく感じた。俺は以前にも彼女と同じやり取りをしていたのだろうか?
祈了画に視線を向けると、彼女はゆっくりと瞑目して足の踏み場の少ない散らかった室内へと難なく入り込んできた。まるで物質を透過しているかの静かで優雅な足取りだ。
周囲を一瞥した彼女が口を開いた。
「どうやら、貴方の潜在意識に眠る領域が一部覚醒した様ですね」
「は……?」
「先刻、貴方は自らの探究の一歩を踏み出しました。その影響でしょう」
祈了画の発言で、俺は思い出す。
『罪人』、それがキーワードだったのだろう。
つまり俺が俺自身を認識した事でこの空間は形成されたのだと理解する。やはり此処も俺に関連した場所なんだ。
「今度はここから俺自身のヒントを見つけだすって事か」
積み上がった書物や散乱した紙片を見て、この中から探すのかと憂鬱な気分が沸き起こされるが、意を決してとりあえず手近にあった紙の一枚を手に取った。
目線を落とし、内容を確認する。しかしそこには聞き覚えのない奇妙な専門用語が並んでおり今の俺では理解し難い事ばかりが記載されていた。
「なんだこれ」
祈了画が何か知らないかと思い呟いてみるが、彼女からの反応は得られなかった。彼女はただ佇んで、俺の動向を観察しているだけだ。
諦めて他の紙片にも手を伸ばしてみるも、どれも同じ専門用語ばかりだった。だが、いくつかの紙片を読んでみて俺は何となくこれが何かしらの研究をまとめたモノなのだと察する。
「俺は何かを研究していた……? けど内容が全く頭に入ってこないな」
特に、頻繁に資料の中に出てくる〈L.O.W〉と〈犯人〉とは一体何を指しているんだ? これらが俺自身とどう関わりがあるって言うんだ。
「……全く分からんな」
それらの紙片を置いて、今度は積み上がった本の一番上のモノを手に取ってみる。その瞬間、埃が舞い落ちてきて、これらが積み上げられたのが相当前なのだと感じる。その本は分厚く、埃とは無関係に古い本なのか、ページの殆どが黄ばんで褪せていた。表紙にはタイトルも著者の名前も無い。
「変な本だな」
奇妙に思いつつも、その本の一頁目を開くと、大きな空白の中央に手書きの文字で『恐怖とは虚像に理論の橋を架けた虚構に過ぎない』と記されていた。
ヴェッセルクルード ガリアンデル @galliandel
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