第5話 セイバー起動
ゴブリン部隊の襲撃が決定してからの俺は急激に忙しくなった。
先ず英樹や姫乃に明日起動実験を行う事を知らせる。
二人は急な展開でかなり驚いて理由を聞いてきた。
そこは王国から魔王軍の動きが活発になってきたと連絡があったこという事にした。
英樹には引き続きセイバーの調整を手伝ってもらう。
ついでに、それとなくセイバーの起動方法と操縦について軽く教えておく。
本人にはあくまでもパイロットとしてではなく様々なテストを行うときに動かせた方が何かと便利だからと釘は刺しておいた。
一応こいつをパイロット候補として考えてはいる。
仮ではあるが知られない方がいい。
姫乃の方は俺の手伝いや機械工学の勉強はほどほどにしておく。
勉学は後々覚えてもらえばいい。
ヒーラーの基本的な動かし方をレクチャー後そのままシュミレーションを受けさせる。
こちらもある程度は戦力として役に立ってもらわないと後々困るだろうからな。
何にせよ先ずは二人共生き残ってもらわなければならない。
そんな考えもあり少々不自然な言動や行動が出るかもしれない。
悟られずにあくまで自然を装う必要がある。
女は勘が良いからな。
特に警戒しておく必要がある。
舌打ちと無視の二人には食事から戻ってきたら引き続きシュミレーションをさせておいた。
また不満をグチグチ言われると面倒なので先に明日起動実験を行う事を伝えておく。
二人は実機を動かすことが出来る事が嬉しかったのか素直にコクピットに入ってシュミレーションを行っていた。
単純な奴らだ。何も考えていないのだろう。
「まだスマホゲームの方が面白いけどな。」
舌打ちがコクピットに入る前に捨て台詞を吐いてたか。
スマホゲームが何なのかは知らんが、これは兵器でありこれから戦争を行うのだ。
ゲームなどという遊び感覚でやっていると直ぐ死亡だろうな。
まあ実際にこいつらはシュミレーションからデータが取れたからもう不要だが。
俺はこいつらが直ぐに出てこないように先ほどよりもほんの少しだけ難易度を上げておいた。
逆に難易度を上げすぎるとこいつらは直ぐに諦めて出てくる可能性がある。
次に領主に起動実験の許可を得る必要があった。
辺境の地とはいえ領内で巨大兵器を動かすのだ。
今はまだ形式だけとはいえ必要な事だった。
まあ明日の正午過ぎにはそのような必要無くなるだろう。
永久にな。
そんな事を考えつつ俺は作業が一段落した後に領主の屋敷へ向かった。
領主には会えなかったが代わりにあの宰相が出てきた。
どうやら御領主様は例のお気に入り勇者ご一行とお楽しみの様子だった。
領主のくせに行政はそっちの気で全く救いようがない輩だ。
最後のお楽しみだし許してやるか。
領主を待っていても仕方がないので宰相に話をした。
予想外な事に二つ返事で了承をくれた。
簡単に許可が取れるとは思っていなかったので俺が呆気にとられていると、
「今は非常時ですので、一刻も早く王国の戦力として使用できるようにして欲しい。」
と言われた。
そういえばこいつのところにもあの魔王軍の動きが活発になったとの連絡を入れさせておいてあった。
それにしてもこの男は自身の領地だけでなく、この国の未来の事も考えているようだ。
先見の目があるならばかなり優秀であるだろう。
一領主の宰相に留めておくのは非常に勿体無い。
特にあの領主の下では。
それだけに処分するのは少々惜しくは感じた。
俺は領主の館から倉庫に戻ると英樹と共にセイバーの最終調整をした。
英樹にはセイバーに搭乗してもらう必要があるので少々多めに説明をしておいた。
夜も更けてきたのでこちらの勇者ご一行には街の宿に戻り休息を取ってもらうようにした。
俺は一人取り残された倉庫で四体の武装神を見ていた。
あることを思い出していた。
それは初めて武装神を起動させた時の事だ。
あの時も戦争が変わると感じていた。
人対人から人対武装神へ。
それが今度は武装神対武装神になる。
いよいよ明日だ。時代が変わる。新しい戦争の幕開けだ。
心が躍る。
このような気持ちになったのは何時ぶりぐらいだろうか。
翌日、俺はかなり早めに起床し軽く朝食を済ますと武装神を搭載したキャタピラー(トレーラー)に乗り込み倉庫を出発した。
約十分ほど走らせると街の中心から少し離れた場所にかなり広い平原がある。
今は秋の収穫も終わっているので太陽が昇るのまでの時間がかなり遅くなっている。
辺りはまだ暗く夜の静けさが僅かに残っている。
街は静まり返っていて幸いにも人目につくことが無かった。
俺は一人倉庫に泊まって準備をしていた。
他の奴らとは現地で待ち合わせの約束をしたので移動は俺だけだ。
俺は現地に到着したが、まだ誰も来ていない。
色々と準備するには都合がいい。
まず真っ先にセイバーを軌道し何時でも動く事が出来るようにスリープ状態にしておおく。
次にファイター、アーチャー、ヒーラーと軌道準備を始める。
倉庫内では立たせると屋根を突き破ってしまうがこの場所ならその心配も無用だ。
とりあえずファイターとアーチャーは立たせてジョイントで固定しておく。
ヒーラーは横にしたままで置いてある。
姫乃にはその方が乗りやすいだろう。
朝日が出てきてしばらくたった頃、準備も一段落した。
