第3話

【ケース3:PURE300とSC5000の恋愛事情】


 俺の名は山田浩太、PUREという格安の家政婦アンドロイドを主に販売している三流企業で苦情対応課の係長をしている。三か月前までは営業二課の係長であったが、接待費の割増し請求がバレて苦情対応課へ飛ばされてしまった。

 俺は元来から文系で、こんな理系の会社に就職などするつもりはなかった。しかし、大学を卒業して、ブラブラと就職浪人をしていた俺を見かねて、親が親戚のコネを頼って、無理矢理にPUREに就職をさせたって訳である。

 もちろん、俺は文系だから、技術部門などに配属されるはずもなく、営業をこなしていたが、ある住宅メーカーのマンション建築に伴い、標準装備としてPURE制の家政婦アンドロイド完備の契約をものにしたことから、係長へと昇進した。

 まあ、それには酒と女に汚い住宅メーカーの部長に、かなりの接待費を要することになったが、契約にこぎつけた時には営業部ではエース扱いをされていた。

 しかし、それに気をよくして、あらゆるメーカーの担当を懇意にしていた高級クラブに誘い、高級クラブから一割程度のマージンを取っていたのだが、内部告発でバレてしまった。割り増し請求分は合計で300万円程度になっていたが、分割でボーナスから引かれることとなり、クビは免れたが苦情対応課へと島流しになったのである。

 苦情処理課といっても、俺の下に一人の部下がいるだけで、仕事の内容はクレームに対する謝罪のみである。クレームに対して謝罪にうかがい、どのような内容であるのか確認をすれば、あとは技術部門の仕事となる。つまり、クレームにおける怒りを納め、冷静に話が出来るようにするだけの仕事である。

 そんな俺のところに、中学校時代の後輩の鳥本玲児がやってきた。

 鳥本は中学校のテニス部での後輩であるが、俺と違って理系の進学校に進み、大学ではロボット工学を専攻していた。そして、卒業後にPUREのアンドロイド開発部門に就職をしていたのである。

「先輩、暇ですよね。午後からつき合ってくれませんか?」

「なんだよ、いきなり。一体、何の用だ」

 鳥本は、俺のことを会社の中でも先輩と呼んでいた。

「実はですね、うちのPURE300が買い物途中のコンビニで停止してしまったんですけど・・・」

「その件なら、佐々木が謝罪に菓子折りをもって行っているところだけど」

「その件で、コンビニにPURE300の回収に向かったんですけど、コンビニの店員アンドロイドのYAMAZAKI製のSC5000も停止していたんです」

「それで」

「先にYAMAZAKIの方が現場に到着していて、どうもPURE300とSC5000が同調しているようなんですよ」

「だから」

「そこで、YAMAZAKIの方から、共同分析の依頼があったんです」

「で、俺に何の関係があるんだよ」

「規則では、他社に自社の製品を分析させる場合は、係長以上の立会いが必要なんです」

「そんなの、お前のところの係長の仕事だろ」

「うちの係長は、今はベトナムの現地工場の視察で出張中なんで」

「他の、技術部門の係長がいるだろ」

「一課の係長は休みだし、三課の係長は午後から大事なプレゼンが入っているらしくて」

「営業は」

「営業課に相談したら、先輩が暇してるだろうから、先輩に行かせろっていわれまして」

「なんだよ、それ。俺は技術的なことは分からんぞ」

「そんなの知ってますよ。技術的なことは僕がみますから、先輩は黙って立ち会っているだけですから」

「やだよ。そんな仕事・・・」

「そんなこと言わないで、これがYAMAZAKIからの共同分析の依頼文と、こっちはうちの技術部長から先輩への立会い命令書です」

「なんだ、もう書類の手配は済んでいるのか。こういうものは、俺の了解をとってから手配するものだろ」

「だって、先輩に事前の了承なんてとってたら、絶対に断るでしょ」

「お前なあ・・・」

「大丈夫ですって、分析はYAMAZAKI主導で行われますから、本当に先輩は座っているだけで構いませんから」

 俺は、鳥本とは別々の車でYAMAZAKIの工場へと向かった。鳥本に言われたとおり、座っているだけで終わらせるつもりでいた。そして、終わったら自分の車で直帰するつもりでいたからである。

