第6話
古い町並みは時には人を惑わす。商店街の一角にその店はあった。看板に『古井』と書いてあるから『古井さん』。強面で周りからは怪しいと噂されるほど胡散臭い人だ。ただ、強面は生まれつきであり、彼女自身は悪意の微塵もないのだから。
夕暮れの頃。香ばしいコロッケの匂いが立ち込める商店街を通っていたときのこと。『古井さん』の向かい側に小さなお店ができていた。その名も『コロッケ太郎』。コロッケ専門店をうたい、サクサクの衣に中身はフワフワッとした食感が特徴だ。味も個性的で、なによりも種類は多い。
古井さんの好物ランキングトップ5に入る大人気店だ。強面の古井さんがちょうど買い物をしていた。周りはドン引きするかのように三歩ほど距離を空けて待っていた。
「古井さん!」
ぼくが声をかけるとちょうどコロッケを口に加えようとしている矢先だった。
「ふみふみくん」
(訳:ぼくの名前)
「なに言っているかわからないですよ」
コロッケをパクリっと口に入れ、サクサクと音を鳴らしゴクンと飲み込む。その一連の動作の後、袋に入れてあったコロッケを取り出しもう一度口に入れる。
「すかさず食べるのはやめてください!」
はしたないですよっと! まるでオカンのようにツッコミを入れてしまった。年齢は古井さんの方が上なのに。全くこの人と来たら。
「ほめんほめん。すいすいおひいくてひゃべちゃう」
(訳:ごめんごめん。ついついおいしくて食べちゃう)
コロッケを美味しそうに食べるものだから、おばちゃん(コロッケ太郎の店主)も嬉しそうにしていた。
周りがコロッケ太郎に入れない様子だったので、ぼくは古井さんを連れて古美術商の中へと押していくと、ようやく列は解消され、コロッケ太郎の目の前には長蛇の列となった。
「まったく周りの人たちは古井さんを誤解しているよ」
愚痴を言うようにぼくは吐き捨てた。周りが思っている以上古井さんは危険がないって言いたくなるほど周りは気にしすぎている。
「やっぱり一度は言うべきですよ!」
ぼくが代わりに言いましょうかとその瞬間に口の中にコロッケを無理やり押し込まれた。サクサクの衣の中はアツアツのサツマイモだった。出来立てホヤホヤなため、舌は大やけどだ。
「あっつうう!!!」
手の上に吐き出し、蛇口から勢いよく口の中へ水を注いだ。その姿を見て笑っている古井さんに睨みつけながら「殺す気か!」と吐き捨てた。
古井さんは怒られているにも関わらずコロッケを口の中へ入れる。
まったく、古井さんは妙に子供っぽいというか、大人げないところがある。
師匠さんも手を焼くのはあながち間違ってはいないようだ。
「そういえば、いつの間にかあそこはコロッケ屋さんになったんですね。あそこはたしか…美容院だったはずですが…」
ふわっとコロッケの匂いがした。それはコロッケ太郎からしたものではなく、商店街全体に漂っているようだった。
「この匂い、なんだろうか。妙に懐かしいというか。悲しいというか。そんな感じがします」
素直な感想を言うと、古井さんは部屋に置いてあったお香のふたをそっと閉じた。すると、あれだけ大勢の人たちが並んでいた列や古い町並み、目の前にあったはずのコロッケ太郎が消えてしまった。
「あれ!?」
ぼくは店を出て周りを見渡した。先ほどまでいた長蛇の列はそこそこの人波がいる程度。夕方で古い建物があったはずの景観は普段通りの真新しい店が並び、コロッケ太郎が会ったところには美容院ができている。いや、初めから会ったはずだ。では、あの光景は何だったのだろうか。
古井さんは最後のコロッケを口に入れ終えるなり、お香を触りながらこう言った。
「これは、”思い出のお香”。お香が記憶した過去をもう一度、現実となって現す魔法のお香。お師匠の友人がお礼にだってくれたものだよ。あ、”眠れる美少女”のお返しだって」
ああ、あのコレクターでお師匠さんのお友達と言っていた人かと思い出しながら相槌を打った。
「いいお返しだったよ。まさか、十年前に失った味をもう一度甦らしてくれたのだから」
失った?
「十年前って…?」
「火事だよ。十年前に”コロッケ太郎”は火事になってそのときに味も店主も亡くなってしまったんだ。油の引火が原因だって。幸いにも消防車が近くにいたから大ごとにはならかったそうだけど…あの味と人を失った悲しみは今もこの世を縛っている」
このお香はあの燃えた後から見つかったものだったらしい。あのお香はあの時代の味と人柄を大事に覚えておいてくれてたんだ。火事で失くしてしまった三つの思い出を。
「古井さん、ぼく、この味を忘れないよ。だから」
ぼくは思い切っていった。
「お師匠さんの残してなくて大丈夫?」
「ファ!?」
背後にゴゴゴ…と煮え切るお師匠さんの姿を見て、この日は古井さんの断末魔を最後に終わった。
古井さん 黒白 黎 @KurosihiroRei
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