その時にようやく他の奴等がやって来た。
時間は・・・もう十時を過ぎていた。
あと二時間あるかどうか。
英樹、姫乃、残りの二人、宰相、領主と性奴隷…と間違えた他勇者ご一行様。
これでメンツは揃ったな。
全員が並べられたセイバーを除く三機の武装神を見て感嘆の声をあげた。
(セイバーはこの三機から少しだけ離れた場所に置いてある。)
「外で見ると本当に見事な物ですね。」
開口一番は宰相だった。
昨日は狭い倉庫内で、しかも横たわっている姿を見ただけだった。
全体像をはっきり見える外では違った印象になったのだろう。
何せ高さは十五メートル以上もあるからな。
ビル約七から八階に相当する。
この街ではこの高さを超える建物はほぼ無い。
例外は領主の館ぐらいか。
それが二機並んで立っているのだ。
流石に圧倒されたのだろう。
他の面子も同じようだ。
一緒に整備を行っていた英樹や姫乃でさえもその姿を驚きを隠せなかった。
領主様お気に入りの勇者ご一行も始めて見る武装神に驚愕していた。
お気に入り共の驚く様子を見て領主は、
「どうだ?私の武装神は。素晴らしい物だろう。」
さも自慢気に言い放つ。
お前の物じゃあ無いがな。
せめて王国の武装神ぐらいに言えんのか、コイツは。
お気に入りの女(男が一人混じっているが)達に良い格好を見せたいのだろう。
どこの世界にでもこういう輩はいる。
自分では何もせず他人の手柄だけを横取りを行い恰も自分の事だけアピールするのが上手な奴だ。
まあ、こういう輩は決まって無能な奴と相場が決まっているが。
取り巻き連中も特に何も考えていないような連中なので、
「すごいですー。」
とか
「領主様ー素敵ー。」
などと持て囃している。
それにしてももう少し言葉選びがあるだろうに・・・語彙が無さすぎる。
こいつらも阿呆の扱いには慣れているようだな。
その辺りの芸者っぷりは見事なものだ。
こいつらなりにそうやって生きてきたのだろうな。
この領主もそれを聞いて益々上機嫌になる。
この勇者ご一行は別に勇者をやらなくても生きていけるんじゃないか?
さて、もう一方の勇者ご一行は不機嫌だな。
こんなやり取りを見ていたら仕方ないか。
「おい!さっさと始めようぜ。」
舌打ちが苛ついた感じで俺に言ってきた。
無口も頷き同意見のようだ。
お前らのその態度もどうかと思うがな。
そういう感情は表に出すんじゃない。
俺は軽くため息をつくと、
「英樹手伝ってくれ。姫乃もサポートを頼む。」
先ずは舌打ちと無口の二人をファイター、アーチャーに搭乗させるために準備をする。準備が終わるまで二人は機体の近くで待機だ。
準備を始めた俺に二人が近付いてきた。
「何か腹立つわよね。」
作業中に姫乃が少し怒気の混ざった声で俺に言ってきた。
「何がだ?」
彼女が怒っている理由は大体想像がつくが敢えて聞いてみた。
「何がって、これは創麻さんが作ったのでしょう。」
まあな。何だそっちか。
てっきり領主とそのご一行のやり取りが目に余ったのかと。
姫乃はさらに続け、
「なのに、あの領主ときたら、さも自分の物みたいに。」
頬が餌を目一杯口に詰め込んだハムスターみたいに膨れている。
「ま、別に、そんな事はどうでもいい。」
姫乃の小動物みたいな様子は面白かったが、俺はその理由については特に気にしていないので素っ気ない感じで返した。
「別にって、それで良いの?」
姫乃は腑に落ちないといった表情を見せた。
良いかと言われると良くはないのだろうが俺の目的は別にあるからな。
名誉や手柄などという目先の小事には興味がなかった。
だが・・・普通は文句の一つでも垂れた方が良かったのだろうか。
「英樹はどう思う?」
とりあえず姫乃に変な答えを返して面倒な事になるのは御免だ。
矛先を英樹に向けておく。
「俺は…」
英樹は口ごもるが、
「俺も嫌ですね。」
「ほら!」
英樹の答えに姫乃はやや満足気に言う。
しかし英樹の気持ちはちょっと違うようだった。
「いや、それもあるけど…」
「けど?」
姫乃が英樹に聞き返す。
「あんな奴に武装神を作って手柄をとられるのも嫌ですけど、それで創麻さんの評価が無くなる方がもっと嫌かな。」
俺の評価?特に気にはしてないと先ほどから言っているのだが・・・よく分らんな。
俺が何も話さないでいると、
「そ、そうなんだ。」
姫乃が代わりに言葉を発した。
「姫乃?どうしたんだ?」
俺が聞くと、
「え?うん、ちょっと驚いちゃって。」
英樹の言葉に驚いたらしい。
「驚いた?なぜ?」
姫乃の様子がどうもおかしい。
「うん、英樹がそんな事思っていたなんて。」
「そうなのか?前よりはしっかりと会話をしているようだが?」
はっきりと意見を言うのは昨日初めて会った時よりかなり違っているが、
「それもそうなんだけど、何か、今までは自分の事以外で嫌そうな顔をすることなかったから・・・。」
最後まで物を言わない姫乃。
「今までって言うが出会って二ヶ月ぐらいしか経っていないのだろう?」
「そうだけど……。(今まで私にはそう言うの無かったんだよね。)」
俺の問いに姫乃は口ごもる。
最後の方はかなり小さく呟いたようだ。
気のせいかもしれないが、その時は姫乃の表情が少し寂しいようにも見えた。