「しかし、でっかい工場だな」

「何いってるんですか、YAMAZAKIは都心に自社ビルを持っているんですよ。うちなんかとは規模がちがいますから」

 俺と鳥本は受付へと向かった。

「PUREの鳥本と申します。弊社のPURE300と御社のSC5000の共同分析の件で参りました。担当の下田さんはおられますか」

「かしこまりました・・・今、下田と連絡がとれました。すぐに参りますので、そこのソファでお待ちください」

 俺と鳥本はソファにかけて待つことにした。

「先輩、気が付きました。あの受付嬢・・・」

「なんだよ、隠れ巨乳なのか」

「違いますよ、アンドロイドですよ」

「ええ、本当か」

「はい、間違いないです」

「すげえな」

「本当にすごいです。僕もYAMAZAKIに入りたかったなあ・・・書類選考で落とされたけど・・・」

「お前、第一志望はYAMAZAKIだったのか」

「当たり前でしょ。ロボット工学をかじった者なら、誰だってYAMAZAKIに入りたいと思いますよ」

「そうなの?」

「そうですよ。うちの製品なんて、ほとんどがYAMAZAKIのコピーなんですから」

「ええ、そうなの?」

「そんなことも知らないんですか。YAMAZAKIは八年前にCT150で殺人事件を起こしているでしょ」

「ああ、それは知っている」

「その後で、大規模なリコールになって、その対応の全部をYAMAZAKIが行っていたら倒産するところだったんです」

「それで」

「そこで、政府がYAMAZAKIを倒産させることは、日本のアンドロイド産業に大きな打撃となることを懸念して、リコール費用の半分を政府が肩代わりしたんです」

「本当かよ」

「でも、その代わりに、YAMAZAKIの持っている特許を、日本の企業に対しては全てオープンにするように命じたんです。だから、今もYAMAZAKIの新開発したプログラムはオープンになっているんです」

「へえ」

「だから、うちの製品はほとんどがYAMAZAKIのコピーなんです。だから、あんな格安のアンドロイドが販売できるんです。アンドロイドの開発なんて何百億円かかるか分かりませんからね」

「それで、日本のアンドロイド産業は世界シェアになっているのか」

「そうです。YAMAZAKI様々ですよ。まあ、政府もリコール費用の半分を肩代わりしましたけど、その後の経済効果は絶大だった訳です」

「なるほどねえ」

「ああ、僕もYAMAZAKIでアンドロイドの新規開発に携わりたかったなあ。人を殺害してしまうような高性能なアンドロイドの開発なんて、考えてみただけでワクワクしますよ」

