第5話 セイバー起動

ゴブリン襲撃予定の連絡を入れてから俺はやる事が多く、直ぐに行動に移した。英樹は俺の手伝いとセイバーの動かし方をそれとなく教えておいた。

姫乃はヒーラーの基本的な動かし方をレクチャー後、シュミレーションを受けさせる。

残った二人には明日起動実験をさせると伝え、引き続きシュミレーションをさせておいた。

二人は特に何も考えて無いようで起動出来る事を非常に喜んでいた。

次に領主に起動の許可を得る必要があった。辺境の地とはいえ領内で巨大兵器を動かすのだ。まあ明日の正午には……必要無いだろうが形式上は、だ。

領主の元へ行くと宰相が出てきた。どうやらご領主様は勇者ご一行とお楽しみの様子だった。

仕方ないので宰相に話をすると、二つ返事で了承をくれた。俺が呆気にとられていると、

「非常時ですので、一早く戦力として欲しい。」

と言われた。本当に国の事を考えているのならこの男はかなり優秀であるだろう。それだけに少々惜しくは感じた。

俺は倉庫に戻りセイバーの最終調整をした。明日だ。時代が変わる。新しい戦争の幕開けだ。


次の日、俺は早めに起床し朝食を済ますと武装神の乗ったトレーラーに乗り込み街から離れた平原に移動した。夏至も過ぎ日が昇るのが遅くなっている。さらに早朝ということもあり人目にもつかなかった。他の奴らはまだ来ていない。真っ先にセイバーを軌道し、何時でも動くようにスリープ状態にしておいた。

そして、ファイター、アーチャー、ヒーラーも軌道準備を始める。日が登ってある程度した頃、他の奴等が来た。

英樹、姫乃、残り二人、宰相、領主と性奴隷…と間違えた…他勇者ご一行様。

全員が並べられた三機の武装神を見て感嘆の声をあげた。(ちなみにセイバーは目立たないように少し離れた場所に置いてある。)

「外で見ると本当に見事な物ですね。」

開口一番は宰相だった。狭い倉庫内で見るのとはまた違って見えたのだろう。

他の面子も同じようだ。領主様お気に入りの勇者ご一行は始めて見る武装神に驚いていた。

それを見て領主は

「どうだ?我が国の誇る武装神は。」

さも自慢気に言い放つ。お前の物じゃあ無いがな。お気に入りの女(男が一人混じっているが)に良い格好を見せたいのだろう。どこの世界にでもこういう輩はいる。自分では何もせず、他人の手柄だけを横取りする奴だ。まあ、そういう輩は決まって無能な奴と相場が決まっているが。

取り巻き連中は特に物事を考えていないような連中なので

「すごいですー。」

とか

「領主様素敵。」

等と持て囃している。阿呆の扱いには慣れているようだな。その辺りの芸者っぷりは見事なものだ。この領主もそれを聞いて益々上機嫌になる。

もう一方の勇者ご一行は不機嫌だな。ま、こんなやり取りを見ていたら仕方ないが。

「おい!さっさと始めようぜ。」

舌打ち野郎が苛ついた感じで俺に行ってきた。

無口野郎も顎で同意見をする。

お前らもなかなかの者だがな。俺は軽くため息をつくと、

「英樹手伝ってくれ。姫乃もサポートを頼む。」

準備を始めた俺に二人が近付いてきた。

「何か腹立つわよね。」

姫乃が少し怒気の混ざった声で俺に言ってきた。

「何がだ?」

彼女が怒っている理由は大体想像がつくが敢えて聞いてみた。

「何がって、これは創麻さんが作ったのでしょう。」

まあな。姫乃はさらに続け

「なのに、さも自分の手柄みたいに。」

頬が膨れている。

「ま、別に、な。」

俺が素っ気ない感じで返すと

「別にって、それで良いの?」

姫乃は腑に落ちないといった表情を見せた。良いかと言われると良くはないが、俺の目的は別だからな。普通は文句の一つでも垂れた方が良かったのだろうか。

「英樹はどう思う?」

矛先を英樹に向けてみる。

「俺は…」

英樹は口ごもるが、

「俺も嫌ですね。」

「ほら!」

英樹の答えに姫乃はやや得意気に言う。英樹の気持ちはちょっと違うようだった。

「いや、それもあるけど…」

「けど?」

姫乃が聞き返す。

「手柄もそうだけど、創麻さんが嫌な気持ちになる方がもっと嫌かな。」

その答えに姫乃は驚いたようだった。

「そ、そうなんだ。」

その答えに驚いたのか拍子抜けしたような表情を見せた。

「姫乃?どうした?」

俺が聞くと、

「え?ちょっと驚いちゃって。」

驚く?今の答えでか?