「ま、出会ってから日も浅いから分からんところもあるのは仕方ないんじゃないか。それより君もヒーラーに乗る準備を始めてくれ。」
首を軽く縦に振ると、それ以降姫乃は口を接ぐんでヒーラーの方に向かった。
人の気持ちに寄り添うのは看護婦らしいと言えばそうなのかもしれないが。
「彼女・・・姫乃何かあったのですか?」
今度は英樹が唐突に聞いてきた。
「何か、とは?」
俺の質問の意味がよく分からないので聞き返した。
「いえ、その、元気がなさそうだったので・・・。」
英樹もそう感じたらしい。
「そうかも知れないな。緊張しているのもあるんだろう。」
俺は興味がないので適当に答えた。
「それならいいのですが。」
今度はこちらの表情が曇りだした。
面倒くさい奴らだ。
もしかして・・・俺に一つの考えが過った。
「英樹。君は何故パーティを抜けなかったんだ?」
オブラートに包まず直接聞いた。
ノリ的には「何で前の会社辞めたんだ?とか部活何で辞めんだ?。」ぐらいな感じで。
「別に抜けても良かったんじゃないか?手先も器用だし直ぐにでも仕事見つかりそうだが?」
これに関しては嘘ではない。
「王国から別の仕事を紹介するなど、そんな話があったんじゃないか?」
確か情報によれば王国でも多少の重火器があるからそちらの整備の職があったと聞いている。
噂では勇者の能力も差があるので召喚されたとき、戦力にならなさそうな奴にも仕事を与えていると聞いていた。
ただし、ここ近年は魔王軍の進軍が激しく慢性的な人手不足なので戦場に駆り出される事が多いらしいが、
「え、ああ確かにそのような話もありました。けど・・・。」
俺の問いに英樹は少々焦ったような口調でさらに続けた。
「俺がパーティから抜けたら今度は姫乃が俺みたいな立場になるかと思うと抜けられなくって・・・。」
ん?直近で何か似たような話を聞いたような気がするな。
・・・こいつらは互いが互いに・・・。
「別に君が気にする事無いんじゃないか?それとも姫乃に何か特別な思いでも?」
言葉を誤った。「思い入れ」と言うつもりが端折ってしまった。
「い、いやそうじゃなくって。ほら、姫乃にはこの世界に来てから色々と迷惑かけっぱなしだったし。」
慌てふためく英樹。
「ふーん。」
俺が素っ気ない返事を返す。
「べ、別に好きとかそんなのじゃないから。」
聞いてもいない事、喋りだす英樹。
姫乃も同じような事を言っていたな。
似た者同士だな。
実はこいつら姉弟なんじゃないか?
ただし英樹の場合はおそらく姫乃に好意を持っているだろうな。
「ほ、本当だって、俺、姉さんがいたから何となくそんな感じなんだよ。」
どんな感じなんだ…よくわからん。
下らない話はこれぐらいにして本業に戻るとするか。
「話は終わりだ。英樹、ジョイントを外す手伝いをしてくれ。あの二人の準備が出来たら外していく。」
俺は英樹に指示を出して武装神を固定しているジョイントの近くに向かった。
ジョイントは先に外す事も出来るが今回は敢えて止めて置く。
何せ操縦者が曲者の二人である。
こちらの指示に従わず勝手に動かす可能性が非常に高い。
いきなり壊されるのはたまったものではない。
「では、始めるか……。二人共乗ってくれ。」
舌打ちと無視をファイターとアーチャーに搭乗させる。
二機とも立っているので操縦席の近くにワイヤーの昇降機がありそれにつかまって搭乗した。
「こちらが合図をしたら台座を外すから動かしてみてくれ。」
二機が起動に入りかけた時だった。
突如その時が来た。
大きな爆発音がいくつか、それと合わせて何かが崩れる音だ。
・・・始まったか。
その場にいた俺以外の全員が爆発のした方を向く。
「な、何事だ?」
領主は慌てふためき取り乱していた。
「御領主、あそこです。」
宰相が土煙のあがった方を指した。
街を守る北東側の城壁が破壊されたようだ。
凄まじいまでの土煙が舞い上がっている。
暫くして煙が薄くなった所からそれは現れた。
城壁の倍近くの身長。
緑色のボディに頭部には角がある。
まるで巨大化した鬼のような姿。
「あ、あれは・・・まさか。」
その後の言葉に詰まる宰相。
「きょ、巨人じゃあー。」
領主は大声を上げ尻餅をついた。
腰でも抜かしたのだろう。その声がその場にいる一同をさらに動揺させた。
英樹と姫乃は巨人が現れた方角を凝視し言葉を失っている。
お気に入り勇者様御一行は悲鳴を上げている者もいる。
少し離れた場所で二度目の爆発音がした。
もう一体巨人が現れる。
破壊された城壁とは別の個所。
「待って、もう一体いや更に二体いるみたい。」
姫乃が指した先にもう一体の巨人が現れた。
破壊された城壁二ヶ所に各二体ずつ分かれて来たのだ。
巨人は全部で計四体。
「巨人?あれって…」
ゆっくりと破壊された城壁から街の中に入ってくる巨人。
その姿、全体像を見て姫乃が何かに気付いたようだ。
「あれは・・・武装神。」
英樹が低く呟いた。
「そうよ。あれって、これと似てるわよね。」
姫乃は現れた巨人とファイターを指差した。
まあ気付くよな。ファイターはゴブリンをベースに製造したからな。
一同は一斉に視線を俺の方に向けた。
事情、説明を求めているようだ。
誰かの言葉を待つより早く俺が開口した。
「そうだ。あれは魔王軍の武装神、BP(ブロンズプレート)ゴブリンだ。」