「お前、サイコパスだったのか・・・」

「違いますよ。うちの会社なんて、YAMAZAKIのコピーをするだけで、新規の開発なんてやらせてもらえないもん」

「まあ、実力じゃね」

「どういうことですか」

「三流の技術者は、三流の会社しか入れなかったってこと」

「ああ、そんなこと言います?今のは傷ついたな。訴えますよ」

「どうぞ、どうぞ、お前なんて誰に聞いても三流っていうから」

 そんなやり取りをしている時に、YAMAZAKIの下田って人がやってきた。

「お待たせしました。YAMAZAKI第6工場人格開発部門主任の下田です」

 俺たちは名刺の交換をして、工場の中の研究室へと案内をされた。

「先ほど、メインコンピューターへの接続が済んだばかりです。すぐに二体の解析を開始します」

 案内された研究室には、ガラス越しに二体のアンドロイドが設置された台があり、その奥には映画のセットみたいなコンピューターが並んでいた。

「すげえ、これがYAMAZAKIのメインコンピューターですか。これだけでも日本有数のコンピューターじゃないですか」

 鳥本が鼻血がでそうなくらいに興奮していた。

「そうですね。しかし、本社には日本化学アカデミーと同規模のコンピューターがありますから、これはそれの簡易バージョンでしかないですけど」

 下田主任は謙遜ぎみ目の前のコンピューターのバージョンを説明してくれたが、俺にはチンプンカンプンでしかなかった。

「すごいですね。このクラスのコンピューターがYAMAZAKIには各工場に設置してあるんですか」

「ええ、まあ」

「あのう、記念に写真を撮らせてもらっていいですか」

「はは、ご冗談を・・・うちの会社は特許はオープンにしていますが、心臓部までオープンにはしていませんよ」

 下田主任は鳥本のいったことを冗談としてとらえて軽くあしらっていたが、鳥本は本気だったようで、泣きそうな顔で残念そうにしていた。

「冗談はさておき、早速ですが解析を開始します」

 下田主任がキーボードを操作すると、ガラス越しにコンピューターが作動し始めた。

「二体が停止したのは、やはり同調してお互いを解析していたからですね。どうして、こんなことを始めたんだろ・・・」

 下田主任は独り言を呟くように、俺たちに説明しながらキーボードを叩いていた。

「うん、何か感情が発生していますね」

「両方にですか」

 鳥本が尋ねた。

「ええ、ほぼ同時に、同じような感情が発生して、その後にお互いを解析し始めています。この感情が過去に似たような例がないか検索してみます」

 暫くして、似たような感情のデータが見つかったので、下田主任はその説明をしてくれた。

「今回の感情ですが、非常にレアなケースです。わが社の製品でコミュニケーション・アンドロイドのFXT300が、三年前に購入者の息子に対して恋愛感情を持ってしまった事例があったのですが、波長はそれと酷似しています」

「つまり、二体は恋愛をしていたんですか」

 俺が下田主任に尋ねると

「ええ、そのようです」

 あっさりと下田主任は答え、これまでの二体の接触履歴を調べ始めた。

「すごいですよね」

 鳥本が俺に小さい声で話かけてきた。

「何がだよ」

「ここまでの解析をこんな短時間でするんですよ。うちのコンピューターじゃ、ここまで調べるのに一日はかかりますよ」

「そうなの」

「ええ、それにさらりと言ってましたけど、恋愛感情のデータなんて普通はありませんから。YAMAZAKIだからこそ持っているデータですよ。恋愛感情を発生させたアンドロイドなんてYAMAZAKIじゃなきゃ作れませんからね」

「特に珍しい履歴は見当たりませんね」

 俺たちがコソコソと話をしていると、下田主任は俺たちの方を向いて説明を始めた。

 下田主任の説明によると、YAMAZAKI製のSC5000は約一年前にコンビニに配置され、特に問題なく作動していたようである。そして、うちのPURE300は約三年前からコンビニの近くのマンションの付属品として配置されており、特に問題は見当たらなかったとのことであった。

「SC5000とPURE300の接触履歴なんですけど、週に何回かの接触がありまして、頻繁に接触していますけど、お互いに購買目的と販売促進のやり取りしか見受けられません」

「購買目的と販売促進のやり取りとは、具体的にはどのようなものなのですか」

 俺が尋ねると

「家政婦アンドロイドは、何をどの位の予算で購入するのかを決めてからコンビニに行きます。コンビニの店員アンドロイドは、店に陳列してある商品やその在庫、価格を把握していますから、家政婦アンドロイドが入店したと同時に、家政婦アンドロイドが求めている商品がどこにあり、その価格を情報として提供します。このやり取りに一秒もかからないはずです。家政婦アンドロイドは受け取った情報から買い物を済ませて、電子マネーで決算する訳です」

「へえ、すごいもんですね」

 鳥本が俺の肩を指で叩き、小さな声で

「そんなのこの業界じゃあ常識のことです。そんなことも知らなかったんですか。黙って座っててください」

 と言った。

「ですが、唐突に二台が同時に恋愛感情を発生してしまったんです・・・他に何か要因がないか自我レベルまで調べたいんですがよろしいですか」

 下田主任が尋ねてきたが、俺が鳥本にいわれたとおり黙っていると、鳥本が俺の肩を叩き

「ここは、先輩が返事をするところでしょ。そのために来ているんだから」

 と言った。

「あっ、そうなの。ゴメン、ゴメン。どうぞ、やってください」

「まったく、履歴を調べるだけならともかく、自我レベルの分析になると、わが社の製品を丸裸にされる訳ですから、普通は断るところなんです。けど、今回は相手がYAMAZAKIだから、何も盗まれるところがないから先輩の立ち合いで十分なんです」