「何がだ?」

「うん、英樹がそんな事思っていたなんて。」

「出会って二ヶ月ぐらいしか経っていないのだろう?」

「そうだけど……。」

俺の問いに姫乃は口ごもる。

「ま、短いから分からんところもあるだろ。それよりも外部に繋いだパネルを見ていてくれ。」

首を軽く縦に振ると、それ以降姫乃は口を接ぐんだ。

「数字が八十を越えたら、通信機で俺達に連絡をくれ。武装神を支えている台座を外す。」

先に外す事も出来るが今回は敢えて止めて置く。何せ操縦者が訳ありだから勝手に動かれるのはたまったものではない。

「では、始めるか……。二人共乗ってくれ。」

舌打ち野郎と無視野郎をファイターとアーチャーに搭乗させた。

三機が軌道に入りかけた頃だった。………来たな。突如それは起こった。大きな爆発音と何かが崩れる音だ。その場にいた俺以外の全員がそちらを向く。

「な、何事だ?」

領主は慌てふためき取り乱していた。

「あそこです。」

宰相が土煙のあがった方を指した。街を守る城壁が破壊されたようだ。凄まじいまでの土煙。暫くして煙が薄くなった所からそれは現れた。城壁の倍近くの身長。緑色のボディに頭部には角がある。まるで巨大化した鬼のような姿。