その場でどよめきが沸き立つ。
「魔王軍の武装神?巨人じゃねえのかよ。」
初めて目にする魔王軍の武装神を見て、舌打ちが外部スピーカーでわめき散らす。
こちらも動揺しているのだろうが、喚き声が非常に五月蝿い。
「どういう事じゃ、どういう事じゃあ。」
こちらも同じように喚き散らす領主。
こいつもさらに五月蝿い。
「見て解らないかあの巨人は魔物ではなく、魔王軍の武装神なんだよ。」
有事なので敬語は不要だな。
領主も事前に聞いていた情報や俺が持ってきた武装神で見たことはある。
だが魔王軍の武装神を見るのは初めてだったらしい。
恐怖でかなり混乱しているようだ。
「創麻殿はどこまで知っておられたのですか?魔王軍の武装神に関する情報を。」
比較的冷静な宰相が俺に聞いてきた。
「お察しの通りかなり情報は持っている。だが王国の戒厳令で基本的には他言無用なのでな。」
半分は本当だ。
残り半分は適当な事を言っておく。
そんな事より、いよいよ面白くなってきた。
思わず笑みを溢しそうになるが俺は表情を隠すようにこちらの武装神の準備を進める。
そこに早馬がやってきた。
「申し上げます。ま、魔王軍の巨人が攻めてまいりました。」
見れば分かる事を平気で口にする、兵士。
一般兵士には情報が行き届いていない。
「言わずとも、これを見れば分かるわ。」
当たり前のようにキレる領主。
「何故、こんなに近づくまで誰も気付かなかったのだ。」
宰相が兵士に問いただす。
「は、はい。見張りの者の話では、何やら城壁の外にモヤのようなものがかかっていて、遠方まで見通しが悪く視界が開けていなかったとか。」
状況を淡々と説明する兵士。
「感知は、感知はどうなっていたのだ?感知の魔導士どもは何をしていたのだ?」
兵士に対して詰め寄る領主。
「は、はい、感知の魔導士達の話では何も感じなかったようです。」
兵士は動揺しながら答えた。
「創麻殿、この状況について何かご存知では?」
宰相が俺に聞いてきた。
こいつに隠し事は厳しいかもな。
それなりに真実を混ぜて話すか。
「ああ、その前に確認したい事がある。モヤが出る前何か変わった事が無かったか?例えば音とか…。」
兵士に尋ねた。
「は、はい。見張りの者が言うには何か弾けるような音が聞こえたとか。」
なるほどな、やはりそうか。
「何か思い当たりでも?」
宰相が聞いてきた。
「改良型のチャフグレネードだろうな。」
俺の呟きに一同は顔を見合わせた。何の事か知らないのだろうな。
「あー、簡単に言えば煙を出し、チャフ、障害物のような物で感知を無効化したのだろう。チャフも感知しにくい物でも使ったのかもな。見ていないから知らないが…。」
この世界の感知魔法?も基本的にはレーダーやソナーと変わらない。感知の魔導士がマナ(魔法力)で大気中にエーテル(魔法力を伝える物質)を四方に飛ばし、跳ね返って来た事で何かを察知している。
大気中に含まれているエーテルに魔導士のエーテルが干渉しそれで感知するという理屈らしい。
チャフはそれを混乱させる。
俺が作ったのはエーテル粒子(これを発見した奴がそう名付けていた)は非常に細かい。また水の分子に近いので水蒸気に近いのでエーテル粒子と判断が付きにくかった。(ここは説明しないがな。)
その粒子が魔導士が放ったエーテルと結びつき感知を鈍らせる。
付け加えておくと、このエーテル粒子入りチャフグレネード、元の世界でのレーダーをも狂わせることが出来るはずである。
と前文だけを伝える。(俺が作ったことはナイショだ。)
「そ、そのような物があるとは…。」
さすがに宰相も驚いたようだ。
「ええい、にしてもだ。守備隊は何をしていたのだ。何故近付いても何もしない。」
領主は恐怖が通り越して苛立ち始めた。
「城壁には大砲とかなかったのですか?」
姫乃が聞いた。
「確かにありますが……しかし。」
宰相は言葉を失う。
「城壁が低いのだろう。あれでは近付かれたらどうしようもない。」
宰相の言葉に俺は続けた。
この街の建物は平屋が多く、二階建てもあるがその数は少ない。
城壁の高さは十メートルぐらい。
人間や車両程度ならそれでも良いだろう。だがそれに比べて武装神は二十メートルある。城壁の倍の高さだ。
「城壁が低いのは巨人・・・武装神の大きさを知らなかったからといったところか。」
無言で頷く宰相。大きさを知っていれば城壁をもっと高くしていただろう。
「現状では効果が薄いかもな。大砲を打っても基本的に下から上へ打つ事になる。重力があるからら威力が下がる。」
それなら下半身を狙えば良いと考えるだろう。
だが、武装神の下半身はかなり頑丈に設計してある。
重力があるから設計上、下腿が太くなる。
(バーニアを付けてホバリングぐらい出来るように設計中だ。)
当然ながら大砲ぐらいではびくともしない。
かなり近ければ効果があるこも知れないが。
「だからと言って何故攻撃されるまで何も気付かなかったんだよ?相手が何かする時ぐらいは分かるだろ。」
無視野郎が俺に聞いてきた。
「あれだ。」
俺は指差したその方向には打ち放たれた大きな矢。
矢は城壁を破壊しそのまま何棟かの建物を破壊していた。
ゴブリンが装備しているボウガンの矢だ。
「矢?あんな大きな?」
