122.ラグナは悪魔じゃない


「そんなの決まってるじゃない魂の入れ替えよ」


 パトリシアの言い分はこうだ。


「この国の連中が崇拝する古の賢者は、馬鹿の身体を乗っ取って再びやり直すつもりなの。過去に愛した聖女と再会し、次こそ結ばれるためにね」


 元より正史、いやゲームの世界ではそんな運命が定められていた。


 本当に箱庭だったのだ。


「また巡り合うためにって、すごい確率よね」


「そうだね」


 話を聞いていたアリシアの呟きに頷いておく。


 死者の魂は障壁内に留まり続け、決して霧散することはない。


 国内のみでの輪廻転生。


 そう考えると、とんでもない魔術だ。


 そんな魔術は、障壁内で生まれるすべての国民を供物とすることによって実現されていた。


「あの障壁は運命を捻じ曲げ、偶然すらも必然に変える。確率がどうこうのスケールじゃない。ストーカー野郎の妄想を現実のものにするためのものなの」


 パトリシアは俺をにらみながら言う。


「それがわかってるから作られたシナリオに沿って動いてたってのに、そこの野蛮人に邪魔されて全部お釈迦ってワケ。……ハァ」


「知らん。じゃなきゃ俺もアリシアもお前に殺されてたからな」


 目の前に破滅が待ち受けていて、それを受け入れる?


 そんなのブレイブ家には許されないな。


 首だけになっても喰らいつく、それがブレイブ家なのだ。


「お前の計画がお釈迦になったところで俺に都合が悪いんだから、そんなものぶち壊すに決まってるだろ」


「殺してないじゃない。逆にアンタはジェラシスを殺した。こっちはプラマイだとマイナスなの。だから責任取って死んで。それで差し引きゼロにしてあげるから」


「ちょっと今からまた言い争いはしないで。マリアナのことを探しに行くんでしょ?」


 アリシアに止められたので大人しく引き下がることにする。


 相変わらず屁理屈に長けた女だ。


 人間の生死にプラスもマイナスもない、あるのは事実だけ。


「ま、そうね。とりあえず行くわよ。遠巻きに状況を見てたけど、どこにいるのかは見当がついたから」


「どこにいるの?」


 どこにいるんだと聞こうとしたらアリシアに制された。


 まあ、俺が聞けばまた「なんで教えなきゃいけないの?」とか、そんな感じになってこじれそうだからな。


 あー、やだやだ。


 勝ち誇ったように情報を共有されてもムカつくので、さもわかっていたという風にしておこう。


 王族は賢者の血が流れるスペアみたいな存在だ。


 その中でもエドワードは古の賢者が求めていた理想の姿と言っても過言ではない。


 ハゲちゃったけど、髪の毛が生えたら瓜二つだしな。


 俺との戦いによって消し炭になる前に、ベリアルが顕現しさらっていったともなれば、シナリオを強制的に推し進めようとしていることが計り知れる。


 だとするならば、マリアナはどこに行ったのか。


 いや、この学園祭の最中、誰に連れ去られたのか。


「まあ、学園長ヴォルゼアのところだろうな」


「それはね、学園長ヴォルゼアの元……被せるなキモ死ね!」


 アリシアに対してまな板みたいな胸を張って誇らしそうに発言したパトリシアだが、先読みしてメンツを潰してやった。


 ざまぁざまぁ!


 と心の中で言っておくが、ゲームの世界のシナリオを知る俺とパトリシアならば状況から察することは可能だ。


「ほら、彼女はまだ他の貴族連中が苦手だからさ」


「そうね、生徒会のみんなのことはまだ気絶しなくなったけど、他の生徒の前だと……うん、付いていくことはないわね」


 貴族の前では、有無を言わさず逃げ出す。


 それがマリアナなのだ。


「だから、俺たちのところに戻る前に用事をほっぽりだしてどこかへ行くなんて、学園長に呼ばれたくらいしかあり得ない」


 パトリシアがあの手この手で遠ざけようとしたマリアナを学園に呼び寄せたのはヴォルゼアだ。


 費用の面でも力を貸しているのだから無下にもできない。


 当代の賢者とも言われるヴォルゼアは、まるですべてをわかっているようなことを俺に告げていた。


 賢者と聖女、そして勇者にまつわる歴史のすべてを。


「フン、だったらさっさと行くわよ、学園長室へ」


「普通に考えて危険だろ」


 ツンケンとした雰囲気のまま歩き出すパトリシアを止める。


 ゲーム内においてのヴォルゼアはお助けキャラ。


 つまり、賢者の理想に則って動いているとすれば、ヴォルゼアが味方だとは限らないのだった。


「そんなのアンタがどうにかしなさいよ。お友達なんでしょ?」


「まったく、人を使い捨ての駒みたいな扱いしやがって」


「駒よ、首を切り落とされても死なない優秀なコマ」


 そう言いながらパトリシアはニッコリと笑う。


「アハハ、ジェラシスがアンタのことをバケモノだって言ってたけど、まさしくその通りよね? ――どっちが悪魔なのかわからないくらい」


「酷いことを言うもんだな」


 実際にそうだから何も言い返さないでおく。


 血脈に宿る勇者の力とか言うものを受け継いだは良いが、ここに来るまでに『ソレ』がいったい何なのか。


 色々と探ってはみたものだがわからなかった。


 セバスが言うには、勇者も聖女も賢者も、人の無意識下で抱く想いが形なったものらしい。


「ラグナは悪魔とは違うわよ」


 確かにな、と考えていたらアリシアが言い返していた。


 彼女は言う。


「禁忌の力を借りるほど、ブレイブ家は弱くない」


「アリシア……」


「いや、甘くないと言った方がいいかも。悪魔だなんて、そんなものに頼ってたら命がいくらあっても足りないの」


 ん? アリシア……?


「とんでもない数の魔物がいて、ダンジョンがあって、その渦中に生き残って見ろと言わんばかりに放り込まれて、悪魔と取引した方が遥かにマシなんじゃないかしら?」


 良い話になるのかなと思っていたら、以下にブレイブ領がとんでもない領地なのかを語っていた。


「おいブレイブ、お前はアリシアにいったい何をしたんだ? そういえば一緒に帰省してたよな」


「ええ、普通にダンジョン内で訓練しただけだよ。崖から魔物が大量にいる場所に突き落としたりして」


 そんなに怖かったんだな、根に持ってたんだな、ダンジョンブートキャンプで突き落とした時のことを。


「お前……仮にも婚約者だろ……?」


「ん? それ関係ある?」


「……」


 ドン引きした表情でクライブが俺を見る。


 なんだよ?


 やるって言ったからやったのに、何の問題があるんだか。


「まあ、何だって良いわよ」


 パトリシアは前を向き直ると再び歩き出す。


「当代の賢者と厄介な悪魔をなんとかできるならそれで」


「俺に頼ってばかりだけど、お前も戦えよ」


「アタシはアンタが戦ってる間にやることがあるの。ま、安心しなさい。アンタの守りたいモノは守っといてあげるから」


 そうして廊下を進み、ついに俺たちは学園長室まで来た。


 正直いるのかわからない。


 いや、普通に考えて敵ならいるはずないだろう、目的達成のために動いているだろうと思っていたのだが……。


「よく来た」


 ドアを開けると、ヴォルゼアは俺たちに背を向け、窓から空を見上げて待っていた。


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婚約破棄された悪役令嬢が辺境モブ貴族の俺の家に嫁いできたのだが、めちゃくちゃできる良い嫁なんだが? tera @terafather

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