「あ、あれは…」

その後の言葉に詰まる宰相。

「きょ、巨人じゃあー。」

領主は大声を上げ尻餅をついた。腰でも抜かしたのだろう。その声が一同をさらに動揺させる。

さらに少し離れた場所で爆発音がした。もう一体巨人が現れる。

破壊された城壁は二ヶ所か。

「待って、もう一体いや更に二体いるみたい。」

姫乃が指したこの先には、確かにもう二体現れた。

巨人は全部で四体。破壊された城壁二ヶ所に各二体ずつ分かれて来たのだ。

「巨人?あれって…」

巨人を見て姫乃が何かに気付いたようだ。

「……武装神。」

英樹が呟いた。

「そうよ。あれって、これと似てるわよね。」

姫乃は現れた巨人とファイターを指差した。

まあ気付くよな。一同は今度一斉に俺の方を見る。事情、説明を求めているようだ。

「そうだ。あれは魔王軍の武装神、BPゴブリンだ。」

その場でどよめきが沸き立つ。

「魔王軍の武装神?巨人じゃあねえのかよ。」

舌打ち野郎がわめき散らす。五月蝿い。

「どういう事じゃ、どういう事じゃあ。」

同じように喚き散らす領主。こいつも五月蝿い。

「見て解らないか巨人は魔物ではなく、武装神なんだよ。」

有事なので敬語は不要だな。

「創麻殿は知っておられたのですか?巨人の正体が武装神と。」

比較的冷静な宰相が俺に聞いてきた。

「ああ、だが王国では他言無用なのでな。」

思わず笑みを溢しそうになるが、俺は表情を変えず返した。

そこに早馬がやってきた。

「申し上げます。ま、魔王軍の巨人が攻めてまいりました。」

見れば分かる事を平気で口にする、兵士。

「言わずとも、これを見れば分かるわ。」

当たり前のようにキレる領主。

「何故、こんなに近づくまで誰も気付かなかったのだ。」

宰相が兵士に聞いた。

「は、はい。見張りの者の話ては、何やら城壁の外にモヤのようなものがかかっていて、遠方まで見通しが悪くて。」

「感知は、感知はどうなっていたのだ?」

兵士に対して詰め寄る領主。

「は、はい、感知の魔導士達も気付かなかったようです。」

兵士は動揺しながら答えた。

「創麻殿、この状況について何かご存知では?」

宰相が俺に聞いてきた。こいつに隠し事は厳しいかもな。それなりに真実を混ぜて話すか。

「ああ、その前に確認したい事がある。モヤが出る前何か変わった事が無かったか?例えば音とか…。」

兵士に尋ねた。

「は、はい。見張りの者が言うには何か弾けるような音が聞こえたとか。」

なるほどな、やはりそうか。

「何か思い当たりでも?」

宰相が聞いてきた。

「改良型のチャフグレネードだろうな。」

俺の呟きに一同は顔を見合わせた。何の事か知らないのだろうな。

「あー、簡単に言えば煙を出し、チャフ、障害物のような物で感知を無効化したのだろう。チャフも感知しにくい物でも使ったのかもな。見ていないから知らないが…。」

この世界の感知魔法?も基本的にはレーダーやソナーと変わらない。感知の魔導士が魔力を四方に飛ばし、跳ね返って来た事で何かを察知している。

チャフはそれを混乱させるのだが、俺が作ったのは粒子が非常に細かい。また水の分子に近いので不純物と判断が付きにくかった。(ここは説明しないがな。)

「そ、そのような物があるとは…。」

さすがに宰相も驚いたようだ。

「ええい、にしてもだ。守備隊は何をしていたのだ。何故近付いても何もしない。」

領主は恐怖が通り越して苛立ち始めた。

「城壁には大砲とかなかったのですか?」

姫乃が聞いた。

「確かにありますが……しかし。」

宰相は言葉を失う。

「城壁が低いのだろう。あれでは近付かれたらどうしようもない。」

宰相の言葉に俺は続けた。

この街の建物は平屋が多く、二階立てもあるが少ない。一番高い領主の建物でさえ三階だろう。なので城壁の高さはせいぜい十メートルも無い。人間や車両程度ならそれでも良いだろう。だがそれに比べて武装神は十五メートルある。

「城壁が低いのは武装神の大きさを侮っていた、いや知らなかったのか。」

無言で頷く宰相。大きさを知っていれば城壁を高くしただろう。

「あと、現状では効果が薄いかもな。大砲を打っても基本的に下から上へ打つ事になる。重力があるからら威力が下がる。」

それなら下半身を狙えば良いと考えるだろう。だが、武装神の下半身はかなり頑丈に設計してある。大砲ぐらいではびくともしない。近ければ効果があるこも知れないが。

「だからと言って何故攻撃されるまで気付かなかったんだよ?攻撃する時ぐらいは分かるだろ。」

無視野郎が俺に聞いてきた。

「あれだ。」

俺は指差した。その方向には、打ち放たれた大きな矢。ボウガンの矢だ。

「矢?あんな大きな?」

姫乃が驚愕した。弓矢やボウガンと言った物は飛距離や命中精度に難がある。だかその利点として音が出にくい。奇襲にはうってつけだ。サイレンサー付きの銃でもあればまた別だが、あいつらの装備にはない。代わりに、あのボウガンの矢先には炸裂弾が装着してある。その為、目標物に当たると爆発する。ちょっとしたグレードランチャーと言ったところだ。

今この街を攻めている物は初期型のゴブリンなので旧式(原始的と言っても良い)の武器しか装備していない。主力の量産型ゴブリンは重火器を標準装備している。こちら(王国)側は初戦なので戦闘データを取るには旧式ぐらいの方が丁度良い。それを見越した上で、

「弓矢は音がしにくいからな。」

俺はアーチャーの武器を指した。

そうこう言っている内にゴブリン二体は街の中心にまで入って来ていた。

「このままでは街が奴らに滅ぼされてしまう。そうじゃ!城壁から大砲で攻撃するのじゃ。」

気でもふれたかのように領主が宰相に命令する。

「お待ち下さい、そのようなことをすれば街にも被害が起こります。」

宰相は状況をある程度把握しているようだ。だがその意見も必要無いようだ。残り二体が城壁の大砲を破壊した。武装神と言えど無敵ではない。攻撃を受ければ傷は付くし破壊も出来る。さっきも説明したが今ここにいるゴブリンは量産とはいえ初期型で運動性も低く装甲もそこまで厚くはない。少しでも敵の反撃を受けないようにしているようだ。こいつらはそれなりに戦闘慣れしているようだ。