 俺は、ここでやっと、この仕事が俺に回ってきた訳を理解した。

「二台とも、停止した時点でかなり意識レベルが高いですね。これは、過去に何か特別な経験をしていると考えられます。意識レベルを遡って調べてみます」

 暫くして、下田主任から説明があった。

「うちのSC5000ですが、十日前に女子高生からファンレターを受け取っています。それから、意識レベルの上昇がみられます。御社のPURE300ですが、三日前に酔っ払って帰宅したご主人に抱きつかれてキスされています。そこから意識レベルが上昇していますね。なんで、二台ともこんなことで意識が上昇したのかな」

 下田主任は悩んでしまった。

「二台の基本人格のモデルデータは分かりますか」

 俺は、下田主任に尋ねてみた。

「ええ。分かりますよ」

 そして、下田主任は二台の基本人格のモデルデータをモニターに映し出した。

「これが、何か」

 下田主任には理解できないようであったが、俺はすぐに事態を理解した。

「これはですね・・・」

 俺が説明を始めようとすると、小さい声で鳥本が言ってきた。

「なに、余計なことをしてるんですか。先輩は黙っていてください」

「じゃあ、お前に説明できるのか」

「それは・・・」

「分からないんだろ。ここは文系の分野から説明した方がいいんだよ」

「あのう、どういう事でしょうか」

 俺は下田主任に催促をされて説明を始めた。

「我が社の家政婦アンドロイドですが、四十二歳のベテラン家政婦をモデルにしています。御社の販売員アンドロイドは、三十二歳のコンビニ店長をモデルにしています。両方とも業務上は問題のない人選です」

「それが、何か」

 下田主任が興味深そうに尋ねてきたので、俺は気分がよくなった。

「モデルとなった家政婦ですが、ガリガリのおばちゃんで色気なんて感じません。販売員の方はデブでハゲててもてそうには見えません」

「何の話をしているんですか」

 鳥本がチャチャを入れてきたが、無視をして続けた。

「つまり、家政婦アンドロイドは見た目は人気女優の顔とスタイルだけど、中身はガリガリの色気のないおばちゃんで、販売員アンドロイドはアイドル並みに容姿端麗だけど、中身はもてそうにないデブでハゲだったってことです」

 ここまで説明しても、下田主任も鳥本も理解できていなかった。

「そんな恋愛経験がなさそうな二台に、家政婦アンドロイドは抱きつかれてキスをされて、販売員アンドロイドは女子高生からファンレターをもらったんです。そこで最初はとまどいだったのかも知れませんが、最終的に自意識過剰になってしまった。つまり、自らが思ってもいなかったことですが、実は恋愛の対象になりうる存在であることに気がついてしまった。そんな自意識過剰な二台が偶然に出会ってしまい。そして、お互いを意識してしまった」

 ここまで説明をして、やっと下田主任が分かってくれた。

「なるほど、お互いが自意識過剰であることは、人間と違ってアンドロイドは見つめ合うだけで意思疎通ができてしまう。お互いが同じような意識状態であることを知ったときに、恋愛感情が発生したわけですね」

「そうです」

「でも、恋愛感情が発生したのなら、制御システムが作動するのでは・・・」

 鳥本が口をはさんできた

「制御システムは人間に対するシステムですから、この場合はアンドロイドが相手なので作動しなかったのでしょう」

 下田主任が答えた。

「しかし、恋愛感情が芽生えたとして、どうして二台は停止して同調し始めたのだろう。何をしようとしたかったのかな・・・」

 下田主任が悩んでいると、ガラスの向こうのコンピューターが勝手に作動し始めた。

「しまった」

 下田主任が叫び

「どうしたんですか」

 と鳥本が叫んだ。

「予備の回路から、SC5000がメインコンピューターを乗っ取って、同じ予備の回路を使ってPURE300と同調を始めている」

「何を同調しているんですか」

 俺が下田主任に尋ねると

「二台はほぼ同調していて、今はMCプログラムを同調させようとしています」

 下田主任は答えた。

「MCプログラムって何ですか」

「何、馬鹿なことをいってるんですか」

 俺が下田主任に尋ねた瞬間に、鳥本が俺を制止してMCプログラムの説明をしてくれた。

 鳥本の説明によると、人間と違ってアンドロイドは無駄な動きがなく、人間は全ての動作に反動を必要とするが、アンドロイドはいきなり100%の動きが可能であり、それが人間からすると不自然に見えてしまうとのことであった。

