正しくないバレンタインチョコの渡し方
改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )
木星の無重力コンサートホール裏の草陰で
「ねえ、ユウナおねえちゃん。なんでマイメたちはかくれているの?」
「しっ。声が大きい! 今日は『あの日』だからでしょ」
「あのひ♡ かくれんぼのひ♡」
「ちっがーう。バレンタインデー!」
「ばれたんでー」
「バレンタインデー! 気に入った男の子に女がチョコを渡す日なのよ」
「ちょこ♡ かくれてたべるの?」
「違うわよ。マイメは子供ねえ。これはね、大人の女の恋の儀式なのよ」
「ぎしぎし」
「儀式よ。始業式とか終業式とか、入学式と同じ。わかる?」
「う~ん……」
「ま、いいわ。マイメももう少し大人になったら分かるわよ」
「ぎししで、ちょこたべるの♡」
「違う、違う。チョコをね、男子にプレゼントするの」
「マイメのは?」
「無いわよ。ジャンピーノくんにあげるのしか持ってきてないし」
「マイメもチョコたべたい」
「……。あ、そうだ。またハルカお姉ちゃんにもらおう。ね」
「やった。じゃ、マイメ、ハルカおねえちゃんにありがとうするね」
「だあーめえ! そしたら、ハルカお姉ちゃんの机から、お姉ちゃんが隠してたチョコレートを貰ったことがバレちゃうでしょ!」
「……うん……」
「わたしのお小遣いじゃ、チョコレートは買えないじゃん。だから、ハルカお姉ちゃんが今日のために用意していた可愛いチョコレートをいただくしかないのよ。そして、それをジャンピーノくんにあげれば、全部うまくいく」
「ハルカおねえちゃんは? チョコがないよ」
「心配ないわよ。ハルカお姉ちゃんには、代わりのチョコレート風のプレゼントを渡してあるから」
「なにしてるの?」
「この、箱に付いてるカードの『ハルカより♡』ってのを書き変えてるの! ええと、ここをくっつけて、ここに横線を書けばルがウに……よし、できた……なんか、火星の古代文明文字みたいになったけど、なんとか『ユウナより♡』に見えなくもない」
「へんな字。にゃはは」
「いいの。こういうのが、おしゃれなの!」
「おしゃれ、おしゃれ。これもおしゃれ?」
「これは迷彩服って言って、かくれんぼするための服なの。ウサジお兄ちゃんが言ってたじゃん」
「でも、ユウナおねえちゃん、ブカブカだよ。へんなの。にゃははは」
「仕方ないでしょ。ウサジお兄ちゃんのTシャツとズボンなんだから。隠れるためには、この服じゃないと」
「これなに?」
「ウサジお兄ちゃんの何とかライフルよ。節分の豆まきの時にお兄ちゃんが使って、ママに怒られてたじゃん」
「プシュッってやつだ」
「そう。おもちゃだけどね。男って、いつまでたっても子供よねえ」
「ユウナおねえちゃんも、プシュッてするの?」
「しないわよ。この望遠鏡部分で覗いて、遠くを見るのよ」
「みえる?」
「うーん、まあ……あ、ジャンピーノくんだ! やっと出てきた。きゃあ、なんて整った兎顔なの。あの耳のたれ具合すてき♡」
「マイメにもみせて、みせて」
「だーめ。ジャンピーノくんは私だけのものなの!」
「ぅぅぅ……ユウナおねえちゃんのいじわる……ぅぅ……ふええ」
「わかった、わかった。泣かないで。ほら、ここから覗くの。ここに目をあてて」
「……まっくらだよ」
「あててる目を閉じてどうするのよ。逆よ」
「そっか。……あれ? お口からけむりがプカプカでてるよ」
「ニンジンタバコよ。大人だから」
「けむりって、おいしいの?」
「わかんないけど、ジャンピーノくんは太陽系一の人気のアイドルだから、ストレスも多いのよ。だからタバコを吸うの」
「すとれしゅ?」
「ええと……パセリみたいなものよ」
「マイメ、パシェリきらい」
「わたしも嫌い。それより、早くこのチョコを渡さないと。どうしよう。怖そうなパンダの警備員さんが沢山」
「あっちにいっちゃだめなの?」
「近づけるわけないでしょ。同じ兎同士でも、あっちは太陽系一の美兎アイドルなのよ。ウチらは小学生じゃん。『てんとんちんとんのさ』よ」
「……?」
「マイメには難しい言葉だったわね。とにかく、このチョコをジャンピーノくんに……わ! まぶしい!」
「ピカーだよ、ユウナおねえちゃん」
「サーチライトよ! やっべ、どうしよ。見つかっちゃった!」
『そこの不審者! 武器を捨てろ! 両手を頭の後ろで組んでその場に伏せるんだ!』
「ち、違うます! これは玩具の銃でして、私はジャンピーノくんにバレンタインのチョコを……」
『おい、気を付けろ! 何か爆発物らしき物を持ってるぞ! レーザーガンで撃て!』
「レーザー……やっべ! はい、捨てます! ほら、投げました!」
ユウナが投げ捨てたチョコレートの箱に光の矢が何本も突き刺さる。チョコレートの箱は黒焦げになって煙をあげた。
「ユウナおねえちゃん。チョコもけむりプカプカしてるよ。パシェリたべたのかな」
「違う……レーザー銃でハチの巣にされて燃えたのよ。ああ……ヤバい。これは、マジでパパとママにめっちゃ怒られるやつだ」
ユウナとマイメは武装したパンダ警備兵たちに囲まれて、涙目になっていた。
草むらに甘い香りの白煙が漂っていた。
了
正しくないバレンタインチョコの渡し方 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa
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