「さっきから守備隊は何をしている。兵士は?魔導士は?どうしたのじゃ?」

早馬の兵士に詰め寄る領主。

そこにもう一人早馬がやって来た。

「申し上げます。巨人の攻撃により守備隊はほぼ壊滅状態。」

その報告に領主は後退りをする。不意に宰相の胸倉をつかみ、

「なら戦車じゃ、戦車で応戦するのじゃ。」

高らかに声をあげた。確かにこの街には戦車があった。倉庫で見たがたしか五台はあったかな。

「既に出ております。」

兵士が即答した。戦車の砲身が火を吹く。しかし街中は建物が障害物となり当たらない。間もなく爆発音が数回聞こえた。戦車が破壊されたようだ。

「戦車がやられたみたいだな。」

俺が言うと領主はその場に座り混んだが、何かを思いついたのかこちらを見て、

「勇者達よ、今すぐあれを討伐せよ。」

余り好きではない勇者達に向かって大声で叫んだ。

「お主達はワシを守るのだ。」

取り巻きはあくまで自分の手元に置いておきたいようだ。それを聞いた舌打ちの顔が怒りで歪む。

「おい、てめえ黙って聞いてたら好きにほざきやがって!」

今度は舌打ちが領主の胸倉を掴む。制止しようとする。姫乃と英樹。

舌打ちが制止を振り切って、領主に怒りをぶつけかけたその時、一際大きな爆発が起こった。

今朝までいた倉庫付近からだ。凄まじい黒煙が上がっている。ゴブリンが街のさらに奥にまで入って来たのだ。

「なんと言う事だ。火薬に火が着いたようだ。」

宰相がやや悲壮感に陥っている。

よくよく見ると戦車は全て破壊されていた。近くに転がっているのは守備隊の死体だろうか。街から離れていて正確ではないが見えるのは黒煙と炎、瓦礫に撥ね飛ばされている何か。聞こえるのは爆発音と崩壊音、人々の悲鳴。かなりの死傷者が出ているな。

ゴブリン一体が何かに向かっている。この街で一際大きく立派な建物。領主の館だ。そこにいると考えたのか。ボウガンを構えると発射した。

派手な爆発音と共に屋敷は崩壊した。あー、あれじゃあ財産や家財道具はほぼ残念な結果になったな。

その場に崩れ落ちる領主。哀れだな。

「街を守るのが勇者の勤めであろう。その武装神とやらで何とかせい。」

不意に吹っ切れたようにキレる領主。忙しいやつだ。

こいつの財産とかこの街がどうなろうが知らない。かといってこのまま何もしないというのは俺の本来の目的に反していた。

当のゴブリンはというと破壊した屋敷を手斧でさらに砕いていた。領主がそこにいると思っているのだろう。残念だか何も無いのだがな。仕方ない、こちらに目を向けさせるか。

「あいつめワシの屋敷をー。誰か何とかせんかー。」

手当たり次第にキレる領主。その場の全員が領主とゴブリンに目が行っている。チャンスだ。

アーチャーの持っていたボウガンから屋敷のゴブリンに向かって矢が発射された。

矢はゴブリンの足元に着弾した。今度は全員が俺を見た。俺は無言両手を上げ親指で無視野郎を指した。

指された本人は、

「お、俺は何もしていないぜ。」

無視野郎は明らかな動揺をみせた。

「射つなら、ちゃんと当てろよ。」

俺が呆れ気味に言った。

「だから俺じゃねえって。」

全力で否定する無視野郎。もちろん俺が射ったのだ。ゴブリンの目をこちらに向けるためにわざと外してな。思惑通りそれに気付いたゴブリンは矢が飛んできた先…こちらを向いた。

「あいつ、こっちに気付いたぞー!」

舌打ち野郎が叫んだ。領主の館付近にいたゴブリンと街中にいたゴブリンがこちらに向かってきた。

「ひぃぃぃー、お前達何とかせんかー。」

大声で叫びだし近くにいた自分のお気に入り達まで押し出す領主。ここまでくると非常に醜い。

とりあえずこいつらは置いといて相手側の状況も知りたいので俺はゴブリンの通信を傍受した。

「あそこに何かいるぞ。……あれは領主だ。丘の上にいる。逃がすな。」

これは領主の館を破壊していたやつだ。

「待て、あいつら何か変だぞ。あのトレーラーはなんだ?何をしている?」

街中にいたゴブリンの操縦者だ。

「隊長、あれは…いやあれが情報にあった王国側の武装神じゃあ?」

城壁近くにいた色が違うゴブリンの操縦者の声だ。

「お前達迂闊に近付くな。イサム気をつけろ、奴らの武装神は性能が未知数だ。」

隊長が指示をする。しかしイサムと呼ばれた奴以外の二人がもう向かってきている。

「隊長、奴らが動き出す前に破壊します。」

領主の館を破壊した一機が隊長の指示を無視して突っ込んできた。目標は領主だろう。

「来た来た来た。」

悲鳴に近い声を出す領主。腰を抜かして動けなくなった領主を守るように、彼のお気に入り勇者達がゴブリンの前に立ち塞がった。

「ファイヤーアロー。」

魔法使いの女が炎の矢をゴブリンに放った。と同時に女剣士と女戦士がそれぞれ剣と長剣でゴブリンの足に切りかかる。中性的な男は僧侶だろうか?領主と宰相を守るように光の壁のようなものを張った。