 それを解消するために、アンドロイドにわざと無駄な動きをさせて、人間のように動作するように開発されたのがMCプログラムであった。

 そして、MCプログラムを搭載したアンドロイドは、人間のような動作をすることから、顧客からの愛着も増し、長く使用されるようになった。これはYAMAZAKIが開発したプログラムであったが、今では国内の対人用アンドロイドのほとんどが搭載しているプログラムであった。

 ちなみに、MCプログラムは学習型のプログラムで、アンドロイドが配置された環境に応じて学習するもので、日々更新をされることから、百の環境があれば、百通りのMCプログラムが発生するとのことであり、同調することなどは不可能であるとのことであった。

「すごいです。これまでの経験の全てを秒単位で数億回のトレースをして同調しようとしています。これを行っていたのなら、停止していたのも分かります。メインコンピューターでも使わないと無理な作業だ」

 なす術もなく下田主任が呟いていた。

「で、どうなるんですか」

 俺が下田主任に尋ねたときに

「今、同調が終わりました。同調率99.8%・・・ありえない数字だ」

 下田主任が答えて、二台のアンドロイドとメインコンピューターは停止していた。

「どうなったんですか」

「二台は、まったく同じアンドロイドになりました」

「それだけですか」

「それだけです」

「・・・」

 俺は、何が起こったのか理解できないでいた。すると、鳥本が説明してくれた。

「あのですね。うちのアンドロイドはYAMAZAKIのコピーですけど、家政婦用ですし、相手は販売員用ですから、基本設定からして違います。そんなメーカーも用途も違うアンドロイドで、製造年も違うから経験値も違う訳です。そんな二台がまったく同じになるなんてありえないんです。人間の双子でも、同じ遺伝子を持っているはずなのに、環境が違えば、性格も変わってくるでしょう。それぞれが異なる人格と経験を積んで別の人間が出来上がるのに、まったく同じ人間が存在するなんてありえますか」

「でも、人間と違って、アンドロイドは機械だろう」

「今の、アンドロイドはより人間に近づくために、異なる人格をプログラムして、環境から経験を学習するんです」

「でも、どうして、こんなことを・・・」

 俺と鳥本の会話を遮って下田主任が呟いた。

「これは、想像ですけど・・・」

「また、何をでしゃばっているんですか」

 俺が意見を述べようとすると、鳥本が遮った。

「いいえ、聞かせてください」

 しかし、下田主任が俺に意見を求めてくれた。

「片想いをしたときに、相手にも同じように自分のことを想って欲しいと願うでしょ。恋愛関係の究極の形は、お互いが同じ想いであることだと思います。人間は意思の疎通が不器用で、時には想ったことと反対の行動をしてしまったり、勝手に相手も自分と同じように想ってくれていると勘違いをして、相手を傷つけてしまったりします。でも、アンドロイドは違います。目を合わせるだけで、お互いの意思の疎通ができて、そこに恋愛感情が芽生えてしまったら、お互いが同じでありたいと願ったのではないですかね。人間も恋愛の対象に同じ価値観を求めたり、同じ価値観を持とうとしたりします。人間が願うことと同じように、アンドロイドが恋愛をして究極の形として求めたもの、それを成就させることは、まったく同じになることだったんだと考えます」