姫乃が驚愕した。
弓矢やボウガンと言った物は飛距離や命中精度に難がある。
だかその利点として音が出にくい。
奇襲には適している。
サイレンサー付きの銃でもあれば別だが、あの部隊にはその装備が無いようだ。
それを見越した上での装備か。
「弓矢は音がしにくいからな。」
俺はこちらのアーチャーの武器を指した。
やや形は違うがこちらの機体にもボウガンを装備している。
情報通りならあのゴブリンの性能は以下の通りだろう。
機体はゴブリン初期型。(試作機のバージョン中期型だな。)
機動力はそれほど高くはない。
しかもかなり古いゴブリンなので旧式(原始的と言っても良い)の武器しか装備していない。
武器はボウガン、ハンドアックス、ショートソードとダガー。
あのボウガンの矢先には炸裂弾が装着してあるところを見ると追加で装備したようだ。
目標物に着弾すると爆発するように改良したか。
ちょっとしたグレードランチャーと言ったところだな。
防具はスモールシールドにバックラー。プレートはブロンズ合金。
防御力は低いか。
現在主力の量産型ゴブリンは重火器を標準装備している。
やはりそれに比べると遥かに戦闘力は劣っているな。
今回はこちら(王国)側は初戦なので戦闘データを取るにはこのぐらいの相手が丁度良い。
最初の爆発から瞬く間にゴブリン二体は街の中心にまで入って来ていた。
「このままでは街が奴らに滅ぼされてしまう。そうじゃ!城壁から大砲で攻撃するのじゃ。」
領主は気でもふれたかのような命令を宰相に下した。
「お待ち下さい、そのようなことをすれば街にも被害が起こります。」
街中に発砲しようというのだ。当然である。
宰相はこの状況を冷静に把握しているようだ。
だが領主の意見も必要無くなったようだった。
城壁近くにいた残り二体が大砲を破壊し始めたのだ。
武装神と言えど無敵ではない。
攻撃を受ければ傷は付くし破壊も出来る。
今ここにいるゴブリンは運動性も低く装甲もそこまで厚くはない。
少しでも敵の攻撃を受けないようにしているようだ。
この部隊はそれなりに戦闘慣れしているな。
城壁の守備を無効化した二機も街の中へ侵攻してきた。
それを見かねた領主は、
「さっきから守備隊は何をしている。兵士は?魔導士は?どうしたのじゃ?」
早馬の兵士に詰め寄る領主。
そこにもう一人早馬がやって来た。
「申し上げます。巨人の攻撃により城壁の守備隊はほぼ壊滅いたしました。」
その報告に領主は後退りをする。不意に宰相の胸倉をつかみ、
「なら戦車じゃ、戦車で応戦するのじゃ。」
高らかに声をあげた。
確かにこの街には戦車があった。
倉庫で見たがたしか五台はあったな。
「既に出ております。」
兵士が即答した。
確かに戦車は出撃していた。
俺は普段からかけている眼鏡の望遠機能を使用して先程から街の様子を見ていた。
あれは六十一式戦車?っぽいな。
もう一つは古いなティーガーかな?
周りを見ると先に三台の残骸らしきものが見えた。
残りの二台、それぞれの砲身から火が吹いた。
しかし街中は建物が障害物となり当たらない。
間もなく爆発音が数回聞こえた。
残された戦車が破壊されたようだ。
「戦車が全部やられたみたいだな。」
俺が言うと領主はその場に座り混んだが、何かを思いついたのかこちらを見て、
「勇者達よ、今すぐあれを討伐せよ。」
余り好かれてはいない勇者達を指して大声で叫んだ。
俺も含まれているっぽいな。
お気に入りの方には猫なで声で、
「お主達はワシを守るのだ。」
取り巻きはあくまで自分の手元に置いておきたいようだ。
それを聞いた舌打ちの大声が外部スピーカーから響く。
「おい、てめえ黙って聞いてたら好きにほざきやがって!」
舌打ちがコクピットから下りてきて領主の胸倉を掴む。
制止しようとする、姫乃と英樹。
舌打ちが制止を振り切って、領主に怒りをぶつけかけたその時、一際大きな爆発が起こった。
今朝までいた倉庫付近からだ。
凄まじい黒煙が上がっている。
倉庫は街の中心より更に入ったところにある。
ゴブリンが街のさらに侵攻してきていた。
目的のものが倉庫にあると踏んだのだろう。
「なんと言う事だ。倉庫に保管していた武器、火薬が爆発してしまったようだ。」
宰相が驚愕していた。
倉庫付近を見てみると付近に残骸が飛び散っている。
その様子が凄まじい爆発だったと物語っていた。
近くに転がっているのは爆発に巻き込まれた守備隊の死体だろうか。
やりすぎだ。あれではこの街の資源が使い物にならないではないか。
街の様子だが離れていて正確ではないが見えるのは黒煙と炎、瓦礫に撥ね飛ばされている何か。
聞こえるのは爆発音と崩壊音、人々の悲鳴。これはかなりの死傷者が出ているな。
ゴブリン一機が目的をもって何処かに向かっている。
その方向はこの街で一際大きく立派な建物。領主の館だ。
そこに目的のものがあると考えたのか。
ボウガンを構えると発射した。
派手な爆発音と共に屋敷は炎と黒煙を上げた。そして崩壊。
あー、あれじゃあ財産や家財道具はほぼ回収は厳しいだろうな。
その場に崩れ落ちる領主。
声には出さないが、残念だったな。
一瞬落ち込んでいたが直ぐにこちらを向き、
「この街を守るのが勇者の勤めであろう。お前たちにはその責務があるはずだ。その武装神とやらで何とかせい。」