ゲームに良く出てくるモンスターなら効果があるかも知れない。だが相手は金属の兵器だ。しかもある程度どのような環境下でも動くようにしている。

結果…炎の矢はゴブリンの装甲に少し焦げ目を付けた程度で剣士と戦士の攻撃は弾かれてしまった。

「なっ?!」

「効かない?」

言葉を失うお気に入りパーティー。

動きが止まった所にゴブリンの斧が振り下ろされた。

驚愕の余り隙が生まれたのか、女剣士は斧に叩き潰された。辺りに飛び散る血液と肉片。圧死という生易しいものではない。

その様子を見てその場にいた(俺以外の)全員が顔を歪めた。それは驚愕と恐怖だった。

仲間の死を見て女戦士が闇雲に斬りかかる。

しかし残念な事にゴブリンの装甲を少し傷付ける程度に過ぎなかった。戦車にナイフを突きつける感じだ。

ゴブリンはそれに気付き今度は斧で女戦士を凪払った。女戦士は長剣もろとも上半身が吹き飛ぶ。おそらく吹き飛んだ部分はバラバラだろう。その場には下半身だけが取り残されていた。

「ひぃぃー。」

女魔法使いはパニックになったのか杖を捨てて一目散に逃げ出した。ゴブリンはそれを無視し領主の方に近づく。

「だ、大丈夫なのか?この壁は。」

領主の問いに無言の僧侶。その目には涙が浮かんでいる。絶望の表情だ。

ゴブリンは無慈悲にも領主達に目掛けて斧を振り下ろした。

ガラスが割れるような音と共に光の壁は砕け散った。

僧侶は真っ二つになり領主の下半身が股間部分から弾けとんだ。あーあ、もう悪さは出来ないな。

二人共に即死だ。宰相は衝撃をくらい左半身が吹き飛び俺の近くまで飛んできた。誰も近寄らない。仕方ないので俺が近づく。

「おい、大丈夫か?」

もはや助からないのは見て分かるが確認をした。宰相は消え入る声で、

「な、何故、です。」

俺に尋ねた。

「何の事だ?」

俺は特に動揺する事なく聞き返した。

「あ、が」

宰相は大きく目を開き、体が跳ねるとそのまま動かなくなった。武装神ゴブリンを見た時に何となく気付いていたようだ。中々に優秀な男である。ちと惜しい気もするが後で色々と面倒になりそうなのでこのままご退場して貰おう。