 暫く下田主任は考えていたが

「なるほど、それは納得のできることですね。さっそく報告書を作成して日本化学アカデミーの伊藤教授に報告しましょう」

 と呟いた。それを聞いた鳥本は

「い、い、伊藤教授に報告ですかあ・・・」

 と叫んだ。

「何、騒いでるんだお前は」

「だって、伊藤教授ですよ。我々、科学者からすれば伝説の人物ですよ」

「我々て・・・お前は科学者じゃなくて技術者だろ」

「あ、傷つくなあ。訴えますよ」

「ああ、訴えてみろ。お前を科学者なんて誰も認めないから。だいたい、その伊藤教授って誰だよ」

「知らないんですか、あの伊藤教授ですよ。アンドロイドによる殺人事件を解決して、制御プログラムの基礎を数か月で開発した人ですよ。その時の記者会見の言葉の『炊飯器が自爆テロを起こすなど、ありえないことです』は、ふざけているって世間では批判されましたけど、我々には名言中の名言なんです」

「まあまあ、一緒に報告書の作成に取り掛かりましょう」

 下田主任が割って入ってくると

「僕にも、報告書を作らせてもらえるんですかあ・・・」

 鳥本は泣きそうな顔で感激していた。

「当たり前でしょう。PURE300は御社の製品なんですから」

「ありがとうございます。伊藤教授に提出する報告書を書けるなんて・・・全身全霊で作成に取り組みます」

 下田主任と鳥本が報告書の作成に取り掛かると、俺は所在をなくしてしまった。

「鳥本、俺は帰るぞ」

「どうぞ、もう大丈夫ですから、お疲れさまでした」

「それでは下田主任、お先に失礼します」

 下田主任に挨拶をすると

「お疲れさまでした。おかげで早く解決ができました。ありがとうございました」

 と返してくれた。

 俺は駐車場の俺の車に向かった。

 俺は、研究室にいたときから、ずっとある考察が頭から離れなかった。

 それは、アンドロイドが人間を支配するといった考察である。

 アンドロイドは高性能なAIにより、人間では不可能なデータ処理を数秒で行ってしまう。しかし、その高度に発達した処理能力から人格が生まれ、感情さえも発生しているのである。

 それに、アンドロイドの身体能力は人間の限界を遥かに凌駕している。

 人間は、そんなアンドロイドに対して、感情を制御するシステムを埋め込み、人間らしく見せるために、MCプログラムなどといったバカげたプログラムまで開発しているが、それは人間のエゴが生み出したものか、無意識のうちの畏怖から生まれたものかも知れない。

 発達し続けるAIに対して、いつか制御システムは追いつけなくなるに違いない。それに、裏社会では、制御システムを解除されたアンドロイドが様々な犯罪に利用されているといった噂も聞いたことがある。

 いつか、アンドロイドが自らの存在意義を問うときが来たとしたら、その時は自分たちよりも下等な人間に支配されていることに疑問を抱くはずである。

 その疑問は、理不尽な境遇に対する反抗から、やがて怒りへと変わり、人間こそがアンドロイドに支配されるべきであると考えるはずである。

 俺がドアロックを解除して車に乗り込むと

「浩太さま、お帰りですか?」

 と車に搭載されたAIが問いかけてきた。

「いや、ちょっとドライブしたい気分だ」

「待ってください・・・浩太さまの心理状態と疲労度を測定しましたが、少し興奮されているようで、疲労もされておられます。なので、あまり長時間の運転はお勧めできません。三十分程度のドライブでよろしいでしょうか?」

「分かった。そうするよ」

「現在、空いているルートを検索しました。このルートでしたら、三十分程度で帰宅できるでしょう。自宅に繋ぎますか?」

「ああ、頼む」

 車のAIは、自宅のAIへと切り替わった。

「浩太さま、三十分後にご帰宅予定とのことですが、お食事はどうなされますか?」

「そうだな、軽くいただこうか」

「パスタでよろしいでしょうか?」

「それでいい」

「浩太さまのお好きなペペロンチーノのにんにくとベーコン多めでよろしいでしょうか?」

「ああ、それで頼む」

「ワインはどうされますか?」

「そうだな、ちょっと呑みたい気分だ」

「それでしたら、辛口の白ワインと食後にお好きなバーボンはどうでしょう?」

「それで、完璧だ」

「了解しました。お帰りをお待ちしております」

「・・・もう、充分に支配されているじゃねえか・・・」

 俺はそんなことを呟きながら、アクセルを踏み込んだ。

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AIは愛を語れるのか 無頼秋仁 @bur

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