吹っ切れたようにキレまくる領主。
やれやれ遂にこちらにも矛先を向けてきたか。
情緒変化が激しい忙しいやつだ。
この街がどうなろうがどうでもいい。
そろそろ本来の目的に移したい。
屋敷を破壊したゴブリンはハンドアックスでさらにその周囲の建物を砕いていた。
倉庫になかった目的の物がそこにいると思っているのかもしれない。
残念だかそれ(武装神)はここにある。
仕方ない、こちらに目を向けさせるか。
「あいつめワシの屋敷をー。誰か何とかせんかー。」
遂に手当たり次第にキレる領主。
その場の全員が領主とゴブリンに目が行っている。
今がチャンスだ。
アーチャーの持っていたボウガンから屋敷のゴブリンに向かって矢が発射された。
矢はゴブリンの足元に着弾した。
今度は全員が俺を見た。
俺は無言両手を上げ、その後直ぐにコクピットから顔を出している無視の方を見る。
俺ではないという仕草だ。
当の本人は、
「お、俺は何もしていないぜ。」
無視は明らかな動揺をみせた。
「射つなら、ちゃんと当てろよ。」
俺が呆れ気味に言った。
「だから俺じゃねえって。」
全力で否定する無視。
もちろん俺が遠隔操作で射ったのだ。
ゴブリンの目をこちらに向けるためにわざと外してな。
思惑通りそれに気付いたゴブリンは矢が飛んできた先…こちらを向いた。
「あいつ、こっちに気付いたぞー!」
舌打ちが叫ぶ。領主の館付近にいたゴブリンと街中にいたゴブリンが一斉にこちらに向かってきた。
「ひぃぃぃー、お前達何とかせんかー。」
大声で叫びだし近くにいた自分のお気に入り達まで押し出す領主。
ここまでくると非常に醜い。
とりあえずこいつらは置いといて相手側の状況も知りたいので俺はゴブリンの通信を傍受した。
「あそこに何かいるぞ。……あれは領主だ。丘の上にいる。逃がすな。」
これは領主の館を破壊していたやつだ。
「それと・・・待て、あいつら何かしているぞ。あのトレーラーに乗っている物はなんだ?それに大きな人影はなんだ?」
街中にいたゴブリンの操縦者だ。
「隊長、あれが情報にあった王国側の武装神じゃあ?」
城壁近くにいた色が違うゴブリンの操縦者の声だ。
「お前達迂闊に近付くな。イサム気をつけろ、あれが情報通りの武装神なら性能は未知数だ。」
隊長が指示をする。
「隊長、奴らが動き出す前に破壊します。」
しかしイサムと呼ばれた奴以外の一機は既にこちらに向かってきている。
「俺は、あいつをあの領主を殺る」
領主の館を破壊したもう一機も隊長の指示を無視して突っ込んできた。
こちらの目標は領主だろう。
「来た来た来た。」
悲鳴に近い声を出す領主。
腰を抜かして動けなくなった領主を守るように彼のお気に入り勇者達がゴブリンの前に立ち塞がった。
中々律儀な奴らである。
「ファイヤーアロー。」
魔法使いの女が炎の矢をゴブリンに放った。
と同時に女剣士と女戦士がそれぞれ剣と長剣でゴブリンの足に切りかかる。
いや剣でその巨体に立ち向かうとか、いくら何でもそれは無謀だろう。
中性的な男は僧侶だろうか?領主と宰相を守るように光の壁のようなものを張った。・・・こいつ僧侶だったのか。破戒僧だな。
こいつらの魔法や攻撃もゲームに良く出てくるモンスターなら効果があるかも知れない。
だが相手は金属の兵器だ。
しかも対格差は十倍以上ときている。
その結果…炎の矢はゴブリンの装甲に少し焦げ目を付けた程度。
当然ながら剣士と戦士の攻撃は弾かれてしまった。
「なっ?!」
「効かない?」
言葉を失う領主お気に入りパーティー。
驚愕の余り隙が生まれたのか剣を持っていた女剣士は動きを止めた。
馬鹿が戦場で止まる奴があるか。
そこにゴブリンのハンドアックスが振り下ろされた。
女剣士は斧に叩き潰された。
辺りに飛び散る血液と肉片。圧死という生易しいものではない。
その様子を見たその場にいる(俺以外の)全員が顔を歪めた。
突如として女の大きな声が辺りを包む。
長剣を持っていた女戦士。
声は驚愕と恐怖と悲鳴が入り混じったものだった。
仲間の死を見て女戦士が長剣で闇雲に斬りかかる。
しかし残念な事にゴブリンの装甲を少し傷付ける程度に過ぎなかった。
戦車にナイフを突きつける感じだ。
ゴブリンはその様子に気付くと今度は斧で女戦士を凪払った。
女戦士は長剣もろとも上半身が吹き飛ぶ。
おそらく吹き飛んだ部分はバラバラだろう。
その場には女戦士の下半身だけが取り残されていた。
「ひぃぃー。」
女魔法使いはパニックになったのか杖を捨てて一目散に逃げ出した。
ゴブリンはそれを無視し領主の方に近づく。
「だ、大丈夫なのか?この壁は。」
領主の問いに無言の優男僧侶。
その目には涙が浮かんでいる。
その表情にあるのは絶望だ。
ゴブリンは無慈悲にも領主達に目掛けて斧を振り下ろした。
ガラスが割れるような音と共に光の壁は砕け散った。
僧侶は真っ二つになり、領主は変に避けようとしたのか下半身が股間部分から弾けとんだ。
これでもう悪さは出来ないな。
二人共に悲鳴を上げることなく即死だ。
さて残るは俺を含めた六人。
英樹と姫乃は恐怖のあまり動こうとしない。
宰相は相手の様子を伺っているようだった。
舌打ちはファイターに再度乗り込もうとしている。
無視はそのままアーチャーのコクピットに入った。
領主を殺したゴブリンは俺にハンドアックスを振り下ろしてきた。
だが突如足元が傾き体制を崩す。
斧は俺に当たらず少し離れていた宰相の付近に振り下ろされた。
宰相は衝撃をくらい左半身が吹き飛び俺の近くまで飛んできた。
そのような姿になった宰相を見て引いてしまったのか、誰も近寄ろうとはしない。
仕方ないので俺が近づく。
「おい、大丈夫か?」
もはや助からないのは見て分かるが確認をした。
宰相は消え入る声で、
「な、何故、です。」
俺に尋ねた。
「何故?とは?」
俺は特に動揺する事なく聞き返した。
「あ、が」
宰相は大きく目を開き、体が跳ねるとそのまま動かなくなった。
身代わりご苦労様。
俺の能力に死の運命を他人に移すことが出来る物がある。
ただし己の意思とは無関係なので使いづらいのだが便利ではある。
そちらに気づいたことではないだろうが、
おそらくは武装神ゴブリンを見た時に何となく色々と気付いたようだ。
データの出処とかを推測したのだろう。
魔王軍に知り合いがいるか、裏切り者がいるか、将又魔王軍の関係者か。
真実までは突き止めることが出来なかったようだが。
中々に優秀な男である。
ちと惜しい気もするが後で色々と面倒になりそうなので宰相としてはこのままご退場して貰おう。
領主を始末するという目的を果たした者達は真の標的に目を向けた。
王国の武装神だ。
「隊長これは例の武装神ですぜ。」
一番近くにいたゴブリンから通信が流れてくる。
「距離を取れ、戦力が未知数である限りうかつな行動は慎め。」
少しだけ離れた位置にいるゴブリンから聞こえてくる。
「破壊命令だったが、これを持ち帰って俺たちの物にすればいいんじゃないか?」
近くのゴブリンが後から近づいてくるゴブリンの方を向いた。
今だ!
「二人とも起動はしてある。動かせ!」
魔王軍の一瞬の隙をついて俺が叫んだ。
それに呼応してか、動きの止まったゴブリンの隙を見てファイターに乗り込んだ舌打ちと無視が乗るアーチャーが動き出す。
無視が近くにいるゴブリンに向かってボウガンを向け矢を射った。
しかし至近距離にも関わらず矢は外れてしまった。
下手糞か。
「下手糞が、死ね!」
今度はゴブリンのパイロットが叫ぶと同時にボウガンの矢をアーチャーに向け発射する。
こちらは胸部、コクピットに直撃しアーチャーはそのまま爆発した。
無視は圧死からの爆死だな。
アーチャーはそのまま尻餅をつくような感じでその場に落ちた。
あーあ、貴重なアーチャーが。コクピットブロックは交換だな。
「て、てめえら!」
激昂した舌打ちのファイターが立ち上がると装備している剣でアーチャーを破壊したゴブリンに斬りかかった。
ゴブリンは易々とそれを避けハンドアックスで右肩から腕を切り落とした。
攻撃手段がなくなるファイター。
「くそ。武器は他に武器はねえのかよ。」
通信機からあわてふためく舌打ちの声が聞こえてきた。
そういえばファイターにまだ武器をほとんど装備してなかったな。
などと考えていると、
「うわー、や、やめろー。」
舌打ちの悲鳴が通信機から漏れてきた。
ゴブリンが斧でコクピット部分を攻撃している。
舌打ちはファイターの残った左手でガードしようとしたがハンドアックスで潰されて動かなくなった。
「や、やめてくれー。」
恐怖による悲鳴の後、断末魔と何かが潰されたような音がした。
ゴブリンによる攻撃でファイターもコクピットを破壊された。
力が抜けたように横向きに倒れて動かなくなった。
こちらもコクピットの交換が必要か。
勇者、領主、武装神と破壊したゴブリンは俺と英樹を見た。
「ちょっとヤバいか・・・な。」
俺が英樹を見る。
英樹は顔面蒼白になってゴブリンを見ていた。
まあ無理も無い。
ゴブリンは巨体と共にゆっくりこちらに動き出す。
「英樹、そのまま視線を変えずに聞け。」
俺はゴブリンを見たまま英樹に声をかけた。
「セイバーに乗れ。」
英樹はこちらを見そうになる。
「見るな!セイバーの方もだ。あれを奴ら気付かれるとまずい。」
小声で英樹に聞こえる位の声で話した。
下手に動く事は出来無い。と英樹は目で訴えかけている。
確かにそう思うだろう。
だが心配無用だ。伏兵がいる。
突如大きな影が俺たちの前を横切った瞬間、ゴブリンが大きく吹き飛ばされた。
「どうぁ?!」
ゴブリンのパイロットの驚いた声が聞こえてきた。凄まじい衝撃だったようだ。
影の正体はヒーラーだ。
姫乃の乗るヒーラーがゴブリンの右側から体当たりを食らわしたのだ。
そのまま姫乃はゴブリンを抑え込む。
ヒーラーは立たせずキャタピラーに乗せたままだった。
相手の死角から姫乃がヒーラーに乗り込み攻撃したのだ。
ヒーラーは動きはファイターやアーチャーに比べて遅いが装甲がやや強く重い。
だがその性質もあり体当たりだけでもゴブリンを押さえる事ぐらいは出来た。
「今だ、行け!」
俺は英樹に向かって叫んだ。
「で、でも…。」
迷っているのだろう。当たり前と言えば当たり前だ。
一度も武装神に乗った事がない。
ましてや英樹にはシュミレーターもやらせていない。
少しだけ操作方法を教えたぐらいだ。
「お、俺には・・・。」
出来ません、か?
踏ん切りも付かないのだろう。
ましてや今し方、武装神に乗った二人が瞬殺されたのだ。
同じ目に合うのではないかという恐怖もあるのだろう。
「怖いのは分かる。だが今あれに乗って戦えるのは英樹、君だけだ。」
俺は英樹を鼓舞するように促した。
「蒼麻さんが乗った方が・・・。」
英樹の言葉はおそらく恐怖から逃れたい意味もあったのかも知れない。
「俺なんかより、ずっと役に立てるんじゃあ。」
まあ実を言えば俺も武装神の操縦可能だ。
試験も兼ねて実際に何度も戦場で戦った経験もある。
俺がセイバーに乗ればこの程度の部隊なら敵ではない。
瞬殺も可能だろう。
だが俺の目的はあくまでもセイバーの性能を確認することだった。
あと能力がそれほど高くない者が乗ってどこまで戦力になるか。
なので英樹をもう一押しする。
「起動にはサポートが必要だ。君にそれが出来るのか?乗って動かす方がいくらかやりやすいぞ。」
サポートの重要性をあえて強く言う。
俺の問いに英樹は首を横に降る。
さらにもう一押し。
「君なら出来る。大丈夫だよ、一緒に整備をしただろう。動かし方も教えたし。」
「だ、だけど……。」
まだ愚図る英樹。
ええい、面倒なやつだ。
俺はヒーラーを指し力強く叫ぶ。
「見ろ。ぐずぐずしていると姫乃が死ぬぞ。」
姫乃が乗るヒーラーを見るとメイスを持っていた右腕は肘から切り落とされていた。今は左腕に付いているバックラーでゴブリンの攻撃を凌いでいる。
防御はしているとはいえゴブリンにハンドアックスで何回も打ち付けられている。
中の衝撃はなかなかのものだろう。
それを見て流石に動かない訳には行かなかったのだろう。
英樹はセイバーに向かって走り出した。
「行きます!」
「ああ、急げ、他の奴らもこちらに向かってくる。」
近くにいるもう一機が動かずに様子を見ているのは幸いか。
残りのゴブリン二機も、こちらに向かって来ていた。
「あいつら何をするきだ?」
様子を見ていたゴブリンがこちらの動きに気づいた。
まずい、流石に時間が無さすぎる。
仕方が無いので俺はキャタピラーについている機銃を遠隔操作でゴブリンに向ける。
七百五十ミリ砲。対戦車ならいいが。
こんなもので武装神を倒せるわけがない。
なので俺が使用するのは、これだ。
俺が遠隔で銃を撃つとやや大きめの円筒状の物が発射された。
それがゴブリンの手前では弾けて大きな音と閃光を放つ。
スタングレネードだ。
近くにいたゴブリン二機の動きが止まる。
システムをダウンさせる機能もオマケしておいた。
「目がー。目がー。」
通信機からゴブリンに乗るパイロットの声が聞こえる。
まるでどこかのアニメに出てくるボスの悲鳴のようだ。
「システムがダウンした。再起動をかける。」
もう一機、やや離れたゴブリンのパイロットが対応を始めた。
これでほんの少しだが時間稼ぎにはなっただろう。
「姫乃、今のうちに何とか抜け出すんだ。」
姫乃に合図を送る。
返事が無かったがヒーラーが動きの止まったゴブリンから抜け出そうとしているので一応無事は確認できた。
そして今のうちに、
「英樹、聞こえるか。」
俺が通信機を通じて英樹に話し掛ける。
「はい、今乗りました。」
英樹はセイバーに乗り込んだようだ。
「よし、ジョイントは外してあるから取り合えず動かしてみろ。」
俺の言葉を聞いた直後、キャタピラーの最後部に乗せていたセイバーが動き出した。
セイバーがゆっくり起き上がる。
かけてあった幌が破れその姿が露わになる。
そしてそのままトレーラーから起き上がる。
セイバーは地面に降り立った。
最も近くにいたゴブリンは再起動が終わったようだった。
セイバーが動き出したのを見るとヒーラーへの攻撃を止めそちらの方を向いた。
ゆっくりとその場に力尽きたように崩れ落ちるヒーラー。
対峙するセイバーとゴブリン。
ゴブリンの操縦者は警戒しているようだ。
「も、もう一機いやがったのか!」
ゴブリンのパイロットはかなり驚愕しているようだった。
「待て、迂闊に近づくな、明らかにそいつはほかの機体とは違うぞ。」
隊長機から再び命令が来た。
ゴブリンのパイロット達は明らかに警戒を示していた。
今度は不用意に動かず様子を伺っている。
こいつ(セイバー)は何かが違うと感じとったのだろう。
やはりこの部隊はそれなりに経験が豊富なパイロット達なのだろう。
俺はゴブリン達の視界に入らないように破損したヒーラーに近づきコクピットを開けた。
中にはぐったりとして動かない姫乃がいる。
出血などの怪我は見られなかった。
「姫乃、姫乃、おい、大丈夫か?」
「う、」
俺の呼び掛けに姫乃は唸るように声を絞り出した。
生きてはいるようだ。
相当衝撃を受けたのだろう。脳震盪でも起こしたのかもしれない。
俺はそのままゆっくりと姫乃をヒーラーから救いだした。
セイバーとゴブリンはまだ動かずに対峙している。
「英樹、姫乃は無事だ。安心していいぞ。」
通信機からは英樹の安堵の声が聞こえてきた。
「後は、コイツらを何とかしないとだな。」
通信機の先から英樹の小さいが肯定した返事が聞こえた。
よし、ならば、
「英樹行けるか?」
「ああ、何とか。」
良し、後はセイバーの戦闘データを取るだけだ。
俺はデータの採取を開始する。
これを基にもっともっと素晴らしい兵器を開発してやる。
かくして史上初の武装神同士の戦いが幕を下ろしたのだった。
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