領主を始末するという目的を果たした者達は次の標的に目を向けた。俺達だ。

「起動はしてある。動け!」

俺が叫んだ。それに呼応してファイターとアーチャーが動き出す。

無視野郎がゴブリンに向かってボウガンを向け矢を射った。しかし至近距離にも関わらず矢は外れてしまった。

今度はゴブリンがボウガンをアーチャーに向け発射する。こちらは胸部、コクピットに直撃しアーチャーはそのまま爆発した。無視野郎は圧死からの爆死だな。

あーあ、貴重なアーチャーが。

「て、てめえら!」

激昂した舌打ち野郎がファイターの剣で斬りかかった。ゴブリンは易々とそれを避け、斧で右肩から腕を切り落とした。

「くそ。武器は他に武器はねえのかよ。」

通信機からあわてふためく舌打ち野郎の声が聞こえてきた。

そういえばファイターに武器をほとんど装備してなかったな。などと考えていると、

「うわー、や、やめろー。」

舌打ち野郎の悲鳴が通信機から漏れてきた。

ゴブリンが斧でコクピット部分を攻撃している。ファイターが残った左手でガードしようとしたが斧で潰されて動かなくなっていた。

「や、やめてくれー。」

恐怖による悲鳴の後、断末魔と何かが潰されたような音がした。ファイターはゴブリンにコクピットを何度か打ち付けられた後、力が抜けたように動かなくなった。

勇者、領主、武装神と破壊したゴブリンは俺と英樹を見た。

「ちょっとヤバいか。」

俺が英樹を見る。英樹は顔面蒼白になってゴブリンを見ていた。まあ無理も無い。ゴブリンは巨体と共にゆっくりこちらに動き出す。

「英樹、そのまま視線を変えずに聞け。」

俺はゴブリンを見たまま英樹に声をかけた。

「セイバーに乗れ。」

英樹はこちらを見そうになる。

「見るな!セイバーの方もだ。奴ら気付かれるとまずい。」

小声で英樹に聞こえる位の声で話した。下手に動く事は出来無い。と英樹は目で訴えかけている。確かにそう思うだろう。

だが心配無用だ。伏兵がいる。

ゴブリンが突如何かに吹き飛ばされた。正確には転ばされた。吹き飛ばしたものはヒーラーだ。

姫乃の乗るヒーラーがゴブリンの右側から体当たりを食らわしたのだ。

ヒーラーは動きはファイターやアーチャーに比べて遅いが装甲がやや強く重い。体当たりだけでもゴブリンを押さえる事ぐらいは出来た。

「今だ、行け!」

俺は英樹に向かって叫んだ。

「で、でも…。」

迷っているのだろう。当たり前と言えば当たり前だ。

一度も武装神に乗った事がない。ましてや起動した所を見せていない。今日が初めてだからな。

「お、俺、乗った事ありません。」

踏ん切りも付かないのだろう。

「乗った事が無いのは分かる。だが今乗れるのは英樹、君だけだ。」

「蒼麻さんが乗れば……。」

まあ実を言えば俺も操縦可能だし、俺が乗ればコイツらなぞ敵ではない。瞬殺も可能だろう。だがそれは俺の望むところでは無い。

「サポートが必要だろう。君に出来るのか?」

俺の問いに英樹は首を横に降る。

「大丈夫だよ、一緒に整備をしただろう。あれでそれなりに動かし方は分かるはずだ。」

「だ、だけど……。」

ええい、面倒なやつだ。俺はヒーラーを指した。

「見ろ。ぐずぐずしていると姫乃が死ぬぞ。」

姫乃が乗るヒーラーを見るとメイスを持っていた右腕は肘から切り落とされていた。今は左腕に付いているバックラーでゴブリンの攻撃を凌いでいる。

防御はしているとはいえゴブリンに何回も打ち付けられているので衝撃はなかなかのものだろう。

それを見て流石に動かない訳には行かなかったのだろう。英樹はセイバーに向かって走り出した。

「行きます!」

「ああ、急げ、他の奴らもこちらに向かってくる。」

残りのゴブリン三機も、こちらに向かって来ていた。

「英樹、聞こえるか。」

俺が通信機を通じて英樹に話し掛ける。

「はい、今乗りました。」

英樹はセイバーに乗り込んだようだ。

「よし、火はいれてあるから取り合えず動かしてみろ。」

俺の言葉を聞いた直後、トレーラーに乗っていたセイバーが動き出した。セイバーが起き上がるとかけてあった幌が破れた。そしてそのままトレーラーから起き上がる。セイバーは立ち上がった。

ゴブリンはセイバーが動き出したのを見るとヒーラーへの攻撃を止め、そちらの方を向いた。

崩れ落ちるヒーラー。対峙するセイバーとゴブリン。

ゴブリンの操縦者は警戒しているようだ。

こいつ(セイバー)は明らかに何かが違うと感じとったのだろう。

俺はゴブリンの視界に入らないようにヒーラーに近づきコクピットを開けた。

中にはぐったりとした姫乃がいる。相当衝撃を受けたのだろう。

「姫乃、姫乃、おい、大丈夫か?」

「う、」

俺の呼び掛けに姫乃は唸るように声を絞り出した。生きているようだ。俺はそのままゆっくりと姫乃をヒーラーから救いだした。

セイバーとゴブリンはまだ対峙している。

「英樹、姫乃は無事だ。安心していいぞ。」

通信機からは英樹の安堵の声が聞こえてきた。

「後は、コイツらを何とかしないとだな。英樹、行けるか?」

「は、はい、たぶん。」

良し、後はセイバーの戦闘データを取るだけだ。

かくして史上初の武装神同士の戦いが幕を下ろした。













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