ヴェッセルクルード

ガリアンデル

プロローグ

「ようこそ、星の告解室へ。私はステラ・カテドラルの使徒。折柄 祈了柄おりから きりえと申します」


 漆黒の修道服とそれに反した美しい白髪を靡かせ、少女は恭しく一礼する。顔を持ち上げた少女の大きく丸っこい金色の瞳が真っ直ぐこちらを見据えていた。


(俺を見ているのか?)


 じっ、と見つめられ、咄嗟に俺は名乗っていた。


「俺は、■■■■──だ」


 一瞬自分の声に違和感を覚えたが、祈了画は気にした様子もなく、薄く笑みを作った。


「存じています。ここに至る方々の事は」


 至る、と言った少女の言動からここが特別な場所なのだと俺は考えた。だが、どうしてここにいるのかが思い出せずにいた。


(名前は覚えている。だが……)


 その考えを見透かしてか、祈了画は言葉を続けた。


「自我は必要ありません。ここでは、貴方は魂だけの存在。ここは無限に存在する貴方の為だけの空間ですから」


「どう言うことだ?」


「理解も不要です。理解は貴方を助ける術にはなり得ませんから。私自身も、貴方が作り出した存在なのだから」


「俺が……?」


「はい。ここは認識だけで形成される世界。私のこの姿も貴方の記憶に刻まれた誰かの姿を借りているだけですので」


 説明にはなってはいなかったが、少女が言うにはここは俺自身の空間であり、俺の為の場所らしい。周囲は宇宙空間の様な紺青の暗闇が広がっており、遠くに小さな光が無数に散らばっている。足元の遥か下には螺旋を描く銀河の様な光の渦があった。


 美しくも奇妙な場所だ。ここは一体何をするための場所なのか、到底想像がつきそうにも無かった。


 少女に意識を向けて俺は聞いてみる事にした。


「俺はここで、何をすればいい」


 こんな場所に招かれているのだから、俺には何か特別な役目があるのかと思い少女に聞くが、少女は無表情のまま俺を見てくるだけだった。


「どうしろってんだ」


 おもむろに視線を動かし、周囲を見るが景色に変化はない。諦めて、自分自身について考えてみる事にした。


 まず、俺の名前は────だ。それは間違い無い。ここにいる理由は不明、それにここに来る前の事でさえ俺は思い出せなかった。

 それはつまりここに至るまでの過去を、名前以外の全てを失ってしまっているのだと理解した。衝撃的ではあるが、記憶に無いモノは初めから持っていないのと大差ない。


(そう言えば、祈了画の姿は俺の記憶に刻まれた人物だと言っていたな。どうして過去の記憶が無いはずの俺の記憶に残る人物がいる……?)


 名前の次に俺が覚えているであろう事柄は、祈了画の姿そのものだった。しかし、その少女の名前は俺には分からない。少女と俺は面識が無かったのだろうか? 


「何か、少し思い出せましたか?」


 不意に祈了画がそう問いかけて来た。


「全く、何も。例えば俺が何もかも質問したとして、お前はそれに答えてくれたりするのか?」

 

 その問いかけにさえ、祈了画は無反応だった。要するに質問はダメという事だろう。また俺は自らの思考に耽る事にした。


 はじめに祈了画はここを「星の告解室」と言っていた事を思い出す。告解室という事は、何らかの罪や苦悩を吐き出す場である可能性が高い。とは言え、自分自身の事をまるで思い出せない俺には、何を言ったらいいのかすら見当が付かない。それでも俺自身の正体、その可能性の一つが浮上してきた。それは────


 俺が罪人である可能性だ